勇魔廻譚

日月 海

プロローグ 私達


「さあ、私を殺すがいい。勇者よ」


 魔王は、勇者に微笑んだ。


 とけるような笑みを浮かべ、憐れむような視線を送り、魔王は勇者へと両手を広げる。

 待ち望んだ瞬間だったのだ、魔王にとっても。勇者にとっても。


 腰の剣に手をかけ、憎悪に燃える瞳の勇者はためらない無くそれを引き抜いた。彼は抵抗なく運命を受け入れる魔王に疑問を抱かない。


 ――嗚呼、憐れなる勇者よ!


 彼は気づかない。気づけなかった。

 致し方あるまい、と魔王は思う。


 そう、この世界を恨んでやっとその鱗片を知れるのだから。


 勇者が目にも止まらぬ速さで剣技をふるい、そうして銀の刃に深く深く胸の奥までもを貫かれた魔王はうっそりと笑う。

 そして、勇者の耳元で囁いた。


「次は、お前の番だ。――憐れな、‪✕‬‪✕‬









それから勇者が目を覚ましたのは、どれくらい経ったころだろうか。

 気がつけば勇者は魔王城の王座へと深く腰を下ろしたまま目を覚ました。


「……ぅ、…………ぁ?」


 長い間声を出していなかったように、喉からは掠れた音だけがこぼれ落ちる。

 辺りは静寂と化していて、とても先程まで戦争をしていたとは思えない程だった。

 

 魔王城に攻め入り、仲間を喪いながらもようやくその首を討ち取った。

 長い長い旅だった。平凡な学生であったのに、異世界に召喚なんかされ、死にものぐるいで鍛え、実際死にかけた時さえあった。旅を初め、人々と出会い、別れ、魔王の配下を倒し、色々なモノを失ってようやく手につかんだ勝利。

 早く、魔王を倒したと伝えに、旅を始めたあの場所へと帰らなければ。


――そうすればきっと、元の世界に。


 そうは思うのに体が酷く重たくて、玉座から動くことが叶わない。

 そのうちにこちらに向かってバタバタと走り迫る足音が聞こえた。魔王の間の扉が勢いよく開き、魔王の配下であろう一体が部屋へと転がり込んでくる。


「……っぁ……あぁ!」


 ――殺さなければ!


 反射的に腰に手をかけようとして、右腕を持ち上げようとするものの、豪奢な肘掛から僅かに腕が浮くばかりだった。

 転がり込ん出来た二足歩行の羊のような魔族はこちらを攻撃する気配もなく、身を震わせその場に膝をつく。

 そして、その口から出た言葉で。


「あぁ…やっと……お目覚めになられたのですね!



 !」







 

 魔王の地獄は、始まった。


 

 

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勇魔廻譚 日月 海 @tachimori

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