reunion

「……無理だよ……。本当なら、こうして会う事も、どんなにあの人たちを説得するのに時間がかかったと思う? 必死で……、燈ちゃんが……が、君に、逢いたかったから、君が、好きだったから、君が、大切だったから、ただのAIに仕込まれた、データが、私をここへ運んだの……。君も、分かるでしょ?私は、燈ちゃんの記憶を持っただけの、全く違う個体だって言う事」


「また……、僕を独りにするの? また、僕を置いて行くの? また、僕は燈とさようならしないといけないの?」


「……言わないで……。私は……、らい。……燈ちゃんじゃ……ないよ」


「でも……知ってる……。この手の温かさは……燈だ……」


「……。君……、ずいぶん狂ってるね……。AIに、温もりなんて……。燈ちゃんは……、成功作だから……、きっと、温もりがあったんだろうけど……」


?」


「……私は、もう、後2~3ヶ月で、破棄される……。燈ちゃんのデータを……入れ過ぎたって……。その上、肉体的にも、燈ちゃんとは比べ物にならないほど、低レベルなんだよ。言わば、私は、失敗作……ってこと」


「……!」


僕は、どうしても、湧いてくる憎しみを抑える事が出来なかった。……、どこまで残酷なんだ……。どこまで人間であることを捨てたんだ……。どこまで人の……AIの心を弄んだら気が済むんだ……。


「……す……殺す……」


「君?」


「アイツら!!! 殺す!!!!」


どこにいるのかも分からないあいつらをめがけて走り出