第6話

 生きているだけで私は苦しい。


 終わりのない苦痛と、それによりもたらせる逼迫感の中を追い立てられるようにして生きている。


 誰も私を理解しないし、私も誰かを理解できない。


 早死にするし、病院暮らしだし、親子仲は悪いし、なんなら私の性格が一番悪い。


 そして何より、その痛みを誰にも見せないように、抑え込むことが、その不幸を全部飲み込んでしまうくらいに苦しかった。


 死ぬほどの痛みを抱えながら、何もない風に過ごすこと。


 不幸と苦痛の底でもがきながら、何もないかのように笑うこと。


 涙と嗚咽と叫喚を、抑え込みながら、ただ息を吸い続けること。


 それが私にとっては、きっと何よりの苦痛だった。


 『世界で一番自分のことを不幸だとでも思ってるんでしょ』


 と、言われた日。


 本当は、私は『ごめんなさい』としか返せなかった。


 嫌味な言葉も、否定的な返しも、何一つだってできなかった。


 だって自分だけが苦しいのだから、自分だけが我慢していれば済んでしまう。


 自分だけがおかしいのなら、自分だけがその問題に対処していればいいと想えてしまう。


 そうやって、自分と他人を区別することで自分自身を追い込んでいると、気付いたのはつい最近のことだけど。


 きっかけは、たまたま出会った、同室の女の子。


 私とは似ても似つかない、明るくてよく笑って、そして痛みを知らない女の子。


 ずっと抑えてきた悪口が、その子の顔を見た途端零れ出てしまったのも、なるべくしてなったというか。


 あまりにも私の世界とかけ離れているから、腹が立って。


 あまりにも私の世界とかけ離れているから―――嘘をつかないまま、感情を抑えないまま、喋っても気にならなかった。


 私達は絶対に理解し合えない。


 私達は絶対に共感し合えない。


 だから、きっと、どれだけ本音を喋っても、なにも困ることが無い。


 だって絶対わかりあえないから。だからこそ、何の遠慮もなく言葉は零れた。


 こうやって、ちょっといいことがあったとしても、私の日常は―――苦痛は変わらない。


 あいも変わらず、私の身体は突発的に孔が空き続け、そのたびに痛みに苦しみ、いつかこの命をどこかで終わらせるのだろう。


 あかねも同じ、きっとどこかで身体が無理をたたらせて、そこで壊れてしまうだろう。


 そうはならないよう、尽力してくれている病院の人たちには申し訳ないけれど、私たちは結構それを諦めてる。……受け容れてるって、前向きに言うならそうかもね。


 私は何も変わらない。


 ただ苦しみに満ちた時間に少しだけ、それを忘れる時間があるだけだ。


 あかねもきっと変わらない。


 何も感じられない時間の中で、私がたまに揶揄って動揺したりするだけだ。


 だからきっと、何も変わりはしないけど。


 解りあえないままに、私達は隣のベッドでゆっくりと寝息を立てていた。


 世界で一番不幸な私たちは、ただそうして今、静かに息をする。


 同じ夢の中なら、せめて。


 きっと誰とも変わらない、二人の少女の夢を見て。

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酷痛少女と無痛少女 キノハタ @kinohata

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