鳥籠の魂

 ガランガラン、と門柱の鐘を鳴らす。門の前で暫く待てば、きっちりと黒いスーツを着た門番が出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。お荷物、お預かり致します」

「ただいま。いつも悪いな」

「これが仕事ですので」


 軽い挨拶を交わし、左手に下げていた手のひらサイズの小さな鳥籠を門番へ手渡した。鳥籠が揺れると、中に入っている青白い魂が不安げに淡く点滅した。


「これはまた随分と小さい……人の子ですか?」

「ああ。ようやく迎えられたんだ、丁重に扱ってくれ」

「承知いたしました」


 小さく頷いた門番の後ろを歩く。門の先、小さな監視塔の中へ入り螺旋階段を下ってゆく。無限に続く同じ景色。等間隔にある扉の先は定期的に入れ替わり、今どこに繋がっているのかは門番しか知らない。


 どれくらい下りただろうか。ひとつの扉の前で門番が足を止めた。


「此方です」


 開かれた扉の先は大理石の床に木製のカウンターだけの、至ってシンプルな受付だった。受付の向こう側で立つ赤髪の受付嬢と目が合った。


「おかえりなさいませ」


 受付嬢は抑揚のない声と共に深々と頭を下げる。いつ見ても人形のような奴だ。

 いつの間にか門番は受付嬢に鳥籠を渡していたようで、そそくさと入ってきた扉から出ていってしまった。


「お疲れ様でした。魂登録の手続きをいたしますので、どうぞ此方へ」


 門番のことなど気に止めることも無く、受付嬢はボクを呼んだ。カウンターの上の鳥籠がそわそわと揺れている。魂となっても暫く声は聞こえるらしい。


「手続きの為の質問を幾つかしますのでお答えください」

「手短にな」

「善処いたします。では1つ目。持ち込んだ魂の分類は?」

「人間の雄の……10歳は何枠だったか」

「通学している年齢ですので第3枠ですね。では2つ目。魂が望んだ死でしたか?」

「そうだ」

「3つ目。魂が死後へ行くことの同意は得ましたか?」


 その質問に口を噤む。

 てんごく……天獄。増えすぎた魂を回収し、管理する魂の獄。ボクの家であり、仕事場だ。


「もちろん、得たとも」

「それでは最後に……魂に嘘はついていませんか?」

「我らが父に誓ってな」


 受付嬢は手元の登録書に諸々を書き記すと、初めて柔らかい笑みをこちらに向けた。


「手続きに必要な質問は以上となります。改めて、回収お疲れ様でした。後のことは獄卒にお任せ下さい」

「ありがとう。よろしく頼む」


 鳥籠をちらりと見て、それから部屋を後にした。


 人間が言うてんごくは天国と書くそうだ。その場所はそれはそれは美しい、楽園のような場所らしい。読みは同じでも、地獄の業火が渦巻く此処とは正反対の場所だ。

 けれどボクは、嘘は一度もついていない。聞かれたことには正直に答えた。聞かれていないことは言わなかった。それだけだ。あの人間がもし誤解したまま死を選んだとて、それはボクの知ったところでは無い。


 ふわあ、と小さくあくびをする。ひと仕事終えた疲れからドッと眠気が襲ってきた。あの狭くて汚いベランダでは気も身体も休めたものでは無い。自室で鎮座するふかふかのベッドに思いを馳せ、螺旋階段を上っていく。


 壁についた格子窓の外には終わることの無い、何処までも深い夜が続いていた。






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ベランダの天使 よもぎ望 @M0chi_o

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