第8話 とても短き旅路の終わり

 あの森の中で意識を失った後、真っ白い空間の中で私――――ローズ・アトリエは意識を取り戻す。そこは本当に真っ白くて、何もない。そして目の前には、カーロが


 彼の姿は二十歳頃の、そのくらいの姿だった。


「か、カーロ、なのかい?」


「……………………」


 問うが、彼は答えず、沈黙のみがこの空間を支配する。


「ここは、何だろうね」


「……………………」


 当然、答えない。彼は沈黙を貫き通す。もし、これがただの夢だったとしても私はこれだけは言いたかった。


「カーロ、私はあなたの好意を無下にした。私は、あなたの事を何一つ分かっていなかったのかもしれない。あの魔法をかけてしまったのだって、『私ならなんとか出来る』という傲慢から起こってしまった過ちだ。


 これだけは、言わせてくれ…………」



 ごめんなさい。



 ごめんなさい…………。



 ごめんなさい……………………。




◇◇◇




「……おい。目、覚めたか?」

「…………あ。ゼロ」

 瞼を開くと、ゼロが心配気に私の顔を覗き込んでいた。痛みは少し和らいでいて、これなら魔法である程度治癒出来そうで……………………。


「――――――ねぇ!!! か、カーロは!? まだ何処かに……!!」

 必死に私は身体を起こそうとする。そうだ、私は寝ていたんだ。早く、早く行かないと…………!!!







「もう終わったよ」







 ゼロのその言葉で、私の身体の動きが止まってしまった。


 終わった…………? 思えば、森の中にしてはかなり周りが明るい。まさか、いや……………………ゼロは言っていたな。私の恩返しを果たすみたいなことを。


 私は再び身体を倒し、ゼロに問いかけた。


「怪我は、無い?」

「まぁお前よりかはマシだな」

「……周りに変な連中もいない?」

「ああ」

「…………本当に終わったの?」

「……ああ」


 安堵感。終わらせてくれたんだ。そして、




「良かったぁ…………」




◇◇◇




「…………ここに作ったんだね」


「ま、あんまり遠くに作るのも面倒だし、ここが一番物静かに過ごせるかなってな」


 私たちは森の近くの…………カーロが勧めてくれていた花畑に居た。目の前には鉄槍が刺さっていて、黒焦げになった髪飾りも添えられている。…………私が寝ている間にゼロが作ってくれたアルルとイーリエの墓だ。

「俺の知ってる死生観と違いがあるか心配だったけど、埋めて墓立てるのが正解なのは変わらないようで良かったよ」

「うん、ありがと。こんなことまでしてくれて」

「……言っただろ。そういう性分なんだ」


 ゼロは照れ臭そうにそっぽを向く。


「……ねぇ、そのままでいて」

「え、あ、ああ。分かった」




 私は、アルルとイーリエの墓の前に跪いて、そして――――――


「ご、ごめんなさい……本当に、本当にごめん……なさいッ…………。私、何も、何も出来なかった…………ごめんなさい…………」


 ひたすらに謝罪の言葉を述べる。ゼロも、静かに私の懺悔が終わるのを待つ。ただただ申し訳なかった。ただただ、自分が情けなかった。

 今はもう、悔い改める事しか出来なかった。



 芯の強き麗しき魂とその女性に尽くそうと命を燃やし尽くした高潔な魂に、安らかに眠れるよう。私は特に宗教を信仰していないけれど、一番優しそうなモイラ様辺りに看取ってもらえるよう、祈った。




◇◇◇




「……そっか、一人で旅するつもりなんだ」

「ああ、今回の出来事で色んな考えが改まった。まずこの世界の事をもっと知ろうと思うよ」

 ゼロはそう告げる。結局私はまた一人ぼっちなのだ。…………いや、そんな考え方はやめよう。こんな珍妙な男とも短い間ながらに仲良く出来た……つもりだし、きっと私が頑張ればまた友達は出来るだろう。


