エピローグ その暗き森の中での一幕

 時は遡り、ゼロ…………そうローズに名乗った男が彼女を抱きかかえ安全な場所に運んだ時にまで巻き戻される。


「ぐ、ふぅ…………ふぅ…………」

 寝ころび、楽な姿勢をとってもなお辛そうに呻くローズ。その様子を見てゼロはもう彼女はこれ以上動けないことを瞬時に察する。

「おい、もう無理すんなって」

「だ、だが、カーロは、私の手で……やらないと」

 だけれど、彼女は諦めない。何としてでも自分の手でカーロを葬ろうとする。それが、彼女に残された唯一のカーロへの贖罪だと信じ込んでいるからだ。


 ゼロの頭の中には、ある一点の事が気がかりだった。あのローズを襲った『腕』は明らかに自己増殖のような自己修復のような、生き物としてはあまりに歪な挙動をしていた点だ。


 ゼロはカーロの状態に何となく察しがついていた。『他次元並行同一存在と干渉する魔法』とやらを使った際のローズの記憶を垣間見た彼になら、あので手にしたおぞましい知識を組み合わせればなんとなく真実らしきものに辿り着けた。

 端的に表現してしまえば、カーロは今『平行世界の自分の可能性と無制限に融合させられ続けている』状態である。だからあのブクブクと膨れて生まれる身体は全て『怪物』なんかじゃなく、『カーロ』本人であるし様々な自分の可能性の肉体や意識が混在した結果、理性を失ってしまう程の状態になったのもおかしい話ではない。まず誰であっても耐えられる訳の無い精神負荷なのだ。そして、可能性は無限に湧き続ける。ただ物理的に斬るだけでは、可能性が生まれる隙を残してしまう。


 だからこそ――――――


「……カーロは、多分不死身だな」

「…………どうすれば」


「俺のこの武器なら多分、断ち切れる」


 彼のあの武器であれば、カーロの可能性ごと潰してしまえる『可能性』が存在しえた。それすらも彼の直感だが、結果的にそれは間違っていなかった。


 ゼロは再び怪物の方へと向かおうと足を進める。


「ま、待って、行かないで、私を…………一人にしないで…………」


 ローズは必死に手を伸ばすが届かない。彼女はいつもいつもこうだ。姉は優秀で、妹の自分はエルフとしては平凡でかつ輪からはみ出たはぐれ者、かといって人間と馴染める性格でも無い。彼女は、上手くいく試しが全くない、不憫まみれの人生だ。だから手を伸ばす。失ったら、もう取り戻すすべを知らないからだ。


 そんな彼女に向かって、ゼロはこう言った。

「お前の恩返し、『お前の手で』って部分だけ妥協してこなしてくるよ。戻ってくる」


 そして彼は自分の手にある武器――――『グラトニー』と名付けられたその武器を強く握りしめる。そして彼はブツブツとこう呟き始めた。


「……お願いだ。サクラ。…………今ここで、力を貸してくれ…………ッ!!」


 次の瞬間、グラトニーの定格出力が解放され真の姿を現す。ローズは突如刀身と思わしき部分は『黒色に光りだした』と表現したが、その刀身は顕現したその瞬間からありとあらゆる物を『食っている』という方が適切だろう。

 あの武器の刀身は、まさに『暴食』そのもの。周囲のマナですらもあの刀身に吸い込まれ、何処かへ消えていってしまっている。であるが故に第三者からは黒く見える、光すらも飲み込まれるから。


 後ろでローズの手がバタリと落ちる音を聞いたその時、ゼロは自分に向かってきたカーロの腕をグラトニーで薙ぎ倒していった。その武器を振るうごとに異様な音が鳴り響く。まるで世界が悲鳴をあげているような、重く低くそしておぞましい轟音は生きるモノ全てに等しく存在する嫌悪感を聴覚のみで刺激してくる。


 そして彼の振るったグラトニーで斬られたカーロの腕はとんでもなく滑らかな断面を見せながらパタリと落ち、


「…………やっぱりこの武器なら、お前の可能性とやらまでも食い殺せるって訳だな。カーロ…………」

「ぐ、グギ、グギゴガアアアアアアアアアァア!!!!!!!!!!」


 今までに聞いたことも無いような鳴き声をカーロが発する。その鳴き声からは恐怖、怒り、困惑が入り混じった複雑な感情を感じ取れた。


「ああ、苦しいだろうな。悔しいだろうな。だけどよ、お前はもうここで終わらなきゃ丸く収まらないんだ。

 俺はお前に引導を渡す者だ。俺のこので、お前を必ず終わらせてやる」

 


 ゼロは構え、カーロの方へ飛び出していく。カーロも理性が無いながらに『アレ』が生命に関わる一撃をもたらす事を察知したのか今まで以上に激しい猛攻をゼロに加える。

 無数の腕が正面から、足元から、頭上から、木々の間から、あらゆる方向から襲い掛かってくる。


 ――――――しかし、彼はそれらをも排除していく。その彼の武器の黒い軌跡が弧を描いたかと思えば、瞬く間に大部分の腕が切り落とされ再生も出来ない。次々に腕は襲い掛かってくるが、どれも彼に一撃も加える事が出来ない。全て、全て無為に帰す。


