第31話 クウの世界

 向日葵の葬式が終わってから一週間後。

 僕と氷雨は向日葵の墓の前で手を合わせていた。


「随分とボロボロなお墓ね」


 山に面した古い寺。そこが管理している墓地に向日葵の家の墓はあった。

 縁尾の文字が刻まれた墓石は黒ずみコケが生えていて歴史を感じさせる。


「そうだね。そのうち掃除しようか……」


 今は僕と氷雨だけで来ているので、流石に掃除はしないほうがいい。せめて向日葵の両親に一言許可を貰ってするべきだと思う。

 ———いや、


「やっぱりやってしまおうか?」

「いいの? 何か言われない?」

「いい事をやるんだから、言われないでしょ」


 僕はお寺に掃除道具を借りに向かった。

 退屈そうに庭を掃いていた住職が、僕の言葉を聞くと嬉しそうな笑顔を見せて「どんどんやっちゃって! 最近の若い人はそんなことやってくれないと思っていたよ!」と気前よく言う。

 僕は布巾とバケツを手に縁尾の墓に戻った。


「怒られなかった?」

「何に対して?」


 戻って来るなり、氷雨が変なことを聞いてくる。


「話しかけたり、お寺のものを使うことに対して……」

「怒られるわけないじゃん。どうしてそう思うの?」

「どうしてって、知らない人は皆怖いから……何言ってくるかわからないじゃない」

「…………」


 僕は考え込みながら、布巾をバケツの水でぬらす。


「わからないけど、怖がる必要はないんじゃないかな」


 そう答えて縁尾の墓石に布巾を当ててコケを取ろうとする。

 硬い。

 これは中々取れそうにない。


「怖いわよ。わからないのは怖い。今は変な人も多いって聞くし、老人って偏屈な人ばかりじゃない……変ないちゃもんを付けられて、無駄に怒られるかもしれない」

「ハハ……」


 苦笑が漏れる。

 氷雨は、やっぱり怖がりなんだ。

 周りは、世界は怖いものだと思い込んでいるんだ。


「だからだよ」

「え?」


 一足飛びの僕の言葉。流石の氷雨でもわからなかったようだ。


「氷雨———世界を認識するのは誰?」


 僕はあの戦いで。

 転生戦争で少し学んだことがある。


「世界を認識しているのは、氷雨は氷雨だけだし、僕は僕だけなんだよ」

「……それは、わかるような……わからないような……?」


 僕の言葉に頭に疑問符を浮かべて返答する氷雨。

 その理屈自体はわかるが、今、この場でしている話題からは外れているんじゃないか? 

 彼女の顔にはそう書いてある。

 まぁ、落ち着いて聞いてほしい。

 僕は自分の目を指さす。


「世界が怖いものだと思って見てしまえば、世界は怖いものにしか映らないってこと。だってこの世界は氷雨の世界なんだから、氷雨の思った通りになるし、氷雨の思った通りにしかならない」

「……そういうことが言いたいわけね。怖いと思い込んでいるから怖いんだって。そんなの理屈ではわかっているわよ。でも怖いものは怖いのよ」


 つまらないことを言うなと怒ったように顔を逸らして鼻を鳴らす。


「じゃあ、氷雨の世界は氷雨に優しくないままだね。氷雨が優しいものだって思わなければ、いつまでも氷雨の世界は厳しいままだよ。他人は自分を移す鏡って言葉があるけど、世界もまた自分を映す鏡なんだ……」


 あ———。

 そうか、転生戦争なんて。

 転生なんて———必要ないんだ。

 僕は豪來さんの言葉を受けて、義経の言葉を受けて、ずっと考えていた。

 何故———こんなことが起きてしまったのか。

 何故世界は滅びに向かっているのか。

 僕が———そう思っているからだ。

 何もできない、何をやっても無駄だと思っているからだ。

 世界は所詮———鏡なんだ。

 ただ———そこにあるだけ。

 鏡が僕のあるがままを映してくれているように、世界も僕のあるがままを映してくれている。

 髪を切った僕の鏡像が当たり前のように変わるように。

 僕が変われば世界は当たり前のように変わるんだ。

 無理やり逃げる必要なんてない。

 世界を変えるのに———世界を変える必要なんてない。

 僕が変わればいいだけなんだから。

 僕が思い込めばいいだけなんだから。

 ———世界はもっと優しくなれるって。


「それを……わかってたのかな。向日葵は」


 縁尾家の墓石を撫でながら、問いかける。

 向日葵は世界は良くなるとずっと思っていた。だから、ずっと笑っていたのだ。

 ベチャリ。

 墓石の側面に乱暴にたっぷりと水分を含んだ布巾が叩きつけられる。


「借りてきたわよ」


 恥ずかしそうに氷雨はそういった。

 いつの間にか、寺に行ってさっきの住職さんと話してきたようだ。


「どうだった?」

「……いい人だった」

「でしょう?」


 僕たちはそう言って、墓石を拭き続けた。

 いろいろあったが、結局僕と氷雨の縁は切れなかった。たぶんこれからも切れない。互いに信じあうことがなくなっても、互いが奈落の底に落ちても、見えない糸でつながっている繋がってしまっている。 

 だから、何かあったら助けるし、何かあったら助けてもらおう。

 そうやって、僕たちはいい方向に歩み続けて行こう。

 そう———思い込もう。

 そうやって世界をいい方向に導いて行こう。

 なに、簡単なことだ。

 思い込むだけならばただなのだから。


「義経とも———いつか、来れるといいね」


 ぽつりと氷雨が言う。


「来るさ。また、四人がそろう日が来るさ。だって、僕たちはちゃんとお互いを理解している。そのうちまた———どうせ馬鹿話をして笑い合うさ」

「どうせ……ね」


 ふ、と氷雨が笑った。

 そして、フッと僕たちがいる墓地に影が落ちる。

 雲かと思った。

 だが、違うそれは人型の陰だ。

 ロボットの陰だ。

 角ばったデザインの巨大なスーパーロボット。


「コバキオマル……」


 義経の……従者サーバーだった。

 彼女・・は表情を変えることはなかったが、その鉄面皮はどこか僕たちを見下ろして優しく笑っているように見えた。


「義経……?」


 氷雨がロボットが上空にいることに気が付き、天を見上げる。


「ああ、来てくれたんだ。多分、寂しくなったんじゃないか?」

「あぁ……なんだかんだで、一番寂しがりやなのはあいつだもんね」


 そう言って、氷雨は下を出し、目元に指を持って行き〝あっかんべー〟をしようとした。

 だが———、


「やめた」

「え?」


 目元に持っていっていた手をすっと横にスライドさせて、スーパーロボットに手を振る。


 ———またね。


 氷雨は喉を震わせずにそう言った。

 ロボットは———コバキオマルは背中のジェットを吹かし、飛行機雲を作って飛んでいく。

 僕たちを見届けて満足したように。

 旧友たちの姿を見て、元気をもらったように。

 どこまでも戦く。


 ———う~さ~ぎ~お~いし、か~の~や~ま~……こ~ぶ~な~つ~りし、か~の~か~わ……。


 やまびこだろうか?

 やまびこだろう。

 裏の山から、木々のさざめきに混じって歌声が聞こえてくる。

 山の奥の奥、遠くの遠くから———いつまでも僕たちを祝福してくれるかのような声が。

 ざざーざざー。

 葉っぱが風に擦れる音に混じって響いてくる。

 僕は目を閉じた。

 すると、そのただの緑の擦れは波のさざめきに聞こえてきた。


 ———素敵デス! ……ね? 三蔵。


 誰かの、声がする。


 ◆


 栞を挟んで本を閉じる。


「ふぅ……」


 ざわざわざわ……。

 昼の喫茶店。

 様々な年代の人たちでにぎわう。お話のために集まった主婦たち。だべりに来た学生たち。パソコンを置いて黙々と作業をしているサラリーマン。

そんな中、金髪のゴスロリ服を身にまとった女性が、閉じた本をテーブルに置き、コーヒーをすすった。


 ズズ……。


 一口だけ含ませ、喉を鳴らすとゴスロリの女性の目が正面へ向けられた。

 目が———合っている。

「いかがでしたか? この幕が上がる前の序章の物語は———。そう、この物語はただの語りであり、騙り、ただの狂言なのです。まだ、ただの嘘であり虚構。現実になるのはこれからなのです。まだ彼らは自らが何の役目を持つ登場人物なのか、何のために生きるのか、何のために戦うのか。わかっていない状態です。本編が始まるのはこれからなのです。この後なのです……ただ、時間というものは残酷で、今回は此処までとさせていただきます。


 ———破綻している? 


 ———こんなのは物語ではない?


 ———全くもってつまらない?


 受け入れましょう。これはただの〝始まり〟です。四人の少年少女の和解のために歩み寄った。和やかに理解しただけのお話です。この世界を作り替えるための物語はまだ始まってもいない。この序幕だけでは何のテーマ性もない。ただ語っただけ。そこに教えも教訓もない。


 あるのはただ———想いだけです。


 世界を救いたいと、人間を救いたいと、友達を救いたいと、自分を救いたいと。救いを求め、自らが救いになろうと決意をするだけ。そのことだけを語った、決意語りです。

 その想いを文字として現出させた。ただそれだけ……。


 ただそれだけでも———何かは変わる。そう信じた者の物語。


 この続きはあるかもしれないし、ないかもしれない。だけど、私はあなたに伝えたいことがある。

 この世界はいつでも転生できる。そして、あなたが例え死んだとしても、あなたが変わらなければ、世界は転生しない。

 転生に、人の死は必要ない。

 それが———豪來が、義経が、三蔵が辿り着いた———くうの世界。このお話では彼らが異世界でどんなことをしたのかは語られません。それは野暮というものです。過去など語るまでもない。彼らはただ行動で語るだけ。語りに過去など必要なく、必要なのは未来だけ。過去を語りたくなるのはただの未練なので諦めましょう。

 転じて行きましょう。振り返らずに———。


 ただ———心のあるがままに。


 また、栞の挟んだこの先の〝物語〟を語ることを私は願います。

 そして、あなたの栞を挟むべき〝想い〟が語られることも私はどうしようもなく切望してしまいます。

 想いを伝えましょう。素直な心に従って。肉を持った生き物としてではなく、魂を持ったあなたとして想いを伝えましょう。その想いは、あなたの世界の登場人物を動かします。それこそが世界の転生なのです。あなたは生まれ直すことはできなくても、世界を転じて活かすことはできるのです。

 やりましょうよ。

 いつまで絶望してるつもりですか? いつまで絶望しているふりをしているつもりですか?

 いつまで握りしめた行き先の書かれていない切符から目を逸らし続けているのですか?

 困った子ですね。

 勇気がでないのなら、またここまで私が語ってあげましょう。

 私の名前は鈴木花子。神でも人間でもない、ただそこにある鈴木花子という語り部。


 ただ———想いを伝える語り部。

 ただ、此処にある———想いを。


 また語る日を。いつか語られる日を。私の物語の登場人物であるあなたが動く日を。あなたの物語の登場人物である私が動く日を。どうしようもなく、私は切望してしまうのです。それがどんなに論理的で、生物で黄なものでなくても。

 衝動こそが———私を動かしてしまうのです。

 では……また」


 ゴスロリ服の女は、テーブルに置いてある伝票を掴み、席を立つ。

 カランコロン……。

 料金を払い、女は店を出る。

 星空輝き、闇が支配する夜へ向けて。

                                End

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転生戦争 ~世界を転生させるための冴えた方法~ あおき りゅうま @hardness10

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