第7話 決着は森の中で

 走る。走る。私たちは走る。森の中だともう真っ暗で何も見えないので、光魔法である程度周囲を照らしつつ走る。そしてすぐに異常を悟る。


 こんなに明るく照らしながら走り回っても野生動物や魔物が一匹たりとも現れないのだ。動物はともかく、夜になると活動が活発になる魔物が出てこないのはどう考えてもおかしい。まるで森の中の何かから逃げ隠れているかのように。


「…………やっぱり『居る』んだね……カーロ…………」

 だが、居るのは居るのだろうが結局鮮明な場所は分からない。このまま走り回っても最悪見つからない可能性だってある。


「な、なぁ? 策があるんだけどローズ」

「ハァ……ハァ…………え? 何だい?」

 ゼロが声をかけるので足を止める。私はかなり息が上がってしまっているが、ゼロは全く呼吸が乱れず平然としている。……やっぱり場数が違いすぎるのを改めて感じた。


「俺の予想なら、カーロもアンタの事を探してると思うんだ」

「え、一応聞くけどどういう根拠でそう思ったんだい?」

「…………なんとなくだ」

「……………………一応信じてみようか。それで策って何?」


 すると、ゼロは私に指を指す。


「お前の魔法、出来ればちょっと規模が大きくて周りに認知されるような……あの府フィーリアとかいう女に向かって撃ってた魔法とか使ったらその魔法の反応で寄ってくると…………思う。多分。カーロだって、アンタの魔法を見たことない訳じゃないだろう?」

「まぁ、そうだね。じゃあいくよ!」

 物は試し、私はマジックミサイル発射の構えを取り…………あの時と比べて軽めに放った。伸ばした両手の先から、光の蛇のようなモノが飛び出ていく。


「ハァッ!!!」


 その光は辺り一面の草木や葉を根こそぎ貫き、適当なタイミングで地面にぶつけた。ゼロは相変わらずとても驚いているようすだったけど、それよりも魔法を放った段階で何かが近寄ってきている…………気配。コレが気になって仕方なかった。


「ゼロ、何かが来るみたいだよ」

「お、マジか。ホントに来るとは……」


 私はすぐさまいかなる魔法も放てるように構える。ゼロも例のごとくあの奇妙な武器を構えた。…………あの武器どう見ても未だに鞘に収まったままにしか見えないけれど、いつになったら抜くのだろうか。ふとそんな事を考えていると…………。



「…………ッ!? うぁ!?」

 どこからともなく人の腕のような――――それにしては酷く醜悪な何かが伸びてきて私の右足を掴み、私はその腕らしき何かにそのまま引きずられてしまった。


「おい! ローズ!!!!! クソッ…………」

 ゼロの声も遠くなり、私はただ精一杯気を保つようにし、いつでも魔法を放てるようにするしか無かった。背中は痛いし、後頭部を打たないように手で守り続けてるせいで手の甲の皮が剥がれてしまいそうだ。

 ただ、そんな中でも私はずっとカーロにどう謝ろうか、どうやって…………殺せば苦しまずに済むのか、色んなことを考えていた。しかし、次の瞬間に頭の中にあった考えは全て霧散むさんした。


 引きずられ続け、ようやく見えた張本人の姿は、ああ、酷く冒涜的と言わざるを得なくて、後悔の念とか諸々よりも生理的嫌悪感の方がまさってしまう。


「ヒッ……………………!!」


 現れたのは肉の塊、よく見ると全て人の腕足頭…………様々な人間の部位を固めて丸めたような肉体……そして所々に口や鼻、ギロギロと覗かせる目が。肉体の様々なところから生えている腕――――私を掴んでいるモノもそうだが、ソレはよく見ると無理やり人間の腕を引き延ばしたかのような……関節の無い所に関節があるような……おおよそ理解しがたい構造となっていた。


