(3)

 長く入り組んだ廊下を急ぎ足で進んでいく四人。城から脱出するには、一階の食卓まで向かわなければならない。しかし、建物の一部が損壊し通路が閉ざされていたり、魔族の襲撃に阻まれたりと、幾度も足止めを食らってしまう。


「やけに数が多いな」

「どうやら誘い込まれているようです」

「だろうな」


 剣を構え周囲に警戒を配る父。母も少年を守ろうと、彼の肩をぎゅっと掴んでは近くへ寄せる。


「進むしかない」

「先行します」

「ああ、頼む」


 執事は、廊下の奥へと駆けていく。すると、待ち伏せでもしていたかのように、前方から魔族の群れが一気に襲い掛かる。


「――危ない!!」


 思わず大声を出す少年。しかし執事には、そんな心配など無用だったようで、魔族の攻撃を流れる水の如く次々と躱していくと、あっという間に連中を排除してみせた。


「息子の前で恰好良い姿を見せる機会を奪うとは、やれやれまったく」

「失礼致しました」


 冗談だ、と口元に笑みを浮かべながら剣を鞘に戻すと、執事も微笑み返す。


「父様も格好よかったよ!」


 目を輝かせる少年からの純粋な褒め言葉に、少し照れを見せる父。母もそれを見ては優しく微笑む。その様子を見守る執事は、必ず彼らを守らねば、と固く心に決意した。



 ――一階広間。


 やっとのことで広間に辿り着いた四人は、大きな階段の下に備え付いた小部屋で、少し休憩を取ることにした。ちょうど四人が入れる広さでありながら、また、部屋には様々な道具や食料などが沢山保存されていた。


 この小部屋や装飾の施された広間が無事だったのも、城全体に張られた頑丈な魔法壁のおかげだろう。執事は胸を撫で下ろすと、主人の方へ目を向ける。


「旦那様。少し偵察に行って参ります」

「わかった。頼む」


 小部屋に着いた執事は休む間もなく、すぐさま脱路のある食卓へと偵察に向かった。


「心配ね……」


 不安げにそう呟く母は、膝の上に座らせた少年の頭を撫でる。彼も同様、心配そうに顔を俯かせる。


「大丈夫。無事に戻ってくるさ」

「そうよね」


 木で作られた長机を囲んで座る親子三人。少年はふと、三人で机を囲んで座るのは久しぶりだなと一人嬉々としていた。


 しかし、暗い雰囲気に少し耐えられなかった母は、把手と注ぎ口が対面に付いた薔薇柄の蓋付き容器を持つと、把手の付いた椀状の陶器に紅茶を注いでいく。静かすぎる小部屋には、その注ぐ音だけが響き渡る。


 だがその静寂も虚しく、激しい騒音によって掻き消された。何事かと驚く父は、小部屋に備え付いた小窓を開ける。階段に付いた隠し窓から広間の様子を伺うと、そこには魔族の一人が、土埃を払い除けながら辺りを見回していた。


 今迄、一度たりとも破られることのなかった頑丈な魔法壁は、建物ごと木っ端微塵に破壊されると、血の月ブラッドムーンの異様な光が広間にさらされる。また、破壊された場所からは、ぞろぞろと他の魔族や魔物たちが侵入してきている。


「ここにいてはまずいな」

「でもあなた……」

「わかっている!!」


 一刻も早くこの場から離れるべきなのだが、逃げ道へと繋がる通路は、侵入してきた魔族たちによって塞がれている。執事もまだ偵察から帰ってきていない。


 騎士団長である父でも、広間の有様には頭を抱え込んでしまうようだ。中でも一番留意すべきなのは、易々と建物ごと魔法壁を破壊して入ってきた一人の華奢な魔族である。


 一人ならば問題ない。だが傍には、父にとっての最愛の妻と息子がいる。もし仮に、二人を置いて魔族ら全員と相手するともなれば……と嫌な想像を思い浮かべてしまう。


 だが父は、それを払拭するように一度目を瞑る。それから静かに小窓を閉めると、一息つくように椅子へ腰かけ、注がれた紅茶を飲みながら、執事の帰りをじっと待つことにした。

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