《同級生エレジー》編

赤い煉瓦で覆われたちんまいマンションの1階にある、

色とりどりの磨り硝子のはめ込まれた古めかしい扉を開ける。


「いらっしゃいま…、なんや、タクマか…。」

「なんじゃ、その言い草。ブレンドな。」

「300円。」

「先、金取るんか。」

「お前、払わんやんけ。」

「毎度、払とるがな。」

「噓こけ。」


色とりどりの磨り硝子のはめ込まれた扉を開けた途端、

湯気の立つカウンターの中のサムロウが矢継ぎ早に言葉を放ちよる。


…喋る相手おらんのか…


ここは同じ高校のサムロウがにバイトに勤しんどる、

内装が掘っ立て小屋みたいな【ぎやまん】ちゅう茶店さてん…。

立地的に駅近の茶店さてん激戦区から少し離れたところにあるもんで、

混んどるとこなぞ見たこたない。


…オレがなボウズちゃうんか?…


そんな盛大に閑古鳥が鳴いとる茶店さてんを切り盛りしとるんが、

昔からダチのサムロウ。


サムロウ…、本名、花薗士朗。

なぜか、名字で呼ばれることをめっちゃ嫌がる。

名前も普通やったらどう読んでも「シロウ」のはずが、

こう書いて「サムロウ」と読ませてる。

武士の「士」ちゅう字は「サムライ」とも読むらしいねんけど、

それで士朗を「サムロウ」と読ませた親も親…。


…確かにちょっと変わったご両親やけど…


カウンターでちょこちょこ動くサムロウは、

刈り上げ頭に相変わらずの緑色のジャージに似合わんジーパン。

典型的な運動部男子のスタイル。


…ダサ過ぎるで…


このサムロウとは小学校からの付き合い。


…サムロウと知りうて、もう8年…

…なんでサムロウと仲ええんか未だに分からん…


サムロウに初めてうたのは小5の春。

引っ越して来てたオレが新しく通うことなった小学校の同級生の一人がサムロウやった。


なーんか…、

おかしなヤツやった。

とにかく…、

変なヤツやった。


いーつも休み時間や掃除の時間に、

「アチォ〜。アチォ〜。」ちゅうて、

机の上から飛び降りとった。

あの当時流行ってたブルース・リーの物真似なんやけど、

なーんも似てへんねん。


周りの同級生らは…、

「あいつん家は貧乏やから、ブルース・リーの映画、見てへんねん。」ちゅう…。

「テレビのコマーシャルで知っとるだけなんや。」ちゅう…。

「ようも知らんで、ほんまいちびりやで。」ちゅう…。


そんなもんやから…、

サムロウの相手は誰もせーへん。

奇声発して一人、

机の上から飛び降りとるだけやねん。


「コイツ、頭おかしんちゃうか?」ちゅうて、オレは思てた。

「近づかんことにこしたことはない。」ちゅうて、オレは思てた。

「コイツだけは友達にしたらあかん。」ちゅうて、オレは思てた。


オレの野生の勘が、

「コイツは危ない。」ちゅうて、警告してくれよるねん。


やけど…、

時間が経つとコイツのことが段々と分かってくる。


サムロウちゅう人間はクルクルパーなわけやないねん。

つむはええねん。

小学校の時の通信簿はオール5やし。

体育もできんねん。

美術も才能あんねん。

習字も上手いねん。

ほんで、フォークギターも弾きよるねん。


…なんやねん、コイツ…


かと言って…、

クラスの人気者かっちゅうと、

そうでもない。


あくまでもクラスの中の1人の男子でしかないんや。

大衆の中の1人でしかないんや。


せやけど…、

わざと目立たんようにしとるわけでもない。


逆に…、

目立つような奇行はようやってたけど、

クラスの誰も興味を持たん。


丸坊主頭でごく普通の顔。

小学校高学年男子として平均的な身長と体重。


「サムロウの特徴は?」

…ちゅうて聞かれても、

答えようのないのが特徴。


こんなにオールマイティーの割には、

男子から一目置かれとる感じもないし…。


小学校時分なら、

頭良かったり、

運動できたりしらたモテそうなもんやけど…、

女子にはからっきしモテへんし…。


全然、

掴みどころかあらへん…。


そんなサムロウをよう知らん転校生のオレには、

段々とサムロウのことが動物園の動物のように思えてきて、

段々とサムロウから目が離せんようになってきたんや。


こうやってサムロウを観察しとると、

徐々におもろなってきて、

知らん間にこっちから話しかけとったわ。


せやけど…、

どんだけ言葉を交わしても、

全然掴みどころがあらへん。


子供っぽいよーな…、

大人びとるよーな…、

ほんまサムロウは屁のよーな…。







中学に上がってもそうやった。


仲良うなったオレとサムロウは、

申し合わせてバスケットボール部に入いることにしたんや。


バスケットボール部を選んだ理由は、

のスポーツちゅう甘美な響き…。

夢の国のスポーツやで、

絶対女子にモテるって。


それに…、

オレもサムロウもには、

そこそこ自信があった。


やから…、

それに似とるバスケットボールも、

「楽勝やろ。」ちゅうて思てたんや…。


二人共…、

バスケットボールなんぞ全くもってずぶの素人。


ルールも知らんし、

試合も見たこたない。


せいぜい…、

の大人版ぐらいにしか思とらんかった。


ところがどっこい…、

蓋を開けたら、それがそれがとんでもない。

入部初日で度肝を抜かれた。


体育館に響き渡る「キュッ」「キュッ」ちゅう、

聞いたこともない靴の音…。

体育館の床を打つ「ボンボン」「ボンボン」ちゅう、

デカいボールの音…。

それにめっちゃ背の高い汗だくの先輩方…。


…これが同じ中学生なんか…


練習が始まっても知らんことだらけ。


ドリブルにしても…、

パスにしても…、

ステップにしても…、

シュートにしても…、

どれを取っても…、

見たこともなけりゃあ~、やったこともない…。


まりつきや思とったドリブルは全然ちゃうし…。


チェストパスちゅう両手でやる変なパスはまともに投げれんし…。

猛スピードでまともにキャッチもでけんし…。

それを走り回りながらやるんや。

どえらいしんどいんや。


3歩しか動けんワケワカメのルールでピボットなる変なステップ踏まなあかんし…。

なんでか…、

ボールを持ちながら、

軸足を中心にしてクルクルクルクル回るんや。

目が回るって。


レイアップシュートちゅう、

生まれてこのかたやったことない動作のもんをやらされるし…。

ボールをついてゴール近くまで行って…。

そこで飛んで…。

同時に手を上げて…。

ボールをゴール目がけて…。

投げる…。


経験の無い動作を、

稚拙な脳みそが処理でけんて…。

新入部員の1年は、

全員でタコ踊り状態やった…。

めっちゃ格好悪かった。

女子にモテモテは、

瞬間で泡と消えたで…。


やのに…、

一週間もしたら、サムロウはさまになってくんねん。

レイアップシュートのフォームができとるねん。

フリースローも簡単に入るようになるねん。

何をやらしても器用やねん。

顧問の先生もバスケットボール部の先輩方もサムロウの上達の早さに目を見張ってたわ。


…ほんま、飲み込みのええやっちゃ…


それやのに…、

サムロウに対する顧問や先輩や同級生の期待が膨らむ中、

入部して1か月かそこらで、

サムロウはバスケットボール部を辞めやんねん。

オレになんの相談もなく。


ほんでもって…、

次の日には陸上部に入ってけつかんねん。

全然、意味分からんやろ!