 今度こそ、カーロの時のような失敗はしない。


「そういえばローズ、お前はどうするんだ? 記憶も戻った訳だが、やっぱり冒険者を続けるのか?」

「それは…………」

 正直、凄く迷った。けれど――――――




「続けるよ」




「ほぉ、どうしてだ?」

 ゼロは自らの顎を弄りながら聞いてきた。少しニヤついた表情で。無論、私は堂々と答える。

「私は、誰かの力になるって事がアイデンティティに繋がるんだと自覚した。シオン村では村に馴染むために皆の力になり、頼られなくなったらカーロに依存してなんとか力になろうとした。この、私の歪んだ『性分』を良い方向に活かせるのは冒険者しか無いって思ったんだ」

「…………性分か。そうだな。自分に合った居場所に辿り着ければ良いな」

 そう言うと、ゼロは右手を伸ばしてきた。ああ、懐かしく感じる。出会った時も握手してたっけ。彼の手を私はまたガッチリと握る。


「…………ねぇ。もう君とは会えないのかな」

「そうだなぁ、特に連絡手段は持ってないしな。難しいかもしれない」


 私は、手を放す事が出来ず続けて彼に問いかけた。


「じゃあせめて、あの不死身のような状態だったと思うカーロをどうやって…………葬ってくれたのかは教えてくれても…………」

「いーや、それはちょっと企業秘密だな」

「あの武器に関係してるのは分かってるんだけど……答えてくれないかい?」

「ああ、これだけは譲れない」


「そっか」


 何かに諦めがついたのか、自分でもよく分からないままゼロから手を放す。すると、彼は私の頭を優しく撫でてきた。…………姉を思い出す暖かさだ。口数の少ない姉もこんな事してたっけ。


「…………見た目年齢はそっちが上だからって、子ども扱いは……」

「いや、そうじゃない。約束をしようじゃないか」

「約束……?」

「ああ、絶対に忘れるなよ」

 ゼロは私の頭を撫でながら、こう言った。


「次、会えたら教えてやるよ。この武器はとても大切な人からの……贈り物なんだ。次に会った時も今回みたいに忘れて無かったら、お前を信頼して教えてやる。この武器の事も、俺自身の事も…………な」


「フフッ」


 思わず笑みが零れる。そんなの――――――


「当たり前だよ。今度こそ、絶対に忘れない。また会ったら、ゼロの名前を真っ先に呼ぶよ。……いや、ゼロのを教えて貰ってから呼ぼうかな」


「ハッハッハ、そうだな。そうしよう。またな! ローズ、ローズ・アトリエ――――――」


 彼は笑いながら私の頭から手を放し、花畑から去っていく。遠くなっていく彼の姿を見ている時の私の心は不思議なことにとても晴れやかだった。


 憑き物が落ちたかのような、本当の私にようやくまた戻れた感覚。そうだよ。本当の私はもっと明るいんだからね。ぷんすか。


「…………またね」


 その言葉を発した時の私は、本当に良い顔をしてたんじゃないかな。彼に見てもらえなかったのが勿体ないような気もするくらいにね。




「じゃあ、散々待たせてるだろう馬車の方に行こうかな」


 私も、花畑から去る。なんだかんだ今回の依頼が成功かどうかはよく分からないけど、私からすればそれは全部どうだって良い。


 どんなに苦い思いをしたとしてもこの一日は生涯絶対忘れる無く、そしてとても大事な価値を持つだろう。


 もし私が忘れても書物が残してくれる事を願って、今回の出来事は誇張も混ぜながらちょっとした本にするつもりだ。タイトルは決めてないけど、それは感覚で適当に決める事にしようか。大切なのはその内容なのだから。


 …………鼻歌でも歌いながら、とても美しい色たちに染まっている花畑を歩き、通り過ぎていく。

 誰もいなくなった花畑には、ただ静寂が残る。ここで眠る、そして葬られたカーロに私はこれからもずっと、ただただ安寧を願う――――――――――――









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