 とてもカーロとは思えない。というよりそもそも元人間だというのも信じがたい姿だ。だが、私は



 コレが、カーロなんだろう。もうとっくに理性という物が無くなっていたとしても、その怪物がカーロだという事実は変わらない。



「グオオオォオオアアア!!!」

 どの口から発しているのか、獣のような咆哮が私を改めて視認した途端に何重にも重なりながら響く。ずっと引きずられた私は触手のような腕によって今度は宙に吊るされる。

 次第に他の『腕』が私を取り囲み、その『腕』の先には裂けた口や眼球が見える。もしかしたら、私を食べるつもりなのか。もしも彼に理性がまだ残っていたら、そう考えていたがもう何の希望も残っていない。不思議と恐怖感や絶望感は薄れ、ただ気力を失った。生きる気力、それを無くした私はもう何もしなかった。


「…………良いよ。私を食べて。結局アルルさんやイーリエさんの死にも応えられず、貴方の好意にも応えてあげれなかった。もう何も出来ないんじゃない。。それが私なんだ」


 構えも集中も解き、脱力し彼に捧げる。私の命を。もうどうにでもなれ――――――――――――





「…………デァアアアアアアッッ!!!!!!」


 次の瞬間、衝撃が走り私を吊るし上げていた腕が手を放し……落下する。木を蹴り高く飛び上がったゼロがあの武器で腕を攻撃したのか。 

 無防備に落ちていく私の様子を見てゼロは焦った様子で、再び近くの木を蹴り素早く地面に向かい私の落下地点に滑り込みキャッチし、お姫様抱っこのような状態になる。当のゼロ本人はかなり痛そうだった。

「ぐあッ、いてぇ…………腰が……」


「なんで」

「んあ?」

 ぼんやりとゼロの金色の瞳を見つめながら問う。

「なんで、そこまでしてくれるの」


「…………そういう性分なんだよ」

 ゼロはそう答えると、私をそっと優しく降ろす。彼はホッと息づくと目つきを鋭くしカーロだったであろう怪物と対峙する。


「前出て戦えなさそうなら、後ろから魔法とかで援護してくれ」

「…………うん」

「もうあんな自分から死ぬようなことはするなよ」

「…………………………うん。分かったよ」


 私の目に生気――――――『生きる気力』が戻る。輝きを取り戻すのを感じる。私が死んで終わりなんて、そんな思考停止行為はもうしない。

 死んだら、本当にずっと一人ぼっちかもしれないから。


 そして、あの怪物の命を絶つことがカーロに対する唯一の恩返しだと思うから。


「グガアアァァァ!!!」

 怪物は無数の腕をゼロに向かって放つ。しかし、彼はそれもいとも簡単に避け、逆に手薄になった相手の守備の隙を突く。土が抉れるほど強く踏み込み、瞬く間に彼は怪物との距離を詰めていく。彼へと放たれていた腕はそのまま彼を追いかけ、何本かは私の方へ向かってくる。


「すぅ…………放てッ!!!」

 息を吸い集中し、私はマジックミサイルを放つ。光る蛇は私に向かう腕を全て撃ち落とし、その勢いで彼の邪魔をしようとする腕までも貫いた。

 邪魔が無くなったのを確認したゼロは、さらに加速し怪物の元へ辿り着き…………彼の腕が動いたかと思えば、怪物の身体は一瞬でグシャっとあらゆる部位が潰されていた。

 そう、彼はあの腕を動かした一瞬の間に私の目に追えぬ速さで怪物の身体全体を滅多打ちにしていたのだ。


「これで倒れてくれれば楽なんだが」

 そう彼は呟く。一気に嫌な予感がしてきた。ねぇ、それって良くない事が起こる予兆じゃない?


「…………グガァアアアアア!!!!」

「え?」

 怪物の咆哮が聞こえたかと思えば、次の瞬間には私は腹に『腕』が体当たりしていた。噛みつかれこそしなかったものの、その衝撃は大きい。ふらっと意識を失いそうになってしまう。

 まずい…………。こんなところで倒れる訳には…………大体なんで私は攻撃されてるんだ? まだ腕を新たに向かわせていないはずなのに…………。


 そう疑問に思いながら、私は地面に倒れる。そして倒れながらに視界に入った腕は確かに私が魔法で撃ち落としたはずの腕だった。

 いや、正確には魔法で出来たであろう傷跡から腕だ。


「嘘…………こんな再生力、聞いてない……よ」


 何かが向かってくる気配。無防備に倒れて力が入らない私は格好の餌だ。何か、何か出来ないの…………。


「……どりゃあ!!!!」

 …………気が付くと私はまたゼロにお姫様抱っこのような状態で抱えられていた。その直後に彼の後ろに腕が新たに追ってきているのが分かり、なんとか意識を集中させて再び魔法を放つ。今度は、とっておきだ。