オレはサムロウ引っ捕まえて問い質した…。


したら…、

サムロウはこうぬかしやがった…。

「俺、群れるの向いてないねん。」ちゅうて…。


…アホかコイツは!!…


「バスケットボールは初めから団体競技や。」ちゅうねん。

「寝言は大概にせい。」ちゅうねん。


マジで…、

サムロウにこう言われた時、呆れ果ててしもて、

ものも言えんかった…。

アホらしなって、

怒る気も失せた…。


元々…、

サムロウはわけ分らんヤツやのに、

変に気にしたオレがアホやったんや。


そない考えたら…、

サムロウは今まで通りやのに…、

オレが変にサムロウを気にしとることに気がついたんや。


…オレはなんでこないにサムロウが気になるんや?…

…親友…

…いつも一緒…

…オレとサムロウだけ…

…友情…

…愛情…


いやいや…、

いやいや…、

なんか…、

気色悪い妄想をしとる自分に気づく…。


…なに意識しとんねん、オレは…


この後のオレ方が大変やった…。

しばらくはサムロウが目に入るとコソコソ姿を隠すようになってもたし…。

顔もまともに見れんし…。

オレは恋する乙女かっちゅうのよ…。


サムロウもサムロウで、

オレに何の相談も無しに勝手に辞めた負い目からか、

オレとの距離を取っとった…。


…なんか調子狂うで…


この変な雰囲気が一気に解消でけたんが、

1年生の時にあった全学年対抗の合唱コンクールやってん。


これはオレらの中学の年中行事の一つで、

生徒、教員は勿論、

父兄にまでお披露目する一大イベント。


まあ…、

コンクールちゅうても賞金や商品が出ることはないんやけど、

学年対抗ちゅうこともあって、

「上級生を打ち負かしたる。」ちゅう、

下剋上的な風潮は昔からあるみたいやねん。


体力的にも頭脳的にも上級生からは劣る下級生が、

唯一勝てる可能性があるんがこのコンクールかも知れんからなぁ…。






コンクールは、

各学年ごとに課題曲2曲と自由曲1曲を披露せなあかんのよ。

基本…、

生徒は全員参加。

課題曲の2曲は音楽の先生が決定しやる。


それを…、

1学年約400名の内、

歌唱100名、

伴奏50名で2チームが編成され、

各チームが1曲ずつ課題曲を披露するんよ。


残りの約100名の生徒は、

自由曲を担当することになる。


自由曲の方は全てが生徒主導で行われるねん。

先生は一言も口出しせん。


合唱曲の選定も、

曲のアレンジも、

歌唱人数も、

伴奏人数の内訳も、

演奏楽器も、

全て自由。


全て…、

自由曲チームのメンバーで決めるわけや。


このコンクールのミソは…、

課題曲を披露する学年の3分の2の生徒は、

さほど音楽に興味が無いちゅう点にあるんや。


あくまでも…、

音楽のの延長線上にある発表会みたいなもんになるんよ。


やから…、

伴奏はリコーダーだけやし、合唱はコーラスもハーモニーもあらへん。

みんなで主旋律を歌唱するだけや。


いわゆる…、

「参加することに意義がある。」ちゅうことや。


なので…、

課題曲が優劣を左右するほどの対象ではないちゅうことやねん。


そうなると…、

自由曲チームのメンバーは、

嫌でも責任は重大ちゅうことやねん。

それを分かって自由曲チームに参加しようというもんは、

少なからず音楽には一家言持っとるようなもんになる。


それ故に…、

コイツらは思いの外、下剋上的な意識が強い。


やから…、

自由曲チームのメンバーは、

学年中から自薦他薦を問わず勝てるメンバーを選抜することになるんよ。


おもろいことに…、

歌に自信のあるもんは、

自薦でボコボコ現れよった。

直ぐに人数は集まったけど、

9割方が女子やった…。


…キャンディーズや百恵ちゃんの影響なんかねぇ…


反面…、

なかなか楽器なんかやっとるもんはおらかったんで、

伴奏者の選出は難航した。


その中でも…、

一番最初に選出されたんは、こーいちやった。

この当時、

オレは学区が違うこーいちのことは全然知らなんだ。






ちゅうたらピアノは欠かせへん。


なんやけど…、

この中学の講堂兼体育館にはピアノは一台しかあらへん。

学年内に、

ピアノやっとる女子は数人おったんやけど、

この競争を制したんは、

なぜか男子のこーいちやったんや。


今にして思えばこーいちのあのルックスや…。

まるで王子様が演奏するピアノや…。

大多数のこーいちファンの女子が黙ってへんて…。


次に選出されたんはオレやった。

オレは父さんの影響でエレキギターやってた。

そのことは同じ小学校のもんらが知っとったから、

知らんもんにも話が広まって推薦された。


小遣い貯めて質屋でうたフォークギターを小学生時分から弾いとるサムロウも選出された。

サムロウはよう公園や道端でフォークギターをかき鳴らしとった。


その姿を同じ小学校のもんや、

違う学区の小学校のもんも目にしてて、

面白半分で推薦されたちゅうことや。


サムロウの人気の無さは中学でも健在やちゅうことや…。


あと…、

町内会の祭りで神輿の上で太鼓叩いとった豪太も一緒にやることになったんや。

豪太も学区が違ごたからこの時初めて知りうたんやけど、

今にして思えば、

コイツとは知り合わんかった方が良かったかもな…。


…なんてな。


この時に知りうたこーいちと豪太ちゅう二人の存在が、

オレとサムロウのギクシャクした関係の溝を埋めてくれることになったんや。











オレら1年の自由曲は、

話し合いの結果、

井上陽水の「夢の中へ」に決まった。


自由曲チームの9割方が女子やったけど、

これが滅法負けん気が強かったんや。

なんやかんやで歌唱希望で集まったんが、96名。

伴奏者として選出されたんは、オレら4名。


せやけど…、

これでは合唱隊とちんけなバックバンドになってまう。

合唱団としての編成になってへん。


そこで…、

負けん気の強い女子たちは再度検討して、

歌唱担当に70名、

残りの26名を伴奏担当に振り分けやった。


結構…、

喧々諤々けんけんがくがくにやっとった。


結果…、

伴奏担当の26名は、

リコーダーやピアニカやカスタネットやトライアングルを使こて演奏に厚みを持たせる副旋律を担当するように編成したんや。


ほんで…、

こーいち、サムロウ、豪太、オレの4人が、主旋律を演奏することになった。


…オーケストラ的アンサンブル…

…本気で勝ちに行こうとしとるで…

…生半可は許されんな…


無意識の内にそう意識せざるを得なかったんや。


練習が始まると…、

サムロウは明星か平凡か、

どっちか忘れたけど、

その雑誌でコード進行を調べて「ジャカジャカ」フォークギターをかき鳴らしとった。


こーいちと豪太は、

レコード聴いて楽譜を起こしとった。


オレは…、

このコンクールの伴奏は、

エレキギターを止めて、

ベースギターを弾くことにした。


1年の自由曲の楽器の編成やと、

その方が演奏に迫力が出る。

父さんにこの曲のベースラインを書き出してもろて、

それを演奏することにした。


豪太以外は、

放課後部活があるんで、

演奏練習は、

学校のお昼休みに講堂兼体育館でやることにした。


この日も昼休みに講堂兼体育館で4人で合わせっとったんやけど、

なんかしっくりこーへん。


なーんか…、

レコードの印象とちゃう。


自由曲の主旋律を担当するオレらは、

曲のメロディーはこーいちのピアノにした。

それ以外の3人は、

コード進行とリズムを担当することにしたんや。


そこで…、

一人、一人、

演奏して変なとこないか4人で検証してみることにしたんや。


こーいち、豪太は、

レコードから楽譜を起こしたのを基に演奏しとるからレコードと遜色ない。


オレも…、

学生時代、ずっとエレキ少年で軽音楽部だった父さんに、

この曲のベースラインを楽譜に起こしてもろてる。

楽譜通りに弾けば、

なんも問題はあらへん。


サムロウは「夢の中へ」の伴奏では、

サイドギターの役割になる。


フォークギターで和音をかき鳴らして、

曲全体のリズムをキープする重要なパートになる。


オレらは、

こーいちのピアノのメロディーラインに、

サムロウの正確なリズムのコードワークを重ねることによって、

豊かな音楽表現を狙てみたんや…。


バレーコードのない楽曲やから、

運指に気を回す必要はない。


それこそ…、

「ジャカジャカ」弾くだけのフォークギターは、

弾きやすいはずや。


確認のためサムロウに単独でフォークギターを弾いてもらい、

4人でレコードと聴き比べる。


…別に、これといった違いは…


そん次は…、

サムロウにレコードと一緒にフォークギター弾いてもろた。


したら、こーいちが、

「ストロークがちゃうんちゃうか…。」ちゅうて、

指摘しょった。


も一回…、

サムロウにレコードと一緒に弾いてもらう…。


確かに…、

微妙にストロークのちゃうとこがある。

ちょっとしたストロークの違いが、

変なリズムを生み出しよる。





この後、

残りのお昼休み時間、

こーいちが手取り足取りで、

サムロウに弾き方を教えとった…。










次の日のお昼休み、

講堂兼体育館で再度4人で演奏してみる。

びっくりするほど良うなった。

サムロウは一日で修正してきた。


…相変わらず器用なっやっちゃで…


微妙なストロークの違いを見つけ出したこーいちにも驚きやった。


…こーいちは見た目だけやのうて才能もあるんかい!!!…

…天は二物を与えたんかい!!!…







そんなこんなで…、

全学年対抗の合唱コンクールは無事終了。

残念ながら下剋上は実行されず、


結構…、

本気やったもんらは、

2年での打ち負かしを誓いうとった。













この後も、

オレら4人は、

よう一緒に遊ぶようになった。


今まで…、

各人、楽器は弾いとったけど、

誰かと一緒に演奏するなんて経験はあらへんだ。


やから…、

合唱コンクールの演奏が契機でその楽しさ、

おもろさを知ってもた。


そっからは…、

時間を見つけてはバンドの真似事みたいなもんをやり始めるようになったんや。


オレん家や、

馬鹿でっかいこーいちの家や、

豪太ん家に集まって、

「じゃんじゃん」「ジャカジャカ」

演奏とは言えんようなことやってたわ。


サムロウん家は古い県営の公団住宅やったから論外。


特に…、

よう集まったんは、

豪太ん家。


豪太ん家は美容室やってんねんけど、

敷地内に美容室と母家が二つ。

それと離れ座敷が一つあって、

豪太は離れ座敷を1人で使こててん。

元々は兄ちゃんと2人で使こてたらしいんやけど、

兄ちゃんは県外の全寮制高校行ったから、

今は1人で使い放題ちゅう話やったわ。


離れ座敷には楽器だけの部屋もあって、

ドラムもあればエレキギターもあった。


それ以外に…、

シンセサイザーとか何とかちゅう、

わけわからん音がぎょうさんでるピアノみたいなんもあった。


こーいちは、

シンセサイザーちゅうのにめっちゃはまっとったわ。


これらの楽器は全部ママがうてくれたんやて…。






「兄ちゃんか誰か、バンドでもやってんの?」

豪太ん家に初めて行った時、

サムロウは楽器の山を見て、

速攻、聞いとった。


豪太曰く…、

「兄貴はバリバリのスポーツマン。今の高校もスポーツ特待生で入っとる。楽器はよう弾かん。お母さんは三味線や和太鼓できるけど…、おれ以外、洋楽器なんぞ誰も弾かん。ママが勝手にうてくれるんや。」ちゅうことらしい。


