第29話 向日葵の葬儀

 向日葵の葬儀が行われたのは亡くなってから一週間後だった。

 殺人ということで世間の注目を集めてしまい。あまりに突然いなくなってしまったので、騒ぎが落ち着くまでそれだけの時間が必要になった。

 殺したのは———荼毘だった。

 あの後、屋上で荼毘と対峙した後、僕が豪來さんと戦っている時。

 何が何だかわからず必死で逃げていた荼毘は偶々、向日葵と遭遇してしまった。

 それで、突発的な衝動に襲われ向日葵の首を絞めて殺してしまったらしい。


『あいつだって私の大切な人を殺したんだから、私が殺してもいいでしょ‼』


 荼毘は警察に殺人の動機についてそう説明したらしい。

 そして、それ以外は、その言葉以外は要領を得ない供述ばかりで精神状態を疑われ、近いうちに精神鑑定にかけられるそうだ。何でも「腕の中に銃を仕込んでいる女の子」だったり、「高校生が人間を吹っ飛ばす怪力を持っている」だったり「自分の彼氏が一瞬で消えた」だったり「自分は死んで生き返った」だったり……とても現実離れした、マンガみたいな供述を繰り返している。

 昨日の夕方報道されたニュースによると、警察は荼毘の部屋の引き出しの奥から自作の漫画が見つかったらしく、それは男の子が好きそうなバトル漫画で、それが一番考えられる内で動機として有力視されているもの、らしい。


『漫画好きの女の子らしく、自分の妄想と現実の区別がつかなくなってしまったんでしょう。彼女の創作漫画の中で彼女の供述と似たような描写がありました。被疑者少女は去年、両親の離婚を経験し、再婚した父親から性的な虐待を受けていた事実も判明し……』


 そこまでの報道を聞き、葬儀会場に行く時間になったのでテレビを消した。


 ◆


 雨。

 雨が降る。

 葬式はつつがなく終わり、悲しみに暮れる参列者に見送られ向日葵の身体を入れた棺は霊きゅう車に運ばれていく。

 会場前で立ち尽くしながら、このまま彼女は肉を持った生き物だったものから、よくわからないグレーの粉として、この世界に溶けていくんだと何だか詩人めいたことを考えていた。


「あの! すこしお話宜しいでしょうか⁉」


 マイクを持った報道員らしいスーツを着た女の人が、僕を見るなり近づいていて来た。

 僕は完全にそれを無視して会場を後にした。マスコミというものは世間というものはいつもこうだ。自分の興味を、知的好奇心の飢えを満たすために、知らなくていい事を必死で知ろうとする。それがどんなに残酷な行為だと知らなくても、知ったところで自分の好意を正当化し、知ろうとするのは日本国民に与えられた当然の権利だと意味の分からない理屈を持ちだす。

 そんなパンダのような興味の対象になるのは嫌だったので、逃げ出した。

 そしてただ、歩く。

 目的地もなく、漠然とした歩みで、何処へ向かうもなく歩く。

 ただ、ただ、向日葵のことについて考えながら。

 何かできることがあったんじゃないかと考えながら。

 雨の中、傘もささずに歩く。


「体を冷やすことはよくないことでございます」


 サッと頭に当たる雨粒を遮られる。


「クウ……?」


 気が付くと、彼女が傍にいて僕に向けて傘をさしてくれていた。

 向日葵を失っての一週間、クウが何をどうしていたのかは詳しくは知らない。気が付くと傍にいたが、現実の存在ではない彼女がどのように暮らして、どのようにこの世界に馴染んでいったのか、僕はそちらへ興味を向けられる精神状態じゃあなかったのでさっぱりわからない。 

 だが、気が付けば彼女はこの世界で買い物をするようになって、この世界の服を身にまとうようになり、傘も持ちだすようになった。

 この世界の常識を身に着けていた。

 そして———僕に寄り添って世話をしてくれるようになった。


「ご主人、雨に打たれて何処へ行くつもりですか? こちらの方向には家はありませんよ?」


 クウが平然とした様子で尋ねる。


「クウ……クウ……⁉」


 彼女の顔を見て、ハッとした。

 クウって、あの力を使えるクウだよな⁉

 どうして、今までボーっとしていた……クウには力があることをどうして気が付かなかった。

 僕は彼女の肩を掴む。


「クウ! 向日葵を蘇らせてくれ!」

「はい?」

「この間、僕が殺してしまったおばあちゃんを蘇らせたように。クウの力なら向日葵を———」

「…………」


 クウは、答えなかった。

 だが、それが何よりの答えだった。

 彼女は僕から目線を逸らしたのだ———悲しそうに。


「———あ」


 絶望的な気分に襲われた。

 向日葵は……生き返らない。

 生き返すことはできない。

 僕には、何もできない……。


「だったら、だったら……向日葵は何のために生まれてきたっていうんだ……」


 雨でぬれるアスファルトに、崩れ落ちる。


「ごしゅじ、」


 そんな僕に声をかけようとするクウを、ピタリと制止させる———第三者の声が響いた。


「———向日葵の人生に意味などないのじゃ。おい・・よ」


 その———声は、聞こえた声は……可愛らしい幼げな女の子のような音色なのに老婆のような妙な言葉遣いをしていた。

 振り返る。


「よし……つね……」

「おいよ。大丈夫か?」


 椅子に座った義経がそこにいた。

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