電車

のらねこ。

第一話 私と妻

電車


 がたんごとん、がたんごとん。

駅のもっと向こうから風を切ってやってくる赤い電車。

昨日も今日も、そして明日も変わらず走るあなたの中で。


 ぷしゅー。

 いつもと同じ時間の電車に乗る。

みんなより少し早い時間のゆっくりな電車だから、混んでいることはない。

今日も一日を終えて、スカスカの座席に座る。

座る位置はいつも気分だ。

 ふーっと一息をついてハンカチを取り出す。

九月ももう後半に入ろうとしているのに、今年はまだまだ暑い。

もう若くはないしみったれた汗をハンカチで拭く。

 白い前髪はペタッとしていて気持ち悪い。

帰ったらまず風呂だ…でもそんな元気あるかなあと休みながら考える。

私はもう元気もないおじさんだなあと自虐的に思う。

 一体私はこの人生で何を残していけるのか。


 答えのない問題を考え出していると、電車が動き出した。

見慣れた風景が少しだけ秋の香りを運んでいるような気もした。

 電車が走っているのをしばらく眺めていたが、私はあることを思い出し携帯を取り出す。

 慣れない最新型の機器の電源を入れて連絡アプリをタッチする。

私の子供のころなんて携帯どころか電話も個人で持っていることはなかったが、私の孫はみんなスマホを持っているのだからびっくりだ。

時がたつというのはこういうことなのだろうか。

私は妻に「今から帰る」というメッセージを送る。

 妻は新しい物好きだ。

スマホが出た時も真っ先に買うと決断した。

こういう決断に反対するのはいつも私だった。

そのたびに妻は「新しいことに挑戦しないとボケちゃうわ、あなたは相変わらず臆病ね」と笑った。

 結局子供や孫の勧めもあって、私と妻はスマホデビューをした。

なかなか使いこなせない私とは対照的に妻はすいすいと操作する。

今では孫と連絡を良く取り合っているみたいだ。

 ピコン。

 携帯が光ると妻からスタンプが送られてきた。

妻が好きな三毛猫のスタンプだ。

 ふと、これまでのやり取りを見直してみることにする。

帰るという連絡以外にも、妻からはたくさんの連絡が来る。

お昼に食べたご飯がおいしかったとか、近所の人から果物をもらったとかそんな他愛もない話を絵文字をたくさん使って送ってくる。

対して私の返事はそっけない。ああ、とか、そうか、ばかりだ。


 人生あと少しだ、私はこのままでいいんだろうか。

ふとさっきと同じ悩みが頭にふってくる。

妻のことはずっと大切だ、この人生をかけて大切だと思い続けてきた。

しかし、行動にはどのくらい移しただろうか。

 「臆病ね」と笑う妻の顔を思い出す。

私が妻の言うことに否定的な反応をすると決まって笑いながら少しだけ寂しそうな顔をしている気がする。

 その顔も素敵だと思うが、妻は幸せなのだろうか。

 私の時代では家事も育児も任せっぱなしで、若いころは仕事に明け暮れた。

それが幸せだろうと感じていた。

 しかし、新しい物好きな妻はどう思っていたのだろう。

 このままではいけないかもしれない。

人生で残したいこと、まだあるかもしれない。

 「次は〇〇駅~〇〇駅~」

最寄り駅のアナウンスが鳴る。

 こうしてはいられない、今日は妻に何か買っていこう。

うまく言葉にできるかはわからないが妻には最期まで笑っていてほしいから。

 きれいな夕日とともに扉が開く。

今日は年の割に身体が軽い。

 そんな私の背中でいつもと変わらない電車は次の駅に向けて走り出した。






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