…えっ?お母さんにママ…


豪太以外、

誰も楽器でけんのにこの楽器の内容には、

「驚き、桃の木、山椒の木。」やで。


…かなり、懐が温かいみたいで…


別にバンドを組みたいわけでも、

ミュージシャンになりたいわけでもないのに、

オレらは自分らの演奏をカセットテープにふき込んで、

クラスの同級生に聞かせたり、

ラジオ局に送り付けたり、

今、考えると赤面もんの行動をようやっとった。


多分…、

気の置けない仲間がでけた喜びが、

みんなの気持ちを大きくしてたんかも知れん。


特にオレは…、

打ち解けることのでけるダチが増えたことを心から喜んどった…。





そやのに…、

オレはつまらん事をやってしもたんや…。










今日も今日とて…、

部活終わりに用も無いのに豪太ん家に行くことにしたオレ…。

真っ直ぐ家に帰ったところで、話し相手もらんし…。

テレビはニュースしかやっとらん時間やし…。

ちょっとでも豪太と馬鹿話しとる方がマシ…。


ちゅう帰結の下…、

当たり前のように毎日、毎日、

豪太ん家に寄るようになっとった。


この日は…、

「近道したろ。」ちゅうことで、

あの当時はまだ残っとった有刺鉄線の張り巡らされたドでかい空き地を突っ切って行くことにしたんや。

この有刺鉄線の張り巡らされたドでかい空き地は、

豪太ん家の目の前に存在しとる。


従来通りなら…、

ドでかい空き地に沿った道路を進んで豪太ん家に行くんやけど、

この日はなんか違ごてん。

時期は秋の終わりやった。

日はうに落ちとった。


普段ならこんな暗い中、

外灯のない有刺鉄線の張り巡らされた人気ひとけの無い空き地を通るなんてことはせん。


単なる気まぐれやったと思う…。

ちょっとした冒険心やったと思う…。


有刺鉄線の切れ目から暗闇広がる空き地に入ってく。

月明かり、星明かりしかない空き地は結構暗かった。

周りの建物から漏れる明かりを目印にして豪太ん家の方向へ進んでく。


空き地の半ば位まで歩いてきた時、

そこには大きいもんが置かれとった。

それは空き地に無造作に置かれとる土管やった。

直径が1メートルぐらいあるコンクリートの土管が数本、

転がっとった。


…ガキん時、こんな土管でよう遊んだなぁ…


懐かしさからか、

土管を叩いたり、

土管の中を覗いたりするオレ。


その時…、

土管の中に置かれとる紙袋が目に入ったんや。


…なんや?…


なんか無性に興味がそそられた、オレ。

恐恐こわごわ、紙袋を引っ張り出す、オレ。

紙袋の重さにたじろぐ、オレ。


紙袋の開いた口から中を見てみる。

暗くてよう見えなんだけど、

紙袋の中にはぎっしりとぎょうさんの本が入ってた。


興味津々で1冊取り出してみる、オレ。

ぎちぎちでなかなか取れ出せん、オレ。

なんか、手に汗かいとる、オレ。


力一杯引っ張って、

やっとこ取れた本は、

勢い余って地面に落ちてページを開く…。

そのページを月明かりが照らし出す…。






…?…






そのページには…、

裸の女が載っとった。













これはいわゆるちゅうやつですわ。


…どなたかが処分に困ってここに捨てたんやろなぁ…


この当時は…、

まだ、チン○に毛も生えてないようなガキやったけど、

こういう事には滅法興味があるお年頃やった、オレ。


オレはその重い紙袋を抱えて空き地を脱兎のごとく走り抜け、

豪太ん家の離れに飛び込んだ。


豪太はオレの焦りようを見て、

「なんかあったんか?」ちゅうて、

当然のごとく尋ねよる。


外は結構寒いのに、

オレは額に薄っすら汗かきながら、

「ええもん拾たで。」ちゅうて、

悪代官のごとくにやけ顔を豪太に返したん。


今日はこーいちは塾、

サムロウは家の用事でここには来いひん。


オレと豪太は、

おかしなったかと思うほどにエロ本を読みふけった。

遊びでもこんな熱心にせえへんちゅうほど、

怖いくらいに集中しとった。


オレと豪太はこの件に関して、

「しばらくは2人だけの秘密にしとこうや。」

…ちゅう協定を自然と結んどった。


なんでかちゅうと…、

サムロウとこーいちはいまいちエロっぽい話題にはノリがようないんや。


その点…、

オレと豪太はこの面に関してはえらく話がうたん。


なんか…、

サムロウとこーいちの知らん世界を持ったオレと豪太は、

背徳感からか、

共犯関係からか、

これがきっかけでえげつないほど仲良うなったんや。


せやけど…、

オレも豪太も、

2人だけで何回も同じもんを繰り返し見とるせいか、

慣れなんか、

飽きなんか、

徐々につまらんように思い出すねん。


2人の秘密を暴露したい…。

共感者、共犯者を増やしたい…。


…みたいに思てくんねん。


ほんで…、

サムロウとこーいちにもこのエロ本を見せたん。


案の定…、

2人の反応は薄っすい薄っすいもんやった。


けど…、

サムロウが1人の裸の姉ちゃん見て、

「これ、タクマのクラスの○○さんに似てへん。」ちゅうたん。


このサムロウが放った一言で、

オレの体に電気が走った。


…ど、ど、ど、ど、ど、同級生の女子の裸…


爆発寸前やったわ。

そっからオレと豪太はエロい新しい遊びを開発してまう。

同級生の女子の顔をエロ本のお姉さんの体に当てはめて妄想していく…、

ちゅう遊びを…。


ほんま…、

この年齢は、

エロに関しては想像力豊かですわ。


何度も何度も見たエロ本を、

見過ぎて見飽きたエロ本を、

一冊、一冊、

1人、1人、

勉強でもせんほどに、

熱心に見直していった。


丁寧にエロ本に書き込みをしていった。

オレと豪太の集中力は半端なかった。


サムロウとこーいちは、

楽器を触りながら呆れてたけど…。






事件が起きたんはこの後やった…。






オレの拾たエロ本は、

ずっと豪太の離れ座敷に隠しとった。


それが豪太のママに見つかった。

ママは豪太のお母さんに相談した。


ここ…、

話がややこしいやろ。


豪太ん家は家族構成が変わっとって、

土建屋やっとる親父、

3つ年上の兄ちゃん、

美容室やっとるお母さんとママがるんよ。

簡単に言うと母親が二人居るねん。


…この日本で一夫多妻?…

…よう分からんけど…


ちゅうことで…、

ママとお母さんの二人は相談の上で、

豪太が学校に行っとる間にぎょうさんのエロ本を廃品回収の車に渡して、

トイレットペーパーに代えてしもうたんや。


これでこのぎょうさんのエロ本があっさりと消え失せてくれれば、

何の問題もなかったんや…。

学校から帰った豪太がママとお母さんにめっちゃ怒られて、

「はい、シャンシャン。」…。


実際…、

豪太はどえりゃあ~怒られたらしい…。


ほんで…、

この件は終了…。






やったはず…。






や・け・ど…、

そうは問屋が卸さなんだ…。


この廃品回収業をやっとる大元締めの会社の社長令嬢が、

オレらの同級生の女子やったん。


…偶然やけど…


そんでもって…、

オレと豪太はその女子の名前をエロ本に書き込んどってん。


…タイミング悪うぅぅぅぅぅ…


廃品回収されたもんは、

一か所に集められて、

危険物や、

間違えて捨てられた貴重品がないか、

逐一チェックするらしいねん。


その過程で…、

オレと豪太のエロ本への書き込みは発覚することになったん。

愛娘の名前がエロ本に書かれとったことを知った父親である廃品回収業の大元締め会社の社長は言わずもがなの大激怒。

「怒髪衝天」「切歯扼腕」「悲憤慷慨」「鬼の形相」で、

ぎょうさんのエロ本を持って学校に怒鳴り込んで来たんや。


なんで学校が特定されたかって…。


廃品回収車は廻る区域が決まっとる。

このエロ本を積んだ車は、

愛娘の学区区域を回ってた車やったから、

学校は直ぐに特定でけたわけや…。


それに…、エロ本に書かれとる名前は、

愛娘の通う中学校の同級生の女子の名前だけやった…、

ので…。


怒鳴り込みのあった次の日の朝礼。


全体朝礼は無くなり、

講堂兼体育館で1年だけの学年朝礼のみ行われることになった。


オレも含め、

全員何が始まるのか知る由もあらへん。


狭苦しい講堂兼体育館で体操座りで待っとると、

校長先生が壇上に現れよった。

壇上の中央にあるマイクの前に立つ。

手に大きい茶封筒を持っとる。

その茶封筒を両手で顔の横に掲げて話し始めた。

「この中には皆に見せられない本が入ってます…。」


瞬間…、

オレはなんか嫌な予感がした…。


校長先生は言葉を濁しながらも、

なんでオレらがここに集めれれたのかちゅう経緯いきさつを話しやった。

オレの嫌な予感は見事的中…。


…あの茶封筒の中身はあのエロ本…


オレ、豪太、サムロウ、こーいち以外の男子生徒には、

オブラートに包まれた校長先生の話はちんぷんかんぷやったはず…。

話が理解できるのはオレら4人しからんはず…。


ただ…、

女子は全員、

校長先生の話が分かっとるようやった。


たぶん…、

被害者の1人である社長令嬢から、

