第11話 生成(きなり)
かぼちゃの力を吸い取られ続けているという、生命の危機に瀕して火事場のクソ力が発動でもしたのだろうか。
娘さんに俺が作ったかぼちゃの煮つけを半分食べさせてから、吸血鬼へと身体を真正面に向けた。
すると、かぼちゃの蔓で雁字搦めになっている、吸血鬼の身体に開いている無数の穴を発見。
あの穴すべてにかぼちゃの煮つけをほんのちょっとでいい、入れれば。
俺は隣に立った娘さんを一瞥した。
俺のかぼちゃの力を吸い取り続けているからだろうか。
俺の思考を読み取ったかのように、娘さんは頷いては、行けと言ってくれた。
俺は走り出した。
吸血鬼に向かって一直線に。
娘さんが吸血鬼を封じているかぼちゃの蔓を解いたその瞬間、俺は素早くあの無数の穴にかぼちゃの煮つけのほんのひとかけらを入れまくり続けるのだ。
そして、娘さんもまた、その拳で吸血鬼にかぼちゃの力をぶつけるのだ。
大丈夫だ。
きっと。その穴は。
厳しくも冷たいその荒んだ穴はきっと埋められる。
俺たちが埋められるのは、ほんのちょっとだけかもしれなくても。
来年、また来年も、吸血鬼の穴に、入れ続ける。
俺のかぼちゃの煮つけも。
じいちゃんのかぼちゃの煮つけも。
他のみんなのかぼちゃの煮つけだって。
他のかぼちゃの料理だって。
入れ続けるよ。
だから。
「また、来年も。会おうな」
俺は笑った。
だらりと、力の入らない腕をぶら下げて。
かろうじて、箸と空の皿を持ったまま。
もう二度と来るものか。
キミのところのかぼちゃの煮つけは味がくどすぎる。
そう言った吸血鬼の声をきちんと、聴いてから。
俺は意識を失った。
「獲物を前にしてもう帰るのか?」
死神の少女は山積みになっているかぼちゃを見ながら、吸血鬼に言った。
吸血鬼は嘲るように一笑しては、ここに来る前にすでに食傷気味だったと言った。
「意図せず吸収したあの年嵩の男のかぼちゃの味で。もう、ほとんど満たされていた。が。満たされるという感覚を初めて得て、今度はもっと、と、欲が出た。もっと、もっと、満たされたいとな。無数の穴が埋まれば満たされて終わりを迎えられると思ったが」
「迎えられそうにないか?」
「………いや」
吸血鬼は床に倒れ込んでいる少年を見下ろした。
自分ですら把握できなかった無数の穴すべてに、かぼちゃの煮つけのひとかけらを入れた少年。
まるで、己の命を分け与えるように。
まるで、この刹那にしか機会はないと言わんばかりの急速度で。
「そうだな。まだ分からないが。このかぼちゃ農家にも。おまえにも。この少年にも。もう会いたくはないな」
「そうか。だが私たちの前に現れなくても。私たち死神は、おまえたちを追い払う。必ず」
「消滅はさせられないか?死神」
「いつか必ず消滅させてやる。吸血鬼」
不敵に笑ってみせたのち、吸血鬼は姿を消して、死神の少女は少年を背負い、この場を後にしたのであった。
死神の親父さんへの手土産であるかぼちゃのどら焼きだけ持って、死神の少女は黙って戻った。
じいちゃんも無事に戻って、俺は一か月間、腕を中心に全身に駆け走る痛みに耐えながら、元の生活を過ごす事になるのだが。
吸血鬼がどうなったのか。
来年のハロウィンで、娘さんに尋ねればいい。
吸血鬼に対する切羽詰まった心が緩んだように感じた俺は、また来年と、吸い込まれるような漆黒の夜空に向かって呟いたのであった。
(2023.10.28)
続・ろうろう珈琲 藤泉都理 @fujitori
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