第6話 追憶
…………あれから、ずっと歩き回っているがあまりにも家屋が焼かれすぎていて思い出そうにも、『とっかかり』を見つけようにも難しいという事実が徐々に浮き彫りになっていく。
「なぁ、なんか見覚えがあるなって感じの場所は見つかったか?」
「……いや、まだ」
ゼロとのこの会話ももう何回目なのか、もう残されているのはシオン村の端の方にポツンと建っている家屋のみだった。
幸い、立地が立地なのでまだ原形が残っている。もうここに賭けるしかない。
「こんな……何でコレだけ離れた所に建ってんだ?」
正直、私も分からない。何か事情があったのだろうか。…………私は、ドアノブに手を触れ――――――
【ここがアンタの為に作った、アンタの家だ】
「え」
「ん? 開けないのか? …………ローズ?」
彼はドアノブを掴んだまま固まってしまった私の身体を揺さぶる。だが、私はそんな彼の声も行いも頭に入ってすぐさま抜けていく。ついさっきの声は『彼』? ……いや『彼』って、誰だっけ…………。とても暖かい声だ。
「……ここかもしれない」
そう呟いて私は、ドアを開けた――――――
◇◇◇
「こりゃ、焼かれる云々以前に埃まみれじゃねえか。ずっと長い間放置されてたみたいだな」
ゼロの言葉通り、家屋の中はとても埃臭く思わず顔をしかめそうになる。まぁ息が出来ない程ではない。このまま調べてみるとしよう。
まずとても簡易的な厨房と一人か二人位なら使えそうな机、ココはリビングだったのだろうか。窓際には花瓶が置いてあるが、もうそこには何もない。きっと埃まみれになる前は何かの花が生けられていたのだろうね。
「次にはそこの奥の扉だ。行こうゼロ」
「あ、ああ。……なぁさっき『ここかも』とか言ってたな。本当にそうなのか?」
「…………そもそもこんな埃まみれの状態で残されている家屋自体普通ではないだろう? 死んでしまった人の家だったのか、それとも住んでいた人が離れてしまったからこうなったのか、いやそれにしたって…………維持するにしても誰かが掃除くらいはするはずだ。でもそれすらされず、その上で家だけ残されている。
本当に奇妙だ。だが『住んでいた人が離れてしまった』という例が当たっているのならそれこそが私なんじゃないか? ……何が理由で離れたのか覚えてないがね」
とにかくこの奥の部屋に行くしかない。見たところこの家はそれほど大きくは無い。トイレを含めずに二部屋くらいだ。なら、この先には寝室があるはず。
私はまたドアを開ける。予想通り、寝室だった。人一人寝れるくらいのベッドにクローゼット。本棚。そしてまた花瓶が窓際に置かれている。
「これまた埃臭いなぁ」
「さ、流石に窓でも開けようか……」
私は窓に触れ――――――
【そんなに泣かないでくれよ……人とエルフとじゃ、寿命の違いなんて明白だったろ?】
「おい! クローゼットの中、お前が今着てるような茶色のローブと女が来そうな雑多な服がいっぱい入って…………ローズ? どうした!?」
「え、あぁ…………大丈夫だ。それで、私の服らしきものが入っていたの――――」
「……なんで泣いてるんだ?」
え。
「あ、あれ、ホントだ。私、どうして…………あれ……?」
どうしよう。とめどなく溢れてくる雫。何だか無性に泣きたくてしょうがない。あの二人が死んでしまった時の涙や感情とは何かが違う、これは…………後悔?