詳しい内容が連絡網で回っとったんやろう…。


学年の全女子たちは、

校長先生の話を聞きながら、

「気持ち悪い。」

「変態。」

「どこのどいつ?」

「死ねばええのに。」ちゅうて、

侮蔑や憤りを口にしとった。


…バレたら間違いなく、女子全員からリンチやな…

…知らぬ存ぜぬしかないな…


当時のオレはなんて、

言葉だけしか知らん。

けど…、

めっちゃ痛そうな想像だけはついた…。


…ヤバいで、ヤバいで…


顔面蒼白な、オレ。

冷汗タラタラな、オレ。

お先真っ暗な、オレ。


前で体操座りするもんの坊主頭しか目に入らん…。


すると…、

1人の男子生徒が急に立ち上がる…。

胸を張って体操座りしとるみんなの前に歩いて行きよる…。


…だ、誰や?…


そいつは学年全員の前に立った…。

焦点の合わんオレには、

誰やかよう分からん…。





…えっ?…

…さ、さ、さ、サムロウやん…

…な、な、な、なにさらすねん?…


ぼやけた焦点でも、

特徴でどうにか誰やか分かった瞬間…、

サムロウは床に両膝をついた…。


…せ、切腹でもするんか?…


そして…、

勢い良く坊主頭を床に叩きつけた…。

講堂兼体育館に響き渡る「ドン」ちゅう音…。


刹那…、


「すいませんでした。」


…ちゅう、

講堂兼体育館の隅々まで響き渡る声…。


「ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」


何回も何回も大声で発せられる謝罪…。







…な、な、な、な、なん、なんなんや?!?!?!…


…ちゅうて思てっと、

知らん間にもう1人、

前にった。


その…、

もう1人のもんも、

サムロウと同じ姿勢を取り、

「ごめんなさい。」を繰り返す。





こーいちやった。





オレの体は、

オレの意思とは関係なく慌てて立った。


そして…、

一目散に走り出すと、

前に向こうた。


ちゃう方向からは豪太もどんくさそうに走ってきとった。

オレはサムロウの横で同じように土下座した。

豪太もこーいちの真似をしてこーいちの横で土下座した。


講堂兼体育館は、

生徒らの声でざわついとった。


先生たちは、

静かにするようにわめいとった。


渦巻く喧騒の中、

土下座する4人…。


ものごっつううるさいはずやのに、

オレの耳には膜が張っとるみたいに、

なんも入ってこん…。


「…マ。」

「…クマ。」

「…タクマ。」

「…タクマ。」

「…タクマ。」


…はっ?!…

…誰ぞが呼んどる…


「…タクマ。」


それは…、

いの一番に土下座したサムロウの呼ぶ声やった。


頭を下げたまま…。

別にデカい声でもなく…。

怒った声でもなく…。

淡々とした言葉が…。

サムロウの言葉だけが…。

オレの耳に入ってくる…。


「大丈夫や…。」

「…。」

「大丈夫やで…。」

「…。」

「どんだけ間違ったことをしても…、






俺はお前らの味方やからな…。」


…ちゅうねん。







オレはおのれの情けなさからか、

ダサさからか、

ズルさからか、

よう分からんけど…、

講堂兼体育館のささくれた床にぼたぼたと涙を落しとった。

こーいちの横の豪太も土下座したまま大声で泣いとった。






この後4人は講堂兼体育館を連れ出され、

校長先生、

教頭先生、

各々の担任から、

こっぴどくお説教を食らう破目になる。


長々のお説教を終え、

オレらは各々の担任と共に教室に戻ることになった。


…罵声が飛び交うやろなぁ…

…物も飛んでくるかもなぁ…


教室に入ることに、

ビビりまくる、オレ。


しかし…、

オレの想像に反して、

クラスはいつもと変わらんかった…。


いや…、

いつもより温かく迎えられとるような…。


…どういうこと?…





この時の真相は、

2年になって謎は解けた。

全ては、

こーいちのおかげ…。


元々…、

この件はオレと豪太がやらかしたこと。

こーいちにはなんも関係あらへん。


やけど…、

こーいちは、

「仲間の過ちは、自分の過ち。」なんて、

感じてくれたんやろなぁ…。


サムロウと共に率先して、

みんなの前で頭を下げてくれた。


髪の毛が逆立つほど怒り心頭状態やった廃品回収の社長令嬢は、

これまた偶然にも、

こーいちの大大大大大ファンやってん。


オレらが連れ出された後の講堂兼体育館で…、

「罪を憎んで人を憎まず。ちゃんと謝ったから私たちもこれ以上グチグチ言うのは止めましょう。」

…ちゅうて、

社長令嬢が、学年全生徒の前で一席ぶってくれたんや。

学年の女子全員をなだめてくれやったんや。


…流石はこーいち…

…二枚目色男はちゃいまっせ…

…我らがヒーロー…


せやけど…、

この大団円を迎えることがでけたんは、

いっちゃん初めに動いたサムロウのおかげ…。


…サムロウのあの行動が無かったら…

…オレの中学生活は…


ちゅうて思うと、

心底ゾッとする。


結果…、

オレにとってのヒーローは、

どうしてもサムロウなんやな…。










サムロウは何をやっても上手いんやけど、

何をやっても目立たへん。


陸上の競技会でも、

記録はそこそこ残すのにいつも4位・5位・6位…。

表彰状に手が届かん。

部内では、

「無冠の帝王」の異名をいただいとった。


それは…、

美術の県展でも、

書道の大会でも一緒…。


つむも良かったけど、

県下で一番の公立高校には届かんかった。


やから…、

高校は県下で二番の公立高校への進学を決めとった。


オレらの県は、

中学3年間の実績の積み上げで、

行ける高校を振り分けるシステムになっとるん。

中学3年間の勉強の成績も重要やけど、

内申書もめっちゃ重要なん。


大雑把に言えば…、

生徒全員、

学校からの推薦入学、

ちゅう感じかな…。


3年間の中学生活を送っとる段階で、

進学でける高校は決まるちゅうことやねん。


やから…、

公立高校の入学試験は、

全く同じ日の同じ時間から、

全く同じ試験内容で行なわれんのよ。


入学試験で落ちるちゅうことはない。


高校側から言うと…、

入学試験は、

本人の出席確認と、

新1年生の学力の把握、

ちゅう感じちゃうかなぁ…。


中3当時、

オレは県下二番の公立高校やと、

合否判定ギリギリのライン。

三番目やと、

絶対安全圏ちゅうポジションやった。


学校側は、

三番目の高校への進学を猛プッシュ。


…当たり前やけどな…


オレとしては、

どうしてもサムロウと同じ高校への進学を捨てきれんかった。


ただ…、

さっきも言うたように…、

この県では、

中学3年間の実績の積み上げで進学先を決める方式なんで、

入試で一発逆転的な進学はあらへんねん。


やから…、

オレは中学の残り数回の校内試験や校外模試にかけた…。


とにかく…、

今まで以上の結果を出し、

総合成績を上げ、

進学校のランクを上げるしかあらへんから…。


なんでそないに執着したんかはよう分からん。


ただ…、

どないしてもサムロウと一緒の高校に、

行きたかった…。






とにかく…、

必死やった。









にもかかわらず…、

中3の大晦日。


ここでもオレは、

つまらんことをやってまう…。


この日オレは、

サムロウを誘て、

近所の裏山にある神社へ初日の出見るんと高校合格祈願に行ったんよ。


小学生ん時は、

学校の授業でも遊びでもよう登ってた近所の裏山。

中学なってからは久方ぶりに登った。


紅白歌合戦を見て除夜の鐘を聞いた後、

サムロウと裏山に登る。

登るちゅうても、

なだらかな整地された山道をちまちま進むだけ。

そんな手軽な登山やから、

健康のためちゅうて毎日登るお年寄りも多いんや。


山道に入って20分も歩くと、

標高200メートル辺りに、

大きなコンクリートで作られた鳥居が現れよる。


…小学生ん時より速く登れてっかも…

…なんやかんや、デカなってんねやなぁ…


そいでもって…、

これが裏山にある神社の入り口。


この神社の境内で初日の出を拝んだ後、

本殿で初詣と合格祈願をする予定やった。


年明けの深夜に、

この裏山に登って初日の出を拝むのは、

せいぜいこの辺に住んどる中学生ぐらい…。


…小学生は流石に寝とる…。


ええ大人は、

メリケン波止場とか、

ポートタワーとか、

須磨とか、

六甲山とか、

摩耶山とか、

観光名所に行って初日の出を迎えやる。


…誰もこんな寂れた神社なんぞで新年迎えんて…

…早う大人なって、かわいい彼女と…


なんて…、

オレは年明け早々からなんか舞い上がっとった。


ほんで…、

めでたいこんな日は、

オレらの住む地域では、

タダで洋菓子や、

お茶や、

甘酒が振舞われるんや。


…神様からのはからいちゅうことかいなぁ…

…まぁ、町内会のお祭りちゅう感じやね…


しかし…、

お茶の無料は分かるけど、

洋菓子や甘酒まで?