「……………………シャイニーレインッ!!!!!!!!!」

「ん、あ?」

 私を抱え逃げているゼロの素っ頓狂な声が聞こえたのは無視して、私は手を空に掲げる。そして全意識を掲げた左手にマナを集中させ、森全体のマナと共鳴させる。やがて『ソレ』は森の上空から降ってきた。


 光の雨。


「グギィィィアアアア…………!!!!」

 怪物の悲鳴が聞こえる。

「な、なんだなんだコレ!?」

 ゼロの悲鳴も聞こえる。


「とにかく今のうちに早く距離を取って!!!!」

 私がそう叫んだのを聞いたゼロは、頷き駆ける速度を上げた。


 シャイニーレイン。輝く雨などといった意味合いの名前が付いたこの魔法は自分自身のマナや辺り一帯のマナを大きく消耗する代わりに、術者を中心とした広範囲に渡る上空からの魔法攻撃を可能とするモノ。

 こういった戦法は絨毯爆撃とか言われるらしい。この魔法は爆発はしないが。普通なら術者もある程度の自傷を覚悟する魔法だが、ゼロが上手く草木を活かして魔法を避けてくれたのでこれ以上の負傷は避けられた。


◇◇◇


「ぐ、ふぅ…………ふぅ…………」

「おい、もう無理すんなって」

「だ、だが、カーロは、私の手で……やらないと」

 一旦怪物より距離を取ったところに私は寝かされたが、思っていたより私の負傷は深刻だった。体の中の何処かの骨がひび割れたのか折れたのか、とにかく呼吸するのにも苦痛を伴う。治癒魔法も一応使えるが、もう少し痛みが落ち着いてからじゃないと集中出来ず、魔法が正常に作用しないだろう。…………カーロの例を見ると、それだけは避けたい。


 だけど、カーロは…………私が…………。


「……カーロは、多分不死身だな」

「…………」

 あの『新たに部位が形成されていた腕』を目にした時に薄々気づいてはいた。最初にカーロに魔法をかけた時の身体がブクブクと膨れる感じ、瞬時に新しい何かが彼の身体の中から溢れているのだろうか。どんなに腕を切っても、身体本体をめちゃくちゃにしても、溢れて、置き換わって、また動く。そんな最悪の想像は、恐らく現実とそう遠くないだろう。


「…………どうすれば」

 カーロの命を絶ち、終わらせる。それこそが恩返しになると思ったのに、それすらも叶わないのか。どうして、こんな意地悪な事が起こっていくんだ。


「俺のこの武器なら多分、断ち切れる」

「……ぇ」

 ゼロが再び怪物の方へと向かおうと足を進める。


「ま、待って、行かないで、私を…………一人にしないで…………」

 もう起き上がる気力もない。必死にゼロに手を伸ばすが、届かない。ふと、涙が目から零れる。

 カーロと違って出会って一日くらいしか経ってないのに、彼が離れるというだけで涙が止まらない。もう私の心はボロボロなのだろうか。もう今自分がどうなっているのか、分からない。


 すると、彼は振りかえってこう言った。

「お前の恩返し、『お前の手で』って部分だけ妥協してこなしてくるよ。戻ってくる」


 ドシンドシンと、重い足音。怪物がもう近くまで来ているのだ。そんな足音の方へ彼はあの珍妙な…………鞘にしまったままの剣のような武器を構え、何かブツブツと呟くと――――――



 その武器は、何色でも無くなった。

 いや、鞘のような部分がいきなりパカッと開いたかと思えば、突如刀身と思わしき部分は『黒色に光りだした』という方が正確なのか。

 見ただけで分かる…………。ソレは、だ。一体それは……………………何なんだ…………。


 薄れゆく意識の中、私はただただ遠くなっていく彼の後ろ姿に向かって手を伸ばす事しか出来なかった。

















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