バサッと突然音が、何かが落ちる音がする。どうやら本棚から本が落ちてきたようだった。私はそれを手に取る。『魔法学校卒の新米エルフが様々な趣味に手を出しながら田舎の村でスローライフを送る』……………………長すぎるタイトルだな。著者は…………。
ローズ・アトリエ。
「その本がどうかしたのか?」
「この…………タイトルが絶望的に長ったらしい本、私が書いた……ようなんだ」
「な!? これは出たな取っ掛かりが! …………で、内容読んでいくのか?」
「いや、もうここまで明確なブツが出てきたなら、魔法を使うべきだ」
「…………へぇ、ここでも魔法が活きるのか」
光魔法の中には時間を遡るような事が出来るモノがある。上級魔法『メモリアル・ロード』、コレは術者や周囲の人物数人に『記憶の追体験』をさせるのだ。
必要なのはまずコレを行える魔法使い、十分なマナ、辿りたい記憶の材料…………今回なら私が書いたらしい本とこの家屋そのもので大丈夫なはずだ。
「なーるほど。で、その説明だと俺も見れるのか? その、お前の過去ってヤツを」
「そうだね。私も断るつもりは無いよ、なんだかんだここまで一緒に来たんだしね」
本当なら、アルルやイーリエも一緒だったのだろうか。…………いや、余計なことは考えないでおこう。この魔法は特に魔法陣の必要も無いので、もう発動は出来る。出来るが、何か嫌な予感がする。
いや、何が嫌な予感だ。もう後には引けないんだ。ここまで来たからには、私の望むモノんび手が届くのなら、やらない選択肢は無い。
「じゃあゼロ、手繋いで」
「ああ、あ? なんでだ? 温もりが恋しくなったのか?」
「いや、一緒に記憶を見るには肉体的接触を維持する必要がある。一番確実かつ、恥ずかしくないのは手を繋ぐ行為じゃないか。早く」
「は、はい」
プルプル震えながらゼロは私の手を掴む。…………繋ぐのとまた違う気はするがまぁこれでも良いだろう。というか、そんなに異性との接触に慣れていなかったのかこの人は。
やっぱり私は何も彼の事を知れていない。
「行くよ。…………聖なるマナよ、私に力を――――――」
そう呟き、念じ、目を閉じる。周囲のマナが活性化し私たちは狭い部屋の中で強い光に包まれた。
◇◇◇
「えー新世紀230年、花の月の初めの今日からローズさん。貴方はシオン村の住人です。まだ家をお持ちでないようなので、宿屋の無料使用の許可も出しておきますね~」
「ああ、ありがとう」
村の小さな役所の受付で私は、シオン村の一員となった。この村を選んだ理由は特に無い。料理屋、宿屋、服屋、色々な店で働いてみたり魔法を使って何か出来ないか模索してはいたが、どれもすぐに飽きてしまって続かず金だけが有り余ってしまったのだ。
いわゆるスローライフとやらを私は送りたいと突然思った。故郷の里での生活の感じが恋しくなっただけかもしれないが、一旦街から離れてみたかった。
「村の人たちはみんな優しい人ばかりなので、困ったことがあったら気軽に相談してみて下さい~」
受付の人はそんな事を言っていたが、どうなんだろうか。
いや普通にみんな優しいわ。何だコレ。
「しかもこんなに物を貰ってしまった…………」
宿屋の一室で私は部屋の隅に積み重なる歓迎の品の数々を眺める。食べ物に本に花束、微妙にサイズの合っていない服、そして酒場の人には酒までご馳走になった。
やたら皆質問してきていたのは、やはりエルフが珍しかったのだろうか。まぁ「おとぎ話の存在かと思ってました」と言われるくらいだ。しょうがないだろう。
それに、そんなに悪い気はしない――――――
◇◇◇
もうシオン村に来て一か月は経とうとしていた。私の生活はまずこの宿屋の一部屋で完結する。宿屋の受付で食事を頼むことも出来るし、田舎村の一宿屋にしてはかなりサービスの質が良いと感じ始めた。
そんな中、私は机の上の紙と睨めっこしながらペンを走らせていた…………だが。
「…………あれ? もう朝……?」
さっきまでずっと小説の執筆作業をしていたが、気が付けば外が明るくなってしまっていた。後回しにしていたのが悪い。つまり私のせいだ。
もう水浴びをする気力も無いので一旦朝ご飯を受付で頼み、部屋の中で食べる。私はそんなに大食いでは無いので、朝はパン一つとフライパンで良い感じに火が通った目玉焼きで十分。サクッと食べきりグラスの水を一飲みする、窓の外からは人が徐々に働きに出ているのが音で分かり、鳥の鳴き声も美しいハーモニーを奏でる。