ちゅう感じやろ。

これには理由わけがあるんよ。


それは…、

この市が港町ちゅうこともあって、

昔から外人さんがぎょうさん住んどる。


おのずと…、

洋風な食文化が発展するわな。


洋菓子もその一つで、

洋菓子工場が、

あっちこっちあるんや。


工場の近所におると、

めちゃくちゃ甘い香が漂っとる。


そんな大量に作られる洋菓子、

不良品も大量に出るんよ。


割れたり、

焦げたり、

商品にでけんもんは、

廃棄せざるを得ん。


それをビニール袋一杯に詰めて、

100円ぐらいで工場で売りやるねん。


型が悪いだけで味が悪いこたない。


やから…、

お母さんらは、

子供のおやつやお茶請けに、

これを買う。


オレらもガキん頃からよう食わされとった。


ほんで…、

めでたい日やお祭りがあると、

洋菓子の不良品が工場からタダ同然で提供されるんよ。

そやから、無料なんよ。


それと同じように…、

オレらの住む市には、

日本有数の酒造メーカーがぎょうさんある。

余所からは「灘」ちゅうて呼ばれとる。


冬の六甲颪ろっこうおろしが酒造りに適した自然環境を作って…。

宮水と呼ばれるミネラルが豊富な六甲山の湧き水があって…。

でけた酒を運ぶための水上輸送に便利な港があって…。

酒造原料の米の産地が近こうて…。


ちゅうような…、

偶然やこじつけがあって、

江戸時代以降、日本酒の名産地として栄えたらしいんや…。


興味のうてもこの地域では、

このことを小学校で教え込まれるんよ…。


そないな歴史があって、

大手日本酒メーカーの多くが本社を置くほか、

中小の酒蔵もぎょうさん点在とるちゅうことや。


そやから…、

酒を作った後の酒粕もぎょうさん出よる。

基本、や。

大半は捨てるだけ…。


その捨てるだけの酒粕をタダでもろて、

水と砂糖を放り込んで煮て、

甘酒にするだけ。

そやから、無料やねん。









オレとサムロウも、

なんぞ飲みもん貰おう思て境内に入ってみる。

…と、

同じ中学の悪ぶっとう同級生が、

石段でいびきかいて寝とったんや。


「風邪ひくで。」


…ちゅうて、

サムロウがそいつの肩をポンポン叩くと、

「…ん?」ちゅうて、

目を覚ましやった。


「サムロウ…?タクマ…?おはよ…。」

「なに寝ぼけとんねや。」

「自分、こんなとこで寝とったら新年早々に風邪ひくで。」

「あっ…、そうか…。裏山の神社やったっけ…。」

「何しとるん?」

「飲み過ぎた…。」

「えっ?!」

「甘酒、飲み過ぎた…。」

「…!!」


…甘酒も飲んでええんや…


中3の男子ちゅう中途半端な年代は、

なぜか、

背伸びしたがるお年頃…。

大人のやることに興味津々のお年頃…。

誰よりも先に経験して自慢したがるお年頃…。


大人しか飲むことが許されん「酒」。


それが…、

「甘酒」であったとしても…、

「酒」には変わりがない…。


ガキん頃に、

親戚の集まりなんかで、

冗談で大人から、

酒を口にさせられた経験はある。


…不味いだけや…

…痛いだけや…


そないな記憶があんのに…、

手を出そうとする心情…。


…これが、怖いもん見たさちゅうやつなんか???…


「酒」を好き勝手に飲んでもええ…。

飲み過ぎて酔っぱらっても誰にも咎められん…。


こんなおいしい話が、

未熟で旺盛な好奇心の歯止めを無くしよる…。


オレもサムロウも飲み放題の甘酒に猪突猛進。

薬缶に入った甘酒を湯吞に注ぐ。


互いに注ぎ終わったら、

「せーのっ!」で一口。


まったりとした甘い液体が、

口の中に広がる。


…酒ちゅうても、こんなもんけ…

…オレ、成長したんちゃうか…


こんな第一印象で、

気持ちが大きなる。


親に秘密で経験する大人の世界。


秘したる行為への背徳感…。

同級生に対する優越感…。

一段成長したと思う達成感…。

未知の物質「アルコール」による陶酔感…。


そんな思いにたがが緩む…。

何杯も何杯も繰り返し飲むオレとサムロウ…。


しかし…、

未経験と言えるアルコールという物質は、

後々オレらをあざ笑い始める。


オレは急に地面が回り始めた。


…なんやコレ…


サムロウも境内の石畳を外れて、

植え込みでうずくまっとる。


…気持ち悪うぅぅぅぅぅ…


酒の「さ」の字も知らん子供、

飲み方も知らなんだら、

酔うちゅうことも知らん。


二人してえげつない目にうた。


気色悪うて地面をのたうち回る。

口じゅうに唾液が溢れる。

挙句の果てにゲロゲロ戻し出す。

口一杯に広がる苦酸っぱい液体。

その気分悪い味でまた戻す。


涙を流しながら何度も何度もゲロゲロ戻してっと、

何やら周囲が騒がしい…。


…気持ち悪いのに、うっさいんじゃ…


アルコールちゅうもんの力は計り知れん。


日頃からあんま怒ることのないオレが、

なぜかブチ切れてた。


何が周りで起きとるんか、

なんでこんなにもうるさいんか、

気になった。


全てを吐き切ったオレは、

グルグル回る頭をもたげ、

開かん目を見開いて、

周囲を見渡した。


その虚ろなオレの目に飛び込んできた映像は、

少年たちが神社の境内で、

取っ組み合い、

殴りうとる光景やった。






…喧嘩やぁ…


まるで…、

祭りのお神輿や山車を見とるような感覚やった。






…めっちゃ楽しそぉ…


こう言う場合、

いつもなら野次馬を決め込むか、

「君子危うきに近寄らず。」ちゅう姿勢のオレが、

酒の勢いちゅうやつなんか、

積極的にその渦の中に近づこうとしよる…。


渦中では、

怒鳴り合うもん

取っ組み合うもん

殴り合うもん

…、

いろいろおった。


なんでか…、

オレには楽しそうに映った…。

なんでか…、

オレもその輪に参加しとうなった…。


普段のオレからは絶対に出ん考え。


酒に酔うちゅうのは、

自我を失う、

自分に酔う、

ちゅうことかも知れん…。


単純に…、

どのタイミングでどう飛び入ろうか、

考えとった…。

どう飛び入ったらみんなが驚くやろうて、

考えとった…。


そんなん考えとると、

目の端に入ったもんがあったんや。


それは…、

半分朽ちた一本足の木の看板。


オレは力まかせにそいつを地面から引っこ抜いた。

酒のおかげで普段以上の力が出たんか、

それは簡単に抜けよった。

それを意気揚々と肩に担ぐと、

皆が暴れる渦中に胸を張って入っていった。


…真打ち登場ちゅうとこやな…


オレは目に入ったもんを、

誰彼構わず、

看板で思いっきり叩いていった。

急に木材で叩かれたもんは、

おもろいように痛がってうずくまりよる。


…ハエたたきでハエ潰しとるみたいやん…


オレにはその光景が、

気分良うてしょうがなかった。






何人かを同じように叩き潰しとると、

急に後ろから凄い力で羽交い絞めにされた。


…ヤバい…


ちゅうて思とると…。


「タクマ、落ち着け!!!」

ちゅう声が背中からする。


オレがその声に気を取られとると、

オレの背後で羽交い絞めしとるもんは、

ものごっつい力でオレを引っ張り出した。


…えっ!!!…


そのものごっつい力は、

オレを植え込みに投げ込むと、

オレの上に馬乗りになって、

オレの頭を両手でがっちりと抑え込んだ。


…やられる…


「タクマ、しっかりせい。」


…えっ?…


「タクマ、目、開け。」


目を開くと、

目の前にあったのは、

口の回りをゲロだらけにしたサムロウの顔やった。

何がなんか分からんかった…。


ただ…、

口の回りをゲロだらけにしたサムロウの真剣な顔つきだけは、

理解でけた。






「こっから逃げるぞ。」

「逃げるって?」

「とにかくついてこいや。」


ほんま、わけ分らんかった…。

とにかくサムロウの後をついていく。


サムロウは、

草ぼうぼうの月明かりしかない真っ暗な道なき道を進んで行く。


まだ…、

アルコールの抜け切っとらんオレは、

ついていくのに精一杯や。


…どこ行くんや…


どれくらい歩いたやろか?


