(4)

 広間に魔族たちが現れた同時刻。脱路である食卓へ向かっていた執事は、ふと、何か異変を感じ取る。そして、立ち止まりゆっくり振り返った。


 その瞬間、城内に激しい揺れが襲う。


 しかし執事は、全く動じずに進んできた方へ身体を向けると、凄まじい速さで主人たちの下へ戻っていく。


 道すがら周囲を探る執事。広間に近付くにつれて、多数の気配を察知すると、躊躇ちゅうちょなく敵地の真っただ中へと突っ込んだ。その衝撃で、数体の魔族たちが吹き飛ばされていく。


 階段を一段ずつゆっくりと上がる一人の魔族の男。広間に煩く響く衝撃音に足を止めると、広間の中央の方へ目を向ける。


 倒れた魔族たちの中央に佇む執事。土煙を手で軽く払い除け、魔族の男に睨みを利かせている。しかし彼女の周囲にも、歯や爪を尖らせ闘争心を剝き出しにした者たちで溢れ返っている。


「そこの華奢な御仁」

「……ワタシのことか?」

「ええ、そうです。ここまで降りて来てもらえませんか?」

「フッ……」


 執事の敬った言い方と誉め言葉が功を奏したのか、羽織った黒い袖無しの外套がいとうを大袈裟に翻すと、コツコツと足音を立てながら階段を降りていく魔族の男。


 その華奢な身体には、貴族のような服装に先ほどの黒い袖無しの外套。一見、人間かと思わせる風貌ふうぼうをしているが、青白い顔に肩まで伸びた白髪と鋭く尖った長い爪は、やはり魔族なのだとはっきりさせる。


 また、恰好からして見るに、この者が魔族たちの親玉であることは間違いないだろう。


「それで? 降りては来てやったが、何用かね?」


 両手を後ろで組みながらゆっくり近付くと、深紅の瞳で執事の顔を覗き込む。


「要件をお尋ねしたいのはこちらの方です」

「フム……」


 冷たい表情で言葉を返す執事。『それもそうだ』と魔族の男は顎に手を添えて考え込むが、思い出したように手のひらを軽く叩くと、気味の悪い笑みを浮かべながら告げる。


「奪える時に奪う。それがワタシの趣味だ」

「迷惑ですので、あちらから今すぐ帰って頂けますか?」


 “冷静沈着”とはまさにこのことだろう。執事は少し笑顔を見せたかと思うと、破壊された広間の方に手のひらを向け、魔族たちに帰りを促す。


 周囲の魔族たちは、執事の冷たい態度とその物言いにがやがやと騒ぎだす。しかし魔族の男は、浮かべていた笑みからしけた面へと表情を変える。


「どうやら、話が通じない相手のようだな」

「おや? 様の家に土足で勝手に入り込んでいるあなたたち族が言えた台詞ですか?」

「忌まわしいが、抜かしおって……」


 『忌まわしい』の言葉が気に入らなかったのだろう。こめかみに血管を浮き上がらせた執事は、掛けていた丸眼鏡を外すと、それを丁寧に内側の隠しにしまい、魔族の男に冷たい目を向ける。


「お忘れなのでしょうか? 族に、族に、族にすら負けたさん」

「…………」

「おっと、失礼致しました。少々お口が過ぎましたね」

「昔話ですので、どうかお気になさらず。それに貴方も、お生まれになって100年ほどの吸血鬼ヴァンパイア族でしょうし……」

「と言ってもこの状況を見るに、貴方のたちが起こした歴史となんら変わりませんね」

「やはり、血は争えないのでしょう」

「ああ……なんと言う悲劇。また歴史は繰り返されるのでしょうか?」


 まるで舞台に立った役者のように大袈裟な台詞を吐く執事は、次々と発するその皮肉めいた言葉で、彼をただただ苛つかせる。周囲の魔族たちもその不穏な空気をすぐに感じ取ると、焦りを見せ騒ぎ始める。


「クックックッ……言わせておけば好き勝手――」

「――いえ、事実を言ったまでです」

「……その減らず口、大いに結構!! では、竜族の女よ。貴様に一つだけ忠告しておいてやろう」

「……?」

「後悔……するなよ?」


 どうやら華奢な魔族の男は、魔族の中でも上位種の吸血鬼ヴァンパイアだと伺える。その特徴である血のような赤い眼と鋭い牙と爪が証拠だ。


 吸血鬼の男は唸り声を上げると、周囲に漂っていた魔力を身体に吸収し、一気に膨れ上がらせていく。


 その膨大な魔力は、人間や他の種族、自身の配下すらも震え上がらせ、城をも飲み込み、闇夜に浮かぶ血の月ブラッドムーンにも届きそうなほどの迫力である。


 広間にいない者たちでさえ、あまりの強大な魔力に当てられると、空を見上げながらその場で立ち尽くし、固唾を吞み込んだ。

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