「少し寝ようかな」
机の上のランプを消し、ベッドにダイブしようとしたその時に部屋の外からドタドタと足音が。ああ、きっと『彼』だな。
ゴンゴンゴン!! 元気に満ち溢れた力強いノックの音が響く。そして少年の声が私の耳に入ってくる。
「エルフのねーちゃん!! 起きてるかー?」
「は、はーい。起きてるよ」
若干ふらつきながら声の方向へ向かう、ドアを開けるとそこにはまだ背丈の小さい10歳の少年――――『カーロ』が居た。彼は私がこの村に来た初日に知り合ったが彼にとってエルフはとても憧れの強い存在らしく、凄く懐かれてしまった。彼の両親も「いつも相手してくれてありがとうね」と言って来るので邪険にする訳にもいかなくなっていた。
…………魔法学校時代でもほとんど人と会話しなかった私からすると、彼の存在自体がとても……眩しく見えた。
「あ! ねーちゃん今日も寝てないの?」
あ、バレた。ちょっとマズいか。体調を確かめたいのか、彼は私のおでこに触れようとしてくる。
「いやいやいや、大丈夫だよ。ほら! ほらね! ――――うわぁっ!?」
私も私で無理して腕をブンブン振り回して分かりやすくアピールするが、疲労からか足の力が抜けてしまい尻もちをついてしまう。すぐさま彼も駆け寄ってきた。
「ねーちゃん! もうやっぱ寝てないじゃん! 嘘はダメなんだよ!」
「はい…………」
「しょうがないから、今日はゆっくり休んでね!」
「はい…………はい……」
カーロに肩を支えてもらいながらベッドに辿り着く。あの幼い身体でよくもまあ支えられるものだと感心してしまう。
「ふふ、ありがとう。カーロ」
…………ああ!! やっぱり我慢できない! 頭を撫でてあげたい!!! 私はそっと彼の頭に手を伸ばす――――が、ガシっと私の手首を掴まれ阻止されてしまった。
「こ、子供あつかいするなよぉ」
「あはは、ごめんごめん」
「……でもエルフって長生きだから、僕が大人になっても子ども扱いされちゃうのかなぁ」
「いーーや? そんなことは無いと思うよ」
「え? そうなの?」
私は、今度こそベッドにダイブしてこう答えた。
「人も、エルフも、普通見た目で判断するからね。君がもっと良い大人になっていたら子供扱いはしないだろうね」
◇◇◇
シオン村に引っ越してきて、十年が経つ。ずっと部屋の中で生活してもアレなので、宿屋の人にお願いして『お悩み募集』の張り紙を張ってもらった。
以降、私は四日に一回ほどのペースで魔法を活かした問題解決を度々行ってきた。おかげで村の人たちとの関係は良好だ。最初こそ『エルフ』に対する知識の無さから来る恐怖のせいか避ける人も居たけれど、今は特にそういった事も無くなった。
「もうお昼か。またご飯頼もうかなぁ」
重い腰を上げていつもの受付に向かうと、ちょうど受付の前で『彼』に出会った。
「おーい! ローズさん! 一緒に飯食べないか?」
「ああ、良いよ。今日は何を食べようか」
「あーそうだなぁ――――――」
もうカーロも20歳だ。ホントに時が経つのは早い…………ような、そうでもないような。こうやってご飯に誘われるのも別に初めてでもない。
まあ、一見デートのように思える状況だがそういう訳でも無い。本当に、ただただ一緒にご飯を食べるだけだ――――――
私の部屋の中でカーロはサンドイッチを頬張りながら、こう質問する。
「ローズさんって何かやりたい事ってあるのか?」
それは、とても純粋な疑問だったと私は感じる。決して『いつまで引きこもっているんだ』という圧では無い。カーロは……あまり裏が無い子だから。
「そうだねぇ。前には魔法学校に通ったりしていたが、今じゃその時に学んだ魔法を持て余しているなぁとは思うよ。唯一今でもやってる趣味が物書きくらいだが、正直コレもしっくりこないんだよ」
「んー。じゃあ! 冒険者とかどうだ?」
「冒険者、か」
金の為に依頼を受け持ち、遂行する人々。誰よりも自由のように見えて、誰よりも縛られている人々。
だけどそんな彼らは時に凄まじく輝き、美しい。ゆえに、彼らは度々憧れの対象となる。
「それは…………カーロが冒険者になりたいのでは?」
「う、ま、まぁそうだけど。でも俺はそんなに俊敏に武器ぶん回したり出来ないし魔法も使えない。農民しか出来ないような俺よりローズさんの方が合ってる。もっと言うなら、『特級』にだってなれるよきっと!!」
