第38話 サイバーパンクで交渉しよう
「……!」
「黙ってないで何か言え」
真鍮色の盃を持って固まる男に、ロンキドが冷たい声で言う。それで我に返る。
「信じられないほど、美味いです……こんなワイン飲んだことがない……貴族ワインよりもすごいかもしれません」
イクシーが持ってきたワインを飲んだ毒味役の男は、呆然とした面持ちでそう言った。
このワインはゲーム内で最高金額のもの。実際の超高級ビンテージワインとどう違うのかは、飲んだことのないイクシーにはわからない。しかし試しに飲んだところ不味くはなかったので運んできた。
ロンキドはボトルを掴み、自分の盃に注いだ。このボトルも見たことがない形と美しいガラスであることに、驚きを隠せない。この世界にもガラスはあるが、気泡がひとつも無く濁りも無いものは見たことがなかった。
「うーむ」
ボトルに貼られた読めない文字のラベルを、しげしげと確認する。このラベルの素材も異世界には存在しない。この文字はどこの国のものなのか。似ている文字もあるが同じではない。
「……っ」
ボトルを置いてワインを口に含んだ瞬間、芳醇な香りが鼻を埋め尽くす。舌を刺激する重い苦味と爽やかな渋味。天上の国で飲むことができる神酒ソーマとはこんな味ではないかとすら思えた。
「信じられない」
ロンキドは高級な貴族ワインを何度か飲んだことがある。しかしこのワインはそれらを容易に上回る美味だ。これを飲んでしまったら、今後貴族ワインを飲んでも美味いと感じなくなってしまうだろう。
驚きが消えぬまま再びワインを飲むロンキドを見て、バイセンも心の中でそうなるのも仕方がないだろうと頷く。自分が初めて飲んだときもそうだった。言葉が出ない味だった。イクシーが試飲したとき、バイセンも飲んでいた。イクシーが残りはいらないと言ったときは信じられないと思ったが、おかげで自分のものにすることができた。まだ半分以上あるボトルは厳重に隠してあった。
「ツマミのチーズもどうぞ。自分はよく知らないけど、ワインに合うらしいから」
犯罪組織の幹部相手には軽すぎる口調で、テーブルの対面に座るイクシーは皿に並べられた数種類のチーズをすすめる。
「ハグハグ」
「もぐもぐ」
イクシーの横にはガレとオーフが並んで座り、サンドイッチを食べている。シャロはイクシーの横に立ち、後ろにはガンメタルカラーの武装コンテナが鎮座していた。部屋の端に並ぶロックリザードの構成員たちは、その奇妙な金属の塊をチラチラ見ていた。手も触れず勝手に移動する姿を見ているので、不気味そうにしている。
毒味役がチーズを食べる度に表情を変える。それがチーズの美味さを証明していた。
「これはどうやって作ってるんだ」
「チーズが牛乳からできるっていうのは知ってるけど、作り方はわからないよ。あ、スモークチーズは燻製にすればいいのは知ってる」
ロンキドはチーズを口に放りこむとワインを飲む。複雑なマリアージュに、思わず顔が笑顔にほころびそうになる。
「どうでしょうロンキドさん。これはとんでもない金になります」
バイセンが言う。ワインの凄さは十分に伝わったはずだ。これが莫大な富を産むことも。
「このワインはどれだけあるんだ?」
「二百ぐらいかな? ちゃんと調べてないからわからないけど」
その答えにロンキドは驚愕する。多くても二三本程度だと思っていた。金貨十枚にもなりえる代物が、二百もあるとは信じられない。
バイセンも驚愕していた。イクシーに在庫を聞いたときは「たくさんあるよ」としか言わなかったからだ。
二百というのは嘘だ。実際はもっと多く、一万本以上がインベントリに収納されている。数を少なく言ったのは、バイセンたちの反応を見て大量の在庫があるのを知られないほうがいいと思ったからだ。
一度咳払いをして冷静になると、ロンキドは姿勢を直す。
「それで、お前らは取引をしたいってことだな?」
「取引というか、説明したいんだよね。俺たちは敵じゃないって」
「敵じゃない、とは?」
イクシーは横に座るガレとオーフに目を向ける。
「子供たちは無理やり誘拐されてきただけ。そっちのバイセンを襲ったりもしてない。だから敵じゃないってわかってほしい。その証明のために、俺があいつらの城をぶっ壊したんだ」
「ブレスホークの城を潰したっていうのは聞いたが、正直信じられねえな。しかも、たった一人だったらしいじゃねえか」
「フィア」
『映像を投影します』
急に喋った武装コンテナに、周囲がざわめく。
テーブルの中央に、大きな長方形のホログラムが出現した。ロンキドの椅子が音をたてる。
「これが実際の映像だよ」
サイバネ・ワンダー・テイク 異世界をサイバネ手術でサバイブする 山本アヒコ @lostoman916
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