(1)
「敵襲! 敵襲ーッ!!」
見張り塔にいた騎士の一人が、青い顔をさせながら大きな声で叫ぶと、街の中心にある塔の警鐘が何度も打ち鳴らされる。
滅多に鳴ることのない警鐘の音に目を覚ます街の住民たち。愚痴を漏らしていた彼等だったが、空に浮かぶ真っ赤に染まった月を目にすると、皆その場で固まったまま絶句していた。
――竜国暦358年。シズザディ大陸、北の地。ガレント竜国。
“北の竜騎士には手を出すな”と各国から恐れられるほど大陸で随一の強国。種族を問わず平和で豊かな暮らしをしているこの国に、災厄と呼ばれる“
*
廊下を走る音と鎧の擦れる音が城内中に響き渡る。自室のベッドで気持ちよく寝ていた少年は、廊下から聞こえてくるけたたましい様子に否応無く目を覚ます。
「……なんだろう」
キングサイズのベッドの上からゆっくりと身体を起こした少年は、意識をはっきりさせようと2、3度目を擦る。
「――様ッ!!」
勢いよく開かれた扉から入ってきたのは、透き通るような水色の髪に青く澄んだ瞳をした女性。切り揃えられた前髪に肩下くらいまで伸びた後ろ髪。丸みのある髪型の両側には
少年の寝惚けた様子に少し安堵した彼女は、掛けていた丸眼鏡を指で押し上げてから、背後に控えていた騎士たちに部屋の前で待機と指示を出す。それから、身に纏った紳士服の皺を一瞬で伸ばしてみせると、彼の方へ颯爽と近付いて行く。
「ぼっちゃま、ご無事で何よりです」
「なにかあったの?」
状況を把握出来ずにいる少年の前に
「落ち着いて聞いてください。先ほど魔族たちの襲来により、我が国の展開していた魔法壁が破られました。恐らく内部にも敵がいたのでしょう。現在、騎士たちが対処していますが、この居城に迫り来るのも時間の問題かと思われます」
「そ、そんな……」
落ち着ける訳のない報告を聞き終えた少年の顔は、不安と恐怖に埋め尽くされている。だがそれは、執事の行動によって掻き消される。
「申し訳ございません!」
「――あ、頭を上げてよ! 大丈夫……だから」
執事は恐る恐る頭を上げる。少年の平気そうな素振りは、引き攣った顔で直ぐに嘘だと見抜かれた。
「ぼっちゃま……」
「――そ、それより! 父様と母様は……? 無事……なの?」
「はい。お二方とも書斎で待っておられます」
「そっか、そっかぁ……」
両親の無事を知り涙を浮かべ安堵する少年。しかし涙を拭うと、直ぐにベッドから跳び降りて身支度を整え始めた。
季節は冬。吐く息が白さを増すその夜は、時折、少年の身体を震わせていたが、それは寒さだけではなく不安と恐怖も一緒に入り混じっていた。
それから数分。本棚に置いていた小さな箱の中から、鞘と柄に竜紋の入った短刀を取り出すと、少年はそれを腰の帯にしっかりと差し込んだ。
「準備出来たよ」
「では、参り――」
それは唐突だった。執事の言葉を遮り、部屋の大きな窓が勢いよく割れる。大小様々な破片がゆるりと宙を舞うと、少年めがけて一気に降り注ぐ。しかしそれよりも早く、彼女が彼の背に覆い被さると、その身を挺して守ってみせた。
破片は一瞬で床に散らばり落ちたが、幾つかは執事の背中に軽傷を負わせた。そして、綺麗な薔薇園が一望できる割れた窓からは、その場に相応しくない二体の魔族が侵入していた。
待機していた騎士たちがすぐさま駆けつけると、二人を守るように前衛に三人、後衛に一人といった構成で魔族の前に立ち塞がる。
「美味そうな匂いがプンプンしてやがる」
「さっさと殺して食っちまおうぜ!」
奇怪に笑いながら人間をただの餌としか見ていない低知能の魔族たち。室内で翼を広げ浮遊し、あまり綺麗とは言い難い黄ばんだ鱗をしたその二体は、生やした大きな尻尾で騎士たちを襲う。
「ここは我らに任せて早くお逃げ下さい!!」
「すまない……君たち」
「――だめだよ! 一緒に逃げようよ!!」
少年の優しさに言葉が詰まる騎士。だがすぐに笑みを浮かばせた。他の騎士たちも釣られて笑みを浮かべると、各々、彼に声を掛ける。
「ぼっちゃん! オレらの仕事は守るのが務めッスよ!」
「全く……ここで背を向ければ私たち騎士の恥ですよ?」
「大丈夫! こいつらなんて一瞬で片付けちゃうからさ!」
「ぼっちゃま。ここは我ら
“嘘も方便”と言う言葉がある。騎士たちの吐いた優しい嘘は、純粋な少年の心に期待を膨らませる。また、不安で曇っていた瞳には輝きを持たせた。だが彼は、それが嘘だとは気付かずに大きく頷くと、騎士たちに約束の言葉を投げかける。
「待ってるからね! 約束だよ! 剣に誓って!!」
少年の放った言葉に対し、あまり嘘を吐くものではないなと後悔しながら、苦笑いを浮かべる騎士たち。だがすぐに気を取り直し、目前に迫りくる魔族たちに睨みを利かせる。
そして、遠ざかって行く少年たちに向けて後衛の騎士が剣を上へ掲げると、前衛の騎士たちもそれに倣うように剣を上へと掲げた。
「「剣に誓って!!」」
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