「……いや、それは私を過大評価しすぎだよ」
――――特級、それは冒険者の階級の中で最も高いモノ。基本的に冒険者は皆、下級から入る。そこから中級へと上がり、中には上級にまで上がれる人も居る。だが――――――上級よりも高いこの特級は言ってしまえば『例外』であり、そう簡単に名乗れるものでは無い。
「そういえば、特級冒険者って今どんな奴が居たっけ。カーロ」
なんとなく話を振ってみる。するとカーロは目を少しキラリと光らせ、口を開く。その様子は10歳の頃とそう変わらないように見える。
「えーと、オヴィリにアンリにクリークに…………ああ、あとゲーテル船長とミカさんかな。俺も名前くらいしか知らないけど、ローズさんはもしかして色々知ってたり……?」
「いやいや、全然詳しくないよ。まあ話せるっちゃ話せるけど、ながーーーくなるよ?」
「げげ、エルフ感覚での『長い』はちょっとマズい……? 今はその、勘弁してくれぃ!!」
まあ、実際にはそこまで長くはならない。彼をちょっと意地悪したくなっただけだ。
ちなみに、今名前が挙がった特級の方々は大体アタマイカレポンチとの噂。あまり関わらない方が良いのだろうね。
「いやー! ローズさんとこうやってご飯食いながら喋るだけでも楽しいよ!」
「あはは、それはなにより。えへへ」
…………実際私は何になりたいのだろうか。姉は魔王討伐パーティの一員に選ばれるほどの実力者だったけど、それでもヴェル帝国に先を越されてパーティごと空中分解するくらいだ。私なんかが、何かをなせるのだろうか。
今はこうやって、のんびりしながらたまに人手伝いをして、たまにカーロとお話しするだけで十分だ。
◇◇◇
シオン村に引っ越してきて、三十年が経つ。私が来た頃よりもなんだか賑わってきた気がする。
交易の仲介地点として使われるようになってからちょっとずつ商人の人が増えてきたが、気が付いたら大きな市場も出来た。もうあまりこの村で仕事に困る人は居ないだろう。
私、ローズ・アトリエはどうだろうか? 今現在、かなり金銭に危機感を抱いていた。
「もう流石に何か職に就くべきなのか? いや、光属性魔法とその他雑多な魔法の数々しか出来る事が無い私に何が…………」
ぶつぶつ独り言を呟きながら長すぎる付き合いの宿屋のベッドをゴロゴロしていると、コンコンとノック音が聞こえた。私の部屋を訪ねてくるのは彼しかいないだろう。
「ローズさん。そこに居るか?」
カーロの声だ。もう40歳だからか声もすっかりおじさんっぽくなってきた彼の声が部屋に響く。急いでベッドから立ち上がり、ドアを開け彼を出迎える。
「カーロか。久しぶりって訳でもないかな?」
「いや、久々だよ。なんだかんだ一か月会えてなかったんだ」
「あはは、カーロも忙しくなったよね。自分の果物屋を開くようになっちゃってさ」
そう言うと、カーロは少し照れ臭そうにする。反応が素直な所は10歳の時から変わらないね。
「いやいや、まぁでも結婚は未だに出来てないんでね。ハッハッハ」
「……それで? 何か用事でもあるのかい?」
「ああそうだ。ローズさんにプレゼントがある。一緒に来て欲しい」
その時のカーロの表情は今までに見た事の無い程に真剣な顔つきだった。思わず私も畏まってしまう。
「…………ハッハッハ。ローズさんそんなに硬くならなくても」
「いや、あまり親族以外から贈り物とか受け取ったことが無いので…………うん。慣れてないんだ」
その私の言葉を聞いたカーロは今度は不敵な表情を浮かべ、堂々と言い放った。
「なら、ローズさんが絶対に忘れないプレゼントになる自信があるね。凄いんだからな!」
そんな彼の言葉を話し半分で聞きながら彼に案内され、着いた場所。そこは村の中心部から離れた――――いわゆる隅っこだ。比較的穏やかで静か。私好みの場所だ。
そんなこの場所に、小さな家が建っていて…………そこの前に案内された。
「え、この家に何かあるの?」
「いーーーーや?」
「じゃあ、え、何? 分からないけど……」
すっごくニンマリとした顔つきでカーロは両手をその『家』に向けた。
「この家が『贈り物』だよ。ここがアンタの為に作った、アンタの家だ」
「…………え?」
あまりにも唐突で、ただただ脳が追い付かない。え?