 グラトニーの斬撃は使用者本人も巻き込まれる危険性を秘めているが、ゼロはその危険性を全く感じさせない動きをする。その動きは、の動きを真似たモノ。彼が長くも短くもない間に、必死になって目に焼き付けた動きなのだ。

 

「ぐ、グギィ…………!?」

 カーロが、怪物が狼狽え隙を見せた。それをゼロが見逃す訳も無く――――――


「…………ハァッ!!!」

 カーロの目の前で立ち止まり、円を描くような軌跡を見せた。次の瞬間には、カーロの腕がまた切り落とされ身体本体にも切れ込みが入っていた。いや、傍から見たら跡にしか見えないだろう。それはカーロの動きを止めるのには十分すぎた。


 ゼロは一息つき、グラトニーを構え――――――


「これで終わりだ」


 カーロだった怪物の全身を抉り、斬り、抉っていった。次第に、人の頭のような部位のみが肉塊の上に鎮座する。あの斬撃によって身体の殆どが消えてしまった中で、ゼロがあえてそこだけ残したのだ。…………もし、今のカーロに意識があるのなら、魂がまだあるのなら、少し話したい事があったのだ。


「……なぁ、カーロ。俺とお前には何の接点も無いな。強いて挙げるならあのローズってエルフと知り合っていたってくらいだ」

「…………」

 カーロの頭は沈黙を貫くが、まだ息はある。ゼロは話を続けた。


「だけどな、俺らは凄い似た者同士なんだ。何故だか分かるか? それはだ。お前を前にして何となく感じるよ。底知れぬ怒りを。一体それは何処から湧いてくるのか。…………思い当たるのは、ローズのあの魔法しかない。


 しかもそれだけじゃないだろ? お前の事をローズは『好意を抱いてくれる年の離れた友人』くらいに思っていたみたいだが、お前はアイツにんじゃないのか? ま、そりゃするか。あんな美人で魔法とかいうのをバリバリ使えて、物知りで、面白くて、ずっと自分の話をよく聞いてくれる。


 惚れない訳ない。俺も同じ境遇に置かれたら怪しいもんさ。


 だが、アイツはずっと気づかなかった。エルフっていう寿命が極端に長い種族のせいか、アイツ自身の人格のせいか、とにかく気づけなかったんだな。普通に考えて家一個まるまる何の理由も無く送る訳がない。

 アレこそ、カーロがローズに送るささやかな愛のメッセージだったんだ。…………結局、気づかれなかったからお前は割り切って『恩返しが出来た』と思う事にした。


 でも、最後には何もかもグチャグチャになり、違う自分と無限に融合させられまくって、人間性を失って、ずっと一人で森を徘徊する羽目になった。魔物として扱われながら…………な。

 そりゃ、憎むか。終わり良ければ全て良しの逆って感じだ。終わりが悪かったら、全部台無し。今まで成熟されずに溜まり続けていた愛情が、全て反転した結果強い憎しみになったんだ」


 ゼロの語りにカーロは反応しない。だが、不思議とゼロの言葉を否定するようには感じなかった。


「俺もな、憎んでるんだよ。ローズじゃ無くてな、もっと別でもっと大きい存在だ。クソッタレの極みで、何の良い所も無い。『外』ならもしかして…………なんて希望も、今回のアルルとイーリエの件で水泡に帰した。結局、何処に逃げてもクソは追いかけてくるんだ。


 …………ハッキリ言おう。お前はマシだ。何故かって? 復讐の道へ進んだからだ。無意識にだから自分の意志じゃないとかそういう話じゃない。俺の持つ憎しみは、言ってしまえばじゃないんだ。


 いつだって俺のような、戦いしか出来ない野郎には意志なんて存在しないんだ。俺は、最も大切な人の復讐を代わりに成し遂げようとしている。それが、遺言だったから。渡されたバトンを無下にする訳には…………って、ここみたいなニューシティの外にはバトンとかあるのか? ……ま、どうでも良いか。


 だからさ、お前はまだマシなんだ。自分の意志で進んだのなら、自分の意志で引き返せるチャンスがある。死ぬ前でも死んだ後でも良いから、ローズの夢の中とかに化けて出てあげて。もしかしたら、少しでもお前が救われるかもしれない。

 ぽっくり逝くのはそれからでも遅くないだろ?」


 …………ゼロの言葉が途切れると、もう何も聞こえなくなった。怪物を恐れて動物すらもいなくなったこの森の中で、二人は静かに向かい合った。


「じゃあ、とどめでも刺すよ」


 彼は、残されたカーロの頭部に向かってグラトニーを振りかざし…………。


「……安らかに」




 終わらせた――――――――――――




◇◇◇




 花畑でローズと別れ、ゼロと名乗っていた男は歩を進める。ローズはずっと彼の背中を最後まで見つめていたが、彼は対照的に


 彼は進み続ける。今日の出来事を忘れる事無く、世界の醜悪さを胸に刻み込み、『彼女』の意志を遂げる為に前に進む。


 もう後には引けない。


 




 ゼロが、ローズが、どう立ち回ろうとも『リベルティ』なる世界は今日も今日とて変わらず回っていく。


 次は、どんな物語が待っているのやら――――――――――――


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亡失のリベルティ~記憶を探す為の、とても短き旅路~ @マ行の使者 @moritanuki

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