偽りの愛に浸っていたい

@BIGginner

第1話

“本当の自分はどこに行ってしまったのだろう“


そうぼんやりと浮かんだ考えを少しリッチなコヒーで掻き消していく。


目隠しでもされたら安いコーヒーと見分けることすらできないのに身を着飾り、オシャレなカフェで一杯800円もするコーヒーを然もバリスタのように口に含みながら目を閉じて味や匂いを感じる。


嘉風 鈴華(よしかぜ すずか)は待ち合わせ場所から一つ信号を渡ったところにあるカフェで時間を潰している。

待ち合わせをしている人物というのは、大学時代にサークル内のなかで一目置かれ、端正な顔立ちで女性人気が高かった一つ年上の彼氏、白井 秋梅(しらい しゅうめい)である。


付き合ったきっかけといのは、サークル内の友達から「白井先輩がすずちゃんのこと好きらしいよ!」と言われ、二人でいる時間が増え、流れで付き合うことになった。ただそれだけである。


“自分は彼を好きなのだろうか”


まるで他人事のような疑問が脳裏を掠める。


(ピロンッ)「ごめん..もう30分くらい仕事関係で遅れる。後からお金渡すからカフェでも行って時間潰して欲しい。そこで待ち合わせにしよう。」


少し連絡を躊躇いながらも...


「ゆっくりで大丈夫だよ!気使ってくれてありがとね〜。お言葉に甘えてカフェでゆっくりさせてもらうね。待ち合わせから信号一つ渡った店で待ってる!」


社会人になってから白井は待ち合わせの時間と場所を指定してはいつも遅刻の連絡が送られてくる。彼は不動産屋で働いているらしく休日でもたまにお客さんから電話や相談が入ってくるそうだ。しかも、白井はそこの大手不動産会社の若くしてエースらしい存在らしい。


        〜30分後〜


 彼はいつもの香水をつけてきた。少し鼻を刺激するシトラスの匂いがまるで私に愛を訴えているように感じる。

“愛してる”と...


「遅れてごめんね。ちょっと面倒なお客さんを担当に回されてね...美術館どうする?

昼も近いから先にランチにする?

何か食べたいものとかある?もしよかったらこの近くにおすすめのイタリアンがあるんだけど。」


私は常々思う。彼はいつも私に選択肢を与え、選ばせてくれること....余裕があるのだろう。


「それじゃあ...美術館は午後からにして、

おすすめのイタリアンいってもたいなぁ!」


そして、そんな余裕のある彼がいつ他の女性に誘惑されるのか。不安に押しつぶされそうな時がある。そんな時、彼とのトーク画面を開いては愛してるという文字まで遡り、眺めてはスマホの電源を落とす。まるで依存性の高い安定剤みたいだ。


異性に恋心を抱いたことは一度も無かった。

多分世に言うアロマンティックと言うのに部類されるのだろうか?

しかし、私は誰かに愛されることに飢えている。

底が知れないクレバスのようにいつまでも満たされない。そこが抜けてしまってこの愛されたいという欲求は満たさされないものなのかも知れないと思うことがある。


そんな自分が彼の大事な恋愛な時期の彼女で良いのか?と疑問に思い罪悪感が湧いてくる。


しかしこの一方的な愛を手放したく無かった。

“誰か必要とされたい”



そんなことを考えながら、彼が気を悪くしたりしないよう時々微笑みながら返事を返し、10分ほど歩いてレストランに着いた。


彼が執事のようにドアを開け私をエスコートしてくれる。愛を感じたがいつもしてくれているせいかその感情はそれほどまでに強く無かった。

最近、欲求が満たされる程度がエスカレートしていることには気づいていた。

彼に察せられないよう微笑んで席についた。


彼はイタリアンが好きだったため、食事に行った際パスタの食べ方で嫌われないようフォークとスプーンを器用に使い食べる練習を密かに家でしていた。

そんなことで嫌う彼ではないとわかっている。

しかし、その愛の一方通行が知られるその日まで完璧な彼女でいたかったのだ。


そんな時間が過ぎて、午前中に行く予定だった美術館に向かうため13:00過ぎに店を出て約7分ほど歩いた。


大学時代どちらも美術サークルに所属していた。

その時もよく美術館や街中に設置されている近代アートを巡っていたものだと思い返した。


美術館を出た。

お互い家に帰ってもやることがなかったため、美術館からそう遠くない大型ショッピングモールで興味のない服を見ては試着をして彼が好感を抱いた服を2着買ってくれた。


その後は、自宅マンションの前まで送ってくれた。空に広がるいわし雲は夕陽に照らされ、街に

夕刻が近づいてきたことを告げていた。

彼が別れ際に大きく手を広げ微笑みながら‘おいで’と言った。


人肌でしか感じられないほんのりとした温かみが

心地よかった。

少しだけ満たされた気持ちになった。


8階建てのマンションに住んでいた。

部屋は6階にあり玄関を開けるときには空はすでに青暗くなっており、先ほどいたエントランス前より少し冷たい風が感じられた。


冬が近づいてきているせいにしたかった。

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