「家ってよりは別荘って感じだけど、まあローズさんなら生活に困らないかなと。ここら辺は宿屋付近よりずっと静かだし、近くの村の出入り口から少し歩いたところに広い花畑もあったからさ。散歩にもピッタリじゃないかな……ってローズさん? ローズさ――――――し、死んでる……」
「あばばばばあばばあばばば」
多分この時の私は白目を向きながら立って泡を吹いていたと思う。とても嬉しい。そんな色んなことを気にかけて立地を選んでくれたことも、そもそもこんな別荘を贈ってくれたことも、いまいち何でそこまでしてくれるのか分からなかったけど……とりあえず今は彼の好意に甘えたかった。
◇◇◇
「は、恥ずかしいところを見せてしまった……」
「いやいやいや、大丈夫そうで良かったよローズさん」
二人で別荘の中に入る。内装にはもうあらかじめ家具一式が配置されていて、今からでも住めそうだった。
「よくこんな大掛かりな事が出来たねぇ」
「お金は最近稼ぎがめっちゃ良くて問題無かったし、ローズさん自体はあの部屋から滅多に出ないから気づかれなかったね。最近ローズさんに頼る人も減ってたし余計に……な」
実際そうだった。十年前くらいとかはかなり呼ばれることが多かったけれど、村自体が栄えだしてからは商業で流通してくる道具などで解決出来る事が増えたせいか、私の出番は次第に減っていってた。
私としては、別に構わないけど。カーロは気にしてたみたいだね。自分の仕事だって大変だろうに。
「そうだ! この家……別荘に何か欲しい物とかあるかな? ローズさんの欲しい物なら何でも良いよ」
「んーと、そうだね」
人の好意ってこんなに暖かいんだなと考えながら私は――――――
「じゃあ大きめの本棚数個と、その近くにあるっていう花畑に生えてる花を飾る用の花瓶とかかな」
◇◇◇
シオン村に引っ越してきて六十年。すっかり住み心地抜群となった家、もとい別荘で本を読んでいた私だったが、たまたま外を出歩き何か買おうとしたあの日にこんな事を聞いた。
『生涯独身でちょっとお金を持ってたカーロ爺さんが病気にかかってしまったらしい』
「――――――カーロ! 大丈夫かい!?」
大急ぎで遠い記憶の中に埋もれつつあった――――ここ十年程会えていない彼の家へと向かい、五十年前に貰った合い鍵で彼の家へと入り見た光景は、忘れる事が無いだろう。
「ああ……ローズさんか……。久しぶりだな」
自分のベッドで横になるカーロはすっかり衰弱しきっており、やせ細っていた。もう昔の面影なんて残っていなかった。
そんな彼は、私の顔を見ると笑顔を返してくれた。
「でも、鍵とか渡してたっけか」
「……キミが20歳の時に合い鍵を受け取っててさ。結婚もせず、親の使っていた家を受け継いでいたことは知ってたから入れた……。ごめん」
「良いんだよローズさん。あんたのその、昔から全く変わらない顔を見て安心したからさ」
その言葉にチクりと、胸に痛みが走る。思えばカーロはこんなに見違える程変わっていしまったのに、私は全く変わっていない。うら若きエルフのままだ。
昔、親が言ってたような気がしたなぁ。通常の人間……短命種と関わる時にはあまり深入りはしない方が自分の為だと。その言葉は小さい私にとっては棘しか感じなかったけれど、今となって初めて痛感する。そういう意味だったんだ。
「ローズさん。俺はもうあと長くない。次の月を迎えるよりも遥かに早く、死ぬ。身体がさ、浸食されていくんだと。良くないマナとかそんな感じのやつにな」
「アンチマナ症候群……」
「ああ、そんな名前だっけか。ともかくそういうことだ」
もう彼は覚悟を決めたような顔つきで私に語りかけてくる。これが……最後なんじゃないかと、心の中の私が囁いてくる。
