第30話 楽園へ

「どうして……君が……死んだって聞いた……」

「ああ、死んだ。じゃが、簡単には死なん」

「……?」


 どういうことだ? 

 「死んだ」———と肯定しておきながら、「死なん」と否定の言葉を言う。

 矛盾した物言いに僕はなんと言ったらいいかわからなくなる。


「おいよ。何となくわかっておるのではないのか。もうわしは———わしらは世間一般で言うところの普通の人間ではない。普通の人間に普通の常識は通用せん。それがわかっておるのではないか?」


 すこし、笑みを見せながら義経はポンポンと自らが座っている椅子を叩く。

 そう、椅子だ。

 彼女が座っているのは車いすでも何でもない、車輪などついていないただの木でできた椅子。ミルク色のどこのホームセンターにもある椅子だった。

 それを道路の真ん中に置き、座っている。

 そして、不思議とその周りに雨が降っていない。

 どう考えても普通の光景じゃない。

 現実・・ではありえない光景だった。


「やっぱり君も、異世界に転生していたんだね……僕と同じ」


 あの———時に。


「そうじゃ」と義経は肯定し、

「一度死に、アヴァターラの力を手にしたわしにはバックアップがある。再び死んだところでその大元のデータが無事ならわしは何度でもこの姿・・・をこの世に表すことができる」

「……じゃあ、僕が今目にしている義経は幻なの?」

「わしだけではない。この世全てが幻だ」

「どういう意味?」


 義経は笑っていた。ずっと笑みを見せていた。

 そして嬉しそうに言う。


「この世全ては夢うつつの幻ということじゃ———なぜか? もうすぐこの・・世界が滅ぶからじゃ」

「…………」


 荒唐無稽な話だ、と切って捨てるには異常な現象がありすぎた。

 異世界への転生。

 そして、その転生者たちで争う転生戦争。 

 クウと豪來さんとユリスと蘇った義経。

 もはや、滅びないという言葉の方が信じることができない。


「なんじゃ、笑わんのか? フィクションではよくある言葉じゃろう? この世界はもう限界だから滅んでしまう。滅ぼさないためにはおいの力が必要だ! と———そういった始まりが」

「よく、あるね。だけど滅びるんでしょう? だから、転生戦争なんてものをあの金髪のお姉さん、鈴木花子さんは、神さまは決めたんでしょう?」


 この世界は———地球は———人間はもう限界だ。

 そんなことは目をそらしているだけでよくわかっていた。


「人間は増えるのに、地球はどんどん汚染されて、住む環境はどんどん小さくなっていく。だけど、社会をコントロールしている人間は安全な場所からそんなことおかまいなしに自分だけの利益をむさぼって弱者を虐め続けている。そんなことをずっと繰り返して改善しようとしない。そのつけがもうすぐ来るんでしょう?」


 具体的にはわからない。

 滅びというのはいきなりやって来るものじゃない。そんなわかりやすいものじゃないというのは歴史を見てわかった。 

 ペストもコロナも誰もあんな致命的な病気だなんてわからなかった。気が付いたら社会を崩壊させるほどの人類にとっての死神と化していた。

 金融危機だってそうだ。

 20世紀の世界恐慌だって、21世紀のリーマンショックだって。人々の心から余裕が失われたことで世界各地の戦争のトリガーとなり互いに争い合っている。

 そして、頑張ってもうまくいかない世界に疲れ、人々はゆっくりと滅びへと向かっていく。

 滅びというものは———病に似ているかもしれない。

 恐竜が隕石の落下によって滅びたというから、僕たちの〝滅び〟というものはどこかの国が馬鹿をやらかして始まる〝核戦争〟なのだと思い込んでいた。

 世界はいつでも滅びる可能性がある。

 核兵器によって———。

 そう、無意識に思い込んでいた。

 核というものがそれだけの力を持っているのだから、滅びというのは劇的で鮮烈なものだと思い込んでいたが、実際は違う。

 滅びはゆっくりしたもので気が付きにくい。

 まだ大丈夫だと思っていても、どうしようもなく手詰まりでどうしようもなく引き返せない状態に陥ってしまう。それが———滅びなのだ。

 恐竜だって隕石の落下の衝撃で一気に消し飛んだのではない。それによる環境の変化についてけず、ゆっくりとしたペースで滅んでいったのだ。

 今、絶滅していく動物たちだってそうだ。外来種、人間の乱獲、気候変動、そういった理由によって最初は少しずつ減っていっていき、まだ大丈夫だとみんなが思っていたら気が付いたら手遅れになった。

 後から頑張ってみても、ダメなほど手遅れになった。

 恐竜も、動物もそうなのだ。

 世界がそうでないはずがない。

 義経は頷いた。


「わしにもわからん。既に滅びにむかっているのか。まだ大丈夫なのか。だが、滅びというものは気が付かず、気が付いたら手遅れになるほど大きな病となる癌のようなものだ。癌というものは厄介でな。気が付いてからでは遅いのよ。だから大人たちはしつこいぐらいに検査をし、目に見えない病気を大金はらって探そうとする。人間はそれを他人の経験から知り、知識として予防しようと危機感を覚えるから対策をするが、世界はまだそういった経験がない。そういった経験を経ていることを人間が知らない。故に滅ぶのじゃろうな。知識も経験もなく、思ってもみなかった病によって滅ぼされるのじゃろうな。故に———我々の前に神が現れた。そして、わしらに〝世界を転生〟させるように言ってきた」

「義経……」

「なんじゃ、おいよ」

「もう、ダメなのかな? この世界は?」


 僕は、頑張ってきた。

 頑張ってきたつもりだ。

 なのに、結果がそうなのは悲しすぎる。


「僕はこの普通の世界で剣も魔法もない世界で生きてきて、何とかこの世界を良くしようと思ってきた、だけど、その結果が世界の転生ってあまりにもひどいんじゃないか?」

「ひどくはないぞ。おいよ。おいが頑張って来たからこそ、おいに資格が与えられたのだ。この世界を転生させることのできる、軸となる資格が与えられたのだ」

「義経……転生戦争ってやめるわけにはいかないかな?」

「なぜ」


 義経の表情も声のトーンも変わらない。

 僕は、この世界は残酷だと思う。もっと優しくならなければと思う。

 だから、滅びなんてものに一直線に進んでいるのだとおもう。

 だけど———、


「もうすこし、この世界を続けていくことはできないかな?」


 心のそこからそう思う。


「なぜじゃ———」


 義経は動揺しない。

 全く持って心を乱さない。

 そして淡々と僕に尋ねる。


「なぜおいは絶望せん?」


 あくまで、僕の考えを聞きたいと、少し笑った状態のままそう問いかけをぶつける義経からはそういった意図が読み取れた。

 絶望、か。

 してもしかるべきだとは思う。


「向日葵は、蘇らないんだよね?」

「ああ、従者サーバーの力はあくまで異世界転移した存在が干渉した存在のみに限定される。この世界の者が破壊した者は二度と戻っては来ない。つまり、この世界の愚かな女に殺された向日葵という一人の少女は、この世界に何の意味も持たせずに死んでしまった。おいよ。それでおぬしは絶望しないのか?」

「…………」

「わしはしたぞ。いや、更に確信を強めたと言うべきかな? この世界は到底存在するにあたいしないものだと。この世界に帰って来た時から、アヴァターラで暮らし始めた時から思っていた。この世界は余りにも複雑すぎる。複雑にし過ぎている。そこに優しさはなくあるのはただ自分が生き残りたいという冷たさのみ。そんな冷たく冷えた世界など、一度閉じてしまって新しい世界を始めようではないか。おいよ」


 義経が手を伸ばす。


「新しい世界ってどんなところ?」

「ここよりも残酷なところだ。だが、人々は助け合い暖かさはある。大人が子供を愛せる温かさがある。自らは自らしか愛せないこんな世界と違ってな。じゃから、おいも来い。私たちの世界でなら、おいは幸せに暮らせる」


 義経の世界……か。

 義経もあの豪來さんと同じように此処とは全く違う世界で冒険して、この世界がどんなにどうしようもないのか気が付いてしまったのだろう。

 僕もそうなのだろうか……。

 そうなのかもしれない。

 僕は〝そう〟だからこそ……向こうの世界の記憶がないのかもしれない。

 向こうの世界の記憶を持ったままだと……彼女と同じになるから。


「やっぱり僕は、このままでいい」

「……おいよ」

「義経。話そう」

「ん?」


 僕は義経の目を見据え———問う。


「何故この世界を———滅ぼさなければならない?」

「人類が住む環境が破壊されているからだ。一部の金持ちだけが自由に暮らし、多くの貧しい者たちが貧困にあえいでいる。そんな世界はバランスが悪い。逆に問おうおいよ———どうしてこの世界を作り替えてはいけない? 理想の世界に変えてはいけない?」

「何も変わらないからだ。理想の世界を作ったとしても、僕たち自身が変わっていない。人間が人間の心を持っている限り、世界は変わらない。格差は生まれるし、病気のような滅びも抱え続ける」

「ほう……」


 義経は「なぜか」と言わなかった。ただ、興味深そうに息を漏らすだけだった。


「今は僕は辛い状態にいる。向日葵を失って、殺した荼毘も生きている。彼女を殺したい復讐したい気持ちでいっぱいになってストレスが溜まっている。向日葵の無念を解消したい。そのことだけで頭がいっぱいになっている。だけど、もしもそれを晴らした後のことを考えてみたんだ。多分その後は〝普通〟なんだ。僕は今持っている無念を晴らしたところで、その先はまた別の悩みを抱えるだろう。それは大きいかもしれない小さいかもしれない。そして、それで思い悩み、その悩みを持っていない人を羨み、そのストレスを感じていない人を恵まれている人だと自分より上だと勝手に思い込む。それが———人間なんだと思う。そう感じる人間だからこそ、友達と久しぶりに会ったら嬉しいし、夢や目標を達成できたときに生きがいを感じる。格差や不平等を解消して理想の世界を作りたいと、誰も悩まない楽園を作りたいと———もう二度と悩みたくないと思ってしまうけど、それは〝甘え〟だ。人間はずっと苦しみ続けるし、それから解放されて喜び続ける。弱い人を見下し続けるし、弱い人に手を伸ばし続ける。人間はそうであることから逃げられない。当たり前で、人並みの言葉だけど、世界が残酷だからこそ人生は美しいんだ。だから、理想の世界なんていらない。苦しみも、悩みも、不安もない世界だと人は本当の喜びを知ることはない。みんな機械のようにただただ日々を生きるだけの止まった生き物になってしまう。そんなものは生き物とは呼べない。死んでいるのと同じだ。だから、義経———この無念を、僕の惨めさを消さないでほしい。この惨めは僕だけのものだ。僕の痛みは僕が抱えて、僕が僕の手で喜びに変える。君の救いは必要ない」

「————」


 義経はにんまりと笑った。

 そして音を出さずに声を発した。

 何を言っているのか、聞き取れない。

 当然だ、彼女は喉を震わせていないのだから。

 だが、口の形で伝わった。


「———今のどういう意味、義経?」

「おいよ。おいの考えはよくわかった。じゃが、わしにも反論がある。わしがこの世界を異世界に作り替えても何も変わらんというたな。ならば作り替えてもいいのではないか? 何も変わらないのだから———」


 突然、空が晴れた。

 雨雲に覆われた空が晴れ、何かが……振って来る。

 巨大な———人型の、何かが。


「ロボッ……ト……」


 それはSFアニメでよく見る鉄の巨人だった。

 角のついた兜のような頭部にVの文字の形をしたマークがついている胸部。そして太くマッシブな手足。鉄でできた鋼鉄の巨人が空を飛んでいた。

 その光景を見て驚きもしたが———納得もした。

 だから、義経の周りには雨が降っていなかったのか。

 だから、歩けないはずの義経がこんな道端で椅子に座っていたのか。

 だから、昨日———助けてくれたのか。


「豪來さんを殺したのは義経だったんだね……」

「ああ、やつも調律者チューナーなのだからな。世界を書き換える〝軸〟を誰にするのかと争い合っている者同士、潰し合って当然じゃ」

「それは……僕も、ということか?」

「そういうわけじゃ。この世界は変わらねばならん。古いものを駆逐し、新しい世界ものを入れねばならん。そのためには老人たちが邪魔なのじゃ。この古い世界を作り上げてくれた偉大な先人たちが、な」

「それを、あのロボットで作り替えるのか?」


 僕は空飛ぶ、巨大化したおもちゃのようなスーパーロボットを見上げる。


「ああ、あれがわしの従者サーバー・コバキオマルじゃ。カッコいいじゃろ?」

「いかにも義経らしい。義経のおもちゃ箱から出てきたようなものだ」

「ああ———そうじゃろう。わしはわしの思うがままに世界を変える。それが間違っているというのなら、おいよ。わしを———」


 ロボットの瞳が光る。


「———止めてみろ」


 そして、熱戦が発せられる。


「クウ!」

「了解しましたご主人———GTXゴー・トゥ・ザナドゥモード・目標確認、破壊します」


 クウが手を巨大な銃砲に変える。

 以前に見たガトリング砲ではない。銃口が広く大きい。そして———ガトリング砲の時は肘のまでの変形だったのが、肩のあたりまで変形が起きている。その、肩の部位での変形は巨大なカタツムリ型のジェネレータを作り出し、赤い光が高速回転している。

 巨大なレーザー砲。

 クウの右手はそれに変形していた。形状としては巨大なミル貝と言ったところだが、その先端から赤い光が放たれ———、


「———FIRE」


 義経のロボットへ向かって光線が放たれる。

 あちらから放たれる光線を迎え撃つために。

 こちらは赤い熱戦を、ロボットからは黄色い熱戦が———空中でぶつかり弾ける。

 クウの赤か、コバキオマルの黄か。

 どちらの色がこの世界を染め上げるのか。

 それは———まだわからない。

 だけど———、

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