真冬の真夜中に、

汗ダラダラなオレに向かって、

「もうこの辺やったら大丈夫やろ…。」ちゅうて、

サムロウが汗だくのゲロだくの笑顔を向けて言う…。


「なんが?」ちゅうて、

オレが聞くと…。


「あれや。」ちゅうて、

サムロウは山道を土で汚れた指で差した…。


それは…、

暗闇に回る幾つもの赤色灯…。


「動くな。」「待て。」「逃げるな。」ちゅう大人の怒声…。

「わあー。」「きゃあー。」言いながら動き回る少年たちの声…。








「初日の出見に来たうちの中学と××中学が喧嘩になったんや。」

「…。」

サムロウは説明し出した。


「俺らと一緒で甘酒たらふく飲んで、気が大きなったんか…。」

「…。」

「1人がメンチ切ったやなんや言うて…。」

「…。」

「いちゃもんのつけ合いから殴り合いになったみたいやで。」

「そうか…。」


…あの喧嘩はこれやったんや…

…酒ってとんでもないな…


「両校とも結構な人数来てたから、一瞬で乱闘や。」

「…。」

「ほんで、神主か誰かが110番通報して、今に至るや。」

「…。」


…元々仲の悪い二校、一触即発ちゅうやつか…


オレの今、住んどる地域は、

元々、かなり品の悪いとこやったらしい…。

オレが引っ越して来るちょっと前に行政のテコ入れがあって、

良うはなったみたいやけど…。


昔からある確執なんぞはまだ拭え切れとらん…。


オレは余所者よそもんやから詳しいは知らんけど、

オレらの中学と××中学の確執なんかもその一つらしい…。


「ボーっとあんなとこおって警官に捕まってみぃや。俺らの内申アウトやろ。」


…はっ!…


オレは、息を呑んだ。

中三のこの時期に警察沙汰なんてマジで笑えん。

内申書に響く…。


特に…、

強引に上のランクの高校目指しとるオレにとってはもっての外や…。

それやのに酒に酔うて気が大きなって暴れたオレの浅はかさ…。


「お前が看板で叩いてた奴らも、ポリや!つうたら慌てて逃げとった。」

「…。」

「あの調子なら、大丈夫やろ。」

「…。」







この後…、

シラーっとお日様は上り、

さっきまでの出来事がまるで無かったかのように、

元旦の裏山の神社は静寂に包まれとった。


オレとサムロウは、

ゲロだらけ泥だらけの姿を誰にも目撃されんよう、

獣道を使こて、

昼前までかかって下山した…。







三学期の始業式の日、

校長先生から裏山での元旦の一件についての話があった。

「特に三年生は大事な時期です。くれぐれもこの様な事に巻き込まれないように残りの中学生活を送って下さい。」ちゅうて、校長の話は結ばれた。


…当事者やちゅうの…


前に立っとるサムロウを見ると肩を揺らしながら笑いをこらえとった。


この件以後…、

無料の甘酒がお祭りなんぞで提供されることは無くなった…。


…オレらのせいや、みんなすまん…






こんなサムロウの機転もあり、

ギリギリやったけど、

オレは中学校から、

サムロウと同じ高校への進学のお墨付きをもらえた。


…どうにかこうにか間にうたで…


お約束の入試もなんとかこなし、

合格通知も受け取った。


晴れて、

サムロウと一緒の高校の生徒になれた。






…念願叶ったで…






高校の入学式ん日は、

サムロウと一緒に行った。


オレらの中学からこの高校に進学したんは20名程。

それも8割方は女子。


やから…、

どちらともなく一緒に行くことを言い出しとった。


高架下でうたさらっぴんの学ランに身を包んで颯爽と向こた。


最寄り駅で阪神電車を降り、

徒歩で高校へ向かう。


見慣れん商店街や町並みを横目で見つつ、

これから通う徒歩10分程の通学路を胸躍らせながら歩を進める。


不思議と同じ方向に向う生徒らが、

女子ばかりのように映るのはなんでやろ…。


…共学の今は男女半々のはずやのに…


校門をくぐり、

校庭に貼り出されたクラス分けの看板の前へ…。

サムロウは1組でオレは4組やった。

流石に都合よくクラスまでは一緒にならんかった。

互いのクラスの確認を済ませ、

そこにいた教員の指示に従って講堂に向う。






式には、

オレん家は母さんが来る事になってる。


…同じぐらいに出とるから、母さんはもうここにるはず…


サムロウん家は、

両親共働きやから、

来るか来んかは分からんちゅうてた。


歴史ありそうな立派な講堂には、

パイプ椅子が学級ごとに一列に並べられとって、

「来たもん順に前から座れ。」ちゅう教員からの指示やった。


ここでサムロウとは暫しのお別れや。


各々、

自分のクラスの席に座る。


オレはサムロウが気になって目で追ってまう…。


サムロウはパイプ椅子に座った途端、

前に座っとる女子の肩をチョンチョンて、叩きよった。


…なんや?…


前に座る女子は、

ビクッとびっくりしたように体を震わすと、

綺麗な髪が円を描くようにサッと右後ろを振り返った。


オレからは、

右斜め前方に座る二人の表情ははっきり分からなんだが、

女子はサムロウの話を聞いとるようやった。


その女子は頷ずくと、

直ぐに元の姿勢に戻りよった。

この間、

1分とかかっとらん。


…なんか分からんことでも聞いとったんか…






この後オレは母さんを探そう思て、

後ろの父兄席を見てみると、

父兄席の一番前にちんこい丸い黒い物体が…。

なんかそれがワナワナ震えとる。


目を凝らしてよう見てみっと、

それは黒い着物着たサムロウのオカンやった。


…サムロウのオカン来てたんや…

…オカンなんで震えとんねん?…







講堂での入学式は思いの外あっさり終わり、

クラスに分かれて教科書貰て、

担任からの諸注意を聞いて、

こっから共に学ぶ知らんもんらとの顔合わせも、

つつがなく終えた。


これから始まる未知の世界へ突入するための儀式は、

とりあえず滞りなく終わりを告げた…。







今日のスケジュールの全てを終えて校門を出ると、

オレの母さんが待っとった。


母さんは、

サムロウを待って食事でもどないや…、

ちゅう。


オレが、

「サムロウのオカン来とったから一緒に帰るんちゃうか。」ちゅうと…、

母さんは、

「花薗さん来てたんや。全然、見かけんかったけど…。久しぶり会いたかったわぁ…。」ちゅうて、

残念がっとた。







サムロウのオカンは、

オレの母さんよか全然、年上や。

一回り近く離れとる。


こんだけ年の差があれば、

普通やったら知り合う可能性はあらへん。

オレとサムロウが偶然にも同級生やったから、

知ることになっただけや。


その年の離れたサムロウのオカンに、

オレの母さんは憧れとんねん…。






サムロウのオカンは、

チビっこうて…、

太ってて…、

無口で…、

地味なんやけど…、

なんか知らんけど…、

曲がったことが大嫌いで…、

弱いもんいじめを絶対に許さんねん。


…姉御肌ちゅうんかなぁ…

…肝っ玉母さんちゅうんかなぁ…







あれはオレらが小学6年なった時やった。


遊び時間に、

同級生が雲梯うんていから落ちて、

腕の骨を折ったんや。


そしたら…、

怪我した子供の父親が学校に怒鳴り込んで来て、

「担任の監督責任や。責任とれ。辞めさせろ。」ちゅうわけや。


…言いがかりも大概にせいや…


その父親ちゅうのが、

この界隈では有名な地権者で、

誰も逆らえへん。


…長いもんには巻かれろ、ちゅうことや…


こんないちゃもんで、

オレら生徒らのマドンナ担任やった北川先生は、

圧力から退職を考えるほどやってん。

北川先生は、

生徒らからも父兄らからも厚く信頼される人気者もん


やけど…、

理不尽と分かっとっても誰一人として、