「ローズさんからは色んな話が聞けた。話し相手にもなってくれた。光魔法で色んなことを手伝ってもらった。その恩返しとしてあの『家』も贈れた。…………まあ、おおかた満足って感じだなぁ。ローズさんも、身体には気を付けて欲しい」
「えっ、あ、あぁ、そうだね」
「…………へヘッ、そんなに泣かないでくれよ……人とエルフとじゃ、寿命の違いなんて明白だったろ? いずれこうなってたさ」
私は彼の言葉にロクな返答も出来ず、その場を後にしてしまった。
……もし、彼がいなくなったら私はどうなるんだろうか。また一人ぼっちになってしまうんだろうか。
絶対に、それだけは嫌だ。それに私だって彼に『恩返し』をしたいんだ――――――
◇◇◇
あれから数日、無理言って真夜中にカーロの家にお邪魔させてもらっていた。『私も贈り物を贈りたいから』と、それだけ伝えている。
「贈り物、か。どんなものをくれるんだ?」
弱弱しい息遣い、それに似合わぬ純粋な期待の眼差し、どれも私にとって大切なモノで、守りたいものでもある事にあの時気づいた。
「私の別荘近くの森の中に、一緒に来て欲しい。大丈夫かな」
かなり無理のあるお願いだ。普通なら正気を疑うものだが、彼は疑わずに……。
「ああ、良いよ。もうこれを逃したら、ローズさんとのお出かけも出来なくなるかもしれないしな」
了承してくれた――――――
カーロの身体を支えながら私は彼と共に別荘近くの森の中を歩く、出来ればもっと深い所の方が周囲のマナが濃くて良いんだけど、彼の様子を見ているとそんな訳にはいかない。足を止め、彼にはちょうど良い木の幹に座って待ってもらう。
アンチマナ症候群。マナは生きる者等しく皆必要とする存在だが、この病気にかかると体内のマナが通常と逆の働きをするようになり身体が崩壊していく不治の病。
魔法をよく使う者だと体内のマナ定着度が高いせいで数日で死に至る事もあるけど、カーロの場合魔法と無縁の生活をしていたおかげで猶予がある。『不治』とは言ったものの私にはある策があった。高度な光魔法の中にはこういったモノがある。
『他次元並行同一存在と干渉する魔法』
私も具体的にはよく分からないがこの世界と並行して今もなお存在している別の世界には自分のそっくりさんがいたりいなかったりするらしいんだ。大昔の文献にチラッと載っていた程度の内容とはいえ、これは興味深かった。そして、今の彼の病状を改善出来る『とっかかり』になるであろうと確信した。
治らないのなら、置き換えてしまえば良い。…………要するに彼の並行同一存在の健康な身体の部分を今の彼の浸食されている部分を置換しようと考えていた。
この魔法は不明瞭な所が大きく、かつマナの消費も激しい、おまけに『禁忌』として扱われているモノなので知識のある人にバレたら世界連合に即通報されてしまうだろう。
でも、そのリスクを負ってでも、カーロを助けたかった。
「じゃあ、いくよ?」
「ああ、フッフッフ……何をするのやらってか」
座らせていた彼には目を閉じてもらい、魔法の発動を始める。辺り一帯のマナが活性化し激しい光に私たちは包まれる。その中で私は意識を保ちつつ、魔法をコントロールする。
ギャーギャーと鳥たちが喚く。カサカサと野生生物が駆けまわる。さっきまで静かだった森の中はあっという間に騒がしくなる。もう少しで置換が終わる――――であろう時に何かの声が混ざっている気がした。
「ぐ、ぐあああぁああああぁぁ!!!!」
なんだろう。この声。一体どこから…………
「ろ、ローズぅ!!! これは何だぁあああああぁあ!!!!!」
違う。この声は……………………。
「え」
ふと彼の方を見ると、彼の右肩からもう一本腕が生え身体がブクブクと膨張していく、その様子はハッキリ言って『異様』だ。
「え、うそ、なにこれ…………」
「ろ、ローズ……、ろぉぉぉぉおおおずぅぅぅぅうううう!!!!!!!!!」
