傭兵たるもの

櫟ちろ

序章

0.騎士たるもの

(0)

 ――竜国暦380年。シズザディー大陸。西の最果て。


 暗雲垂れこめる空の下、荒れ果てた大地の上に手を広げ横たわる男。辺りには、魔族や魔物などの無残な死体が幾つも転がっている。


 察するに、ここで激しい戦闘が繰り広げられたのだろう。男の身に付けている装備も酷く損傷している。胸の辺りには、致命傷と思えるほどの深手を負っており、呼吸をするのがやっとで、立ち上がる事すらままならない。


 しかし男は、傷のことなど気にする素振りも見せないで、黒く淀んだ空をじっと見上げ続けている。


 数分、或いは数時間が経っただろうか?


 景色の代わり映えしないこの荒地に、一つの変化が訪れた。幾つもの光が、淀んだ雲の隙間から差し込み、大地を照らし始めたのだ。どうやら、男の鋭い眼光に雲も恐れをなしたようだ。


 同時に、無表情だった男の顔も穏やかな顔付きへと変わっていく。口元には少し笑みを浮かべ、碧色あおいろ翠色みどりいろ虹彩異色症オッドアイの瞳は優しい目付きとなるほど。


 しかし、天から差し込む光は、男の胸の傷を癒やすことはない。寧ろ、彼が咳き込むほどに痛みは酷く増していき、口元の端からは赤くどろっとした血液が溢れ出る。


 それでも尚、男は笑みを絶やさない。光で溢れ返る空を眩しそうに、その綺麗な瞳でずっと見上げ続ける。


 時々、口を開いては何かを楽し気に話しているのだが、その声は何処にも響かず誰の耳にも届かない。


 また、手を伸ばして何かを掴むような仕草をするが、それも虚しくただ空を掴むばかり。


 ようやく諦めたのか、伸ばした腕をゆっくり胸の辺りに戻すと、その手をぎゅっと握り締めた。


 そして男は、満足そうに笑みを浮かべると、碧色と翠色の瞳をゆっくりと閉じた。

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