先生の窮地を助けることはでけへん…。

それ程までに、

この無茶苦茶横暴地権者のおっさんの力はデカかったんや。


そんな時…、

この状況を知ったいつもおとなしいサムロウのオカンが、

緊急の父兄会を開きやってん。


ほんでその場で、

サムロウのオカンは地権者のおっさんをボコボコに言い負かしやってん。

これで北川先生もお咎めなし。


…無罪放免ちゅうことや…


オレらの卒業までずっと担任を勤めてくれやった。


…めでたしめでたし…


この一件から、

オレの母さんは、

サムロウのオカンのファンになってもたんや。


母息子おやこして、ちゅう感じやな…













高校生活が始まっても、

サムロウのお騒がせは変わらんかった。





この高校は昔、

公立のお嬢様女子高やったんや。

それも女子高では県下一番。


やから…、

めちゃくちゃ高嶺の花の才女のお嬢様学校やったんよ。


それが…、

オレらが生まれたくらいの頃に、

共学になったんやって。


その当時…、

男子生徒を迎えるにあたって、

不埒なことが起きんように、

「男子たる者、勤勉実直、文武両道たれ。健全な精神は、健全な肉体に宿る。」

…ちゅうスローガンを、

学校側はぶち上げたんよ。


やから…、

男子は、何らかの部活動に入らなあかん。

文化部であろうと運動部であろうと…。


そんなこんなで…、

オレは中学からやっとったバスケットボール部に入り、

サムロウはやっぱバスケットボール部辞めてでも入部した陸上部に入った。


オレの入ったバスケットボール部には、

何度か試合したことある他校の顔見知りも多かった。


…アイツら結構、上手かったよなぁ…


中学の部活との大きな違いは、

マネージャーちゅう存在。

それも女子。


…なんかぁ~、アメリカちゅう感じ…


オレらの入部と同時に、

同学年の女子マネージャーが5人も入ったんやが…、

そのうちの1人が、

サムロウのちゅう途方もない噂が、

入学早々持ち上がることになる。


オレも初めてその話を聞いた時には、

びっくりこいたで。


…あのモテんサムロウに、彼女もおったためしのないサムロウに?…


どっからそないな話がわくねんちゅう感じやった。

嘘も大概にさらせちゅう感じやった。


ただ…、

これはまんざら嘘ではなかったんやけどな…。







ほんで…、

サムロウの暴行致傷事件。


サムロウが被害者なんやけどな…。


これも入学早々やった。

サムロウが地元でチンピラにボコボコにされた事件…。


結果…、

結構、学校休んだんや。


オレも始めは知らんかったんやけど、

高校の先生らがどこでもかしこでも喋るもんやから、

一瞬にして全学年の知るとこになったんや…。


やけど…、

話がどんどんねじ曲がってもうて、

サムロウが登校してきた頃には、

「花薗は危ない。」

「花薗は狂犬や。」

「何をやらかすか分からん。」

…等々、

サムロウの知らん間にサムロウ人物像が形成されてもうとった。


やから…、

入学早々、クラスでは孤立…。

学年全員からは色眼鏡…。

知りもせん先輩から呼び出しの嵐…。

他校からは挑戦状…。

噂が治まるまでは…、

「サムロウは熱血学園漫画の主人公かぁ~。」

…ちゅう感じやったなぁ。


まぁ…、

この件のせいかどうかは分からんけど、

これ以後、サムロウが変わったんは事実やわ。




被害者やのに…、

学校や生徒からよう知らんでちゅうレッテルを貼られてもたサムロウは、その期待に応えるがごとく、

誰の目でも分かるぐらいの転落を始めんねん。


先ずは…、

成績が急降下。

学年、450人中、449番か450番…。


学校はズル休み…。

酒にタバコ…。

ほんでもってひとり暮らし…。


これまた学園漫画の中で描かれるようね…、

ちゅう感じやわ。


やのに…、

陸上部だけは熱心に続けよる。

授業や学校行事をズル休みしとるのに、

放課後、陸上の練習しとるねん。


ほんまよう分からん…。


ただ…、

サムロウの転落は、

何かに荒れてちゅうんやのうて…、

早く大人になりたいちゅうか…、

なんか悟りを開いとるちゅうか…、

先を急いでるちゅうか…、

不思議な転落やったんや。


やから…、

オレもなんもせなんだ。

口出しもしんかった。

サムロウのやりたいようにやらせた。


その結果…、

この3年、

迷惑かけられっぱなしやて…。









オレらの高校は、

県下有数の進学校…。


大学進学率100%が、

一番の売り文句。


やから…、

学校側は、

落ちこぼれたサムロウに白羽の矢を立てる。


「嫌でも進学してもらうぞ」ちゅうて…。


そのせいで…、

何度も何度も三者面談や進路調査で呼び出されるサムロウ…。


進学率100%の面子を守りたい、

学校。

まともに学校にすら来ん、

サムロウ。

どうみても二者の間には、

深い軋轢があるように思とった。


せやけど…、

話は180度違ごて…、

サムロウは、

大学進学を希望しとったんや。


「落ちこぼれでも行けるとこはないか?」

…ちゅうて、

担任に相談しとったみたいなんや。


これまたよう分からんやろ。


その上…、

「どうせ偏差値の低い私大しか無理やから、学校推薦ででけるだけ金のかからんとこ、教えてくれ。」

…ちゅうて。


そんな無茶苦茶な話、ありまっか。


学校側も進学率100%の面子がある。

やから滅茶苦茶協力的やったん。


傍からみたら、

サムロウが学校を牛耳っとるようにしか見えんで…。


…恐るべしサムロウ…


その結果…、

3年の誰よりも早く進学を決めて、

残りの授業には一切出んで、

コーヒー香る【ぎやまん】でバイト三昧。


…真面目に学生やっとるオレらはなんやねん!!…











「タクマ。タクマ。」

「ん。なんや?」

「なにボーっとしとるん。コーヒー冷めてまうやろ。」

「考え事しとっただけや。」

「嘘やろ?!タクマが考え事するやなんて…明日、雨か…。」

「ふざけんな。サムロウ。」


…やけど、憎めんねんなぁ…


このハチャメチャをずっと見ときたいんやなぁ…、オレは。


そんな昔を回想しとると、

HAWK-Ⅱのエンジン音が聞こえた…。










なんて…、

わけ分らん感傷に浸っとったら、

後日、

またまたえらい目に巻き込まれたんや…。


…これで終わりにして欲しい…







つい先度せんど

夜中に電話が掛かってきた。

やな予感した…。

電話の主はサムロウ…。


…予感的中や…


サムロウがわざわざ電話やなんて、気味悪い…。

サムロウちゅう人間は、

一旦、家に入ってまうと、

次の朝まで動く事がないねん。


外に出ることも、

電話してくることもない。


まるで…、

オン・オフのスイッチが付いとるみたいやねん。


ただ…、

家に戻らんかったら、

徹夜で麻雀しようが…、

酒飲んでダベっとろうが…、

全然元気やねん。


そんなサムロウが夜中に電話…、

そこには恐怖しかないやろ…。


あのボロアパートに戻ってから、

わざわざ外に出て、

公衆電話からオレん家に電話してくるなんて、

恐怖以外のなにもんでもない…。


ほんで…、

案の定…、

ろくでもない話やった。












ここ最近、

【ぎやまん】によう通ってた中原さんちゅう女子の事やった。

学校はいっしょやけど、

同じクラスになったこともないし、

【ぎやまん】で会うまでは話たこともなかった女子。


そんな女子の話…。


…あのアホ、また余計なことに首突っ込みやがった…


サムロウの電話の話だけで結果は見えとる。

こんな話に乗ったらあかん。

つむでは重々理解しとる。


…のに!!


オレの気持ちは勝手に加担することを決めとるねん。


…アホやん、オレも…


翌日、

サムロウに頼まれたように福山を迎えに行く。


オレ自身、

福山のことはよう知らん。


顔は知っとる。

噂は耳にする。

なかなかの人物らしい。


サムロウが1年ん時、

同じクラスやったから知ってただけで、

この3年間で二、三度ちょこっと話した記憶があるだけや。


迎えに行く段取りはサムロウがつけとるみたいやけど、

言われた通りのとこ行くと、

未成年のオレには危険な香りしかせん場所やった…。


指定された薄暗い駐車場には、

ド派手な真っ黄色のスポーツカーが…。


…大丈夫か?オレ…


そしたら…、

急に真っ黄色のスポーツカーのドアが開いて、

急に人が出てきよった。


出て来たもんは、

「タクマ。」ちゅうよる。


流石に腰抜かしそうになった。


「ふ、福山くん…。」

「なんや、くんやなんて気色悪い…。」

「は、はははは…、気にすな。」

「ほんで、どないしたらええんや。」

「サムロウに言われとる所へ案内するし、そこで中原さんにうてくれ。」

「ほな、さっさと行こや。楽しみやで…。」

…ちゅうと、福山はサバンナRX7に乗り込んだ。


福山の言葉を聞いて、

サムロウの言うとった通り、

つまらん結末が見えた…。


オレはタクトのエンジンをかけ、

真っ黄色の車を先導した。











サムロウに指定された区民公園の野球場に行くと、

サムロウたちはもうそこにおった。


外灯の暗いせいもあんねやろうけど、

二人の顔は土色に見えた。


…なんでサムロウまで、そないな顔やねん…


二人の余裕の無さは瞬時に感じ取れた。


…なんでサムロウが、余裕ないねん…


この瞬間…、

オレはサムロウが無計画のままこの場におることを感じ取った。


…やりよったで、このアホが…


その結果…、

このアホは、

中原さんの口を物理的に塞ぐことによって、

告白の邪魔するちゅう暴挙に出よった…。





その方法は…、

キス…、

やった…。






…アホや、こいつ…





なんか…、

その手段に呆れ果てたんと、

女子の真剣な思いに対するふざけた行いが、

オレをブチ切れさせた…。


瞬間的に…、

サムロウを殴り倒しとった…。


衝撃的な経験をした中原さんは、

一瞬、

何が起きたか分からず思考を停止…。


しかし…、

それはほんの寸刻…、

あの上品な中原さんが、

急に声を上げて泣き出した…。


これにはオレも驚いた。


とにかく…、

サムロウのせいで全てがご破算…。


…おじゃんや…


もう収集がつくわけない。

そうなったら長いは無用。


オレは中原さんを連れて帰ることに…。


福山にも

「悪かった。」ちゅうて、

泣き声響く、

区民公園の野球場から逃げ去った。







帰り道…。

くねくねと曲がるうえ(山の手)への道…。


タクトの後ろに座っとる中原さんは、

オレの自慢のベストに必死にしがみついとった。


もの凄い力で…。


タクトの後ろに座っとる中原さんの心情は、

オレには計り知れん…。


悔しさでいっぱいなんか…、

恥ずかしさでいっぱいなんか…、

はたまた、

サムロウへの怒りでいっぱいなんか…。


この状況の中、

オレには振り返る度胸も、

声かける勇気も、

持ち合わせとらんかった…。


…早う中原さんの家に着かんかなぁ…


そないに思とると…、

後ろの中原さんがオレのベストを引っ張りよる。


「えっ?どないしたん。」

「ここで停めて…。」

「ああ…。」


…ここで…

…急やな…


タクトを停めた途端、

中原さんは飛び降りた。


「うーん。」

…ちゅうて、

星の瞬く夜空に向かって背伸びをした。


そのまましばらくその星々を眺めとった。


光瞬く地上の夜景に視線を下げると、

おもむろに言葉を綴り出したんや…。


「二学期なった頃…、駅でサムロウくんを見かけたん…。」

「そうなんや。」

「それからサムロウくんを待ちぶせしとったん…。」

「えっ。」

「理由は…、福山くんにつないでもらうため…。」

「…。」

「ずる賢いやろ。」

「何とも言えん…。」

「あの日、思いきって声、掛けてん。」

「…。」

「サムロウくん、びっくりしとったわ。」

…ちゅうと、中原さんはわずかに笑った。

「そか…。」

オレは少しほっとした。

「この時、接点ができたって思った…。」

「…。」

「それからサムロウくんのバイトする【ぎやまん】に通った…。」

「…。」

「福山くんの話をする機会を伺ってた…。」

「…。」

「何日か通ううちに、タクマくんやこーいちくんとも知り合えた…。」

「ああ。」

「なんかむっちゃ楽しかった…。」

「オレも。」

「男の子たちとこんなに近くで、こんなに普通に喋ったことなんてなかった。」

「オレらもそうやて…。」

「でも、私、目的がちゃうやん。」

「…。」

「本当にみんなとのいい関係を壊したくなかった…。」

「…。」

「でも、わがままを押し通した…。」

「…。」

「自分の欲望をサムロウくんに無理強いした…。」

「…。」

「最低やろ、私…。」

「そないなことは…。」

「サムロウくんに頼みながら…、サムロウくんが断ってくれんのを期待してた…。」

「…。」

「ほんま、ズルいやろ、私…。」

「…。」

「ここでの楽しい時間も失いとうなかったのも、ほんま…。」

「…。」

「結構欲張りやろ、私って…。」

「…。」

「でも、サムロウくんが断らんのも分かってた。」

「…。」

「サムロウくんの働きかけで、もう1回チャンスをもらえた…。」

「…。」

「自分の願望をゴリ押しただけ…。」

「…。」

「周りのみんなのことを考えもせず…。」

「…。」

「最悪やね、私って…。」

「…。」

「今日、正気やなかったと思う…。」

「…。」

「やっぱ、私、変やと思う…。」

「…。」

「野球場で福山くんの顔見た時、最悪の結果しかないのは直ぐ分かった…。」

「…。」

「そんなん前から想像ついてたのに、なんでこんなに強引なことしたんやろ…。」

「…。」

「タクマくん、巻き込んでごめんね…。」

「オレは大丈夫や。」

「サムロウくん、怒ってるやろなぁ…。」

「それも大丈夫やと思うで…。」

「そんなことないでしょ?」

「今日の件で一番得したんはサムロウやから。」

「えっ?」

「中原さんの唇、奪えたんやから、サムロウが一番得やん。」

「…。」

「気にせんでええって。」

「そんなん…。」

「こんなん単なる、友達の間に起きたいざこざなだけやから…。」

「うん。」

「それよか、あのアホのやったこと、ほんまごめんな。」

「タクマくんにそう言われても…。」

「そやな…。」

「私のファーストキスはサムロウくんに奪われたわけやから…。」

「…。」

「かしにしとくね。」

「えっ?」

「受験済んだら電話する。その時はまた、一緒に遊んでね。」

…ちゅうと、

中原さんは小さく手を振って、

家への道を上っていった…。


その時の中原さんの顔は、

何か吹っ切れたように、

清々しく見えた。


…怪我の功名ちゅうやつか…










区民公園の野球場に戻ってみると、

サムロウは、

グラウンドの冷たい土の上に、

大の字で転がったままやった。


全く動かんから、

打ちどころ悪うて、

一瞬、

死んでもうたんちゃうかて思た。


近づくと腹が上下しとった…。

生きとるのが確認できて安心した…。


まぁ…、

やり方は間違っとったけど、

サムロウはサムロウなりに、

考えて考えた結果の行動…。


中原さんも、

満足はしてへんやろうけど…、

結末には、

渋々でも、

納得はでけたみたいやし…。


いびつやけど、丸く収まったちゅう感じかな…






オレが今、

この状態のサムロウに言えることは、

これしかない…。





「サムロウ、間違っとるで。」




オレの声で、

オレが戻ってたことに、

初めて気づいたサムロウやった。





「間違っとるぞ。」


なんかボーッとオレの顔を見るサムロウ。


「間違ってる…。」


瞬きもせずオレの顔を見るサムロウ。


「間違ってる…。」


なんか眼差しで訴えかけとるサムロウ。










「お前がどんだけ間違ってても…、










俺らはお前の味方やからな…。」










サムロウの目が潤み出す…。

その液体はどんどん溢れ出す…。

液体の表面張力が限界を超えた途端、液体は目尻から流れ落ちる…。

液体は地面に滴り落ちるほどとめどなく流れ落ちる…。








…は、は、初めて見たわ、サムロウの涙…








やっと…、

この言葉をサムロウに返せた感無量と、

初めて見たサムロウの涙に、

オレももらい泣きしそうになった。


男二人で泣くなんて気色悪いて思て、

思わずサムロウの口にキャビンを突っ込んだ。









…なんか、青春やん…。











なんて…、

思とった矢先…、

サムロウはまた、

揉め事の種を運んで来た…。








《同級生エレジー編》   終わり


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ぎやまん 明日出木琴堂 @lucifershanmmer

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