彼の優しい声色がやがて、この世のモノとは思えない声色へと変わっていく。光に包まれながら、彼は苦しみ膨張していく。もうその風貌は人間の痕跡を残していない。目は五つ、口はお腹にも、背中がブクブクと膨れていて、
「ああああぁあああぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!!」
私はその強い光の中で彼が膨らみ、膨らみ、腕や足が増えていき、変わっていってしまう様子をただただ見てることしか出来ず、やがて彼は何処かに走り去って――――――――――――
◇◇◇
「――――――ッ!!!? ハァ、ハァ……う、うぅ…………」
回想から解かれ、私とゼロはハッとする。心臓の鼓動が乱れ、呼吸もままならない。
「お、おい。今のが、お前の忘れていた過去ってやつなのか? …………おい! ローズ!! しっかりしろッ!!!」
「あ、ああ…………すまない。取り乱しちゃって……」
ゼロの声でなんとか気を保つ。だけどそうすると次にはとてつもない……罪悪感がのしかかってくる。胃液逆流しそうになるのをなんとか手で押さえ堪える。落ち着け、落ち着け、落ち着け…………。
「ローズ、今の話ガチなのか?」
ゼロの質問に私は無言でこくりと頷く。
「…………あのさ、お前と出会った森の中での会話覚えてるか? 化け物がどうのとか言ってただろ俺」
「うん。……言ってたね」
「気づかなかったのか。俺たちが出会った森とあの記憶の中に出てきたそこの森って、同じなんだよ」
「え、そうだったの」
全然気づかなかった。思えば馬車で出発する時ゼロと出会う前の時も、出会った後の時も同じ方向に進んでたような…………。『なんか俺たちが出会った森の方面に向かう道を進んでないか?』、ゼロもそんな事を言っていた。でもまさかあの森と同一だったなんて……。
まって。
「その、化け物って…………」
「……………………あの最後に膨張しながら腕とか色々増えてた様子、なんだか『俺なんかよりもあの腕がいっぱい生えてたよく分からん化け物』と既視感を覚えてな。なぁ、まだ生きてやがるんじゃないのか? お前の魔法のせいで、カーロってやつはまだ…………」
そうだ。私のせいだ。あんな得体のしれない魔法に手を出したから。私が一人ぼっちになるのが怖いから、カーロを無理やり救おうとしたから。もう過ぎてしまったことは、どうしようもない。今の私に何が出来る? …………じっくりと思考を巡らす。けれど、やっぱり『終わらせるしかない』のではと思ってしまう。
アルルやイーリエの死を乗り越えて辿り着いた記憶が自分の大罪だったなんて、そんな結末だけは嫌だ。せめて、懺悔をしたい。
「……行こう」
「森の中、か?」
「うん…………」
「そうか、自分の手でって事か。俺もついていくよ」
「え? 良いの…………?」
もうゼロにはあまりにも迷惑をかけすぎている。私としてはこれ以上苦労させたくない。けれど…………『一人になりたくない』のも、私の本心だった。彼のその言葉は不覚にもカーロを想起させ、ホッとしてしまう。私ってば、学ばない女なんだね。
「ほら、早くしよう。今も森の中で待ってるかもしれないしな」
「うん! その、ありがとう…………ゼロ」
「良いんだよ。俺もこの物語の最後を見届けたくなったってだけさ」
私は部屋を後にし、家を出た。空っぽになった部屋はまた静寂に包まれる。今夜の月はいつもと変わらず地上をぼんやり照らし、そしてその温かく美しい光は私たちの向かう森の中には決して届かない。これから起こる事は、私とゼロ…………そして今もなお化け物として生きながらえてしまっているカーロしか知りえないだろうね。
ああ、これからは自分の『過去』と向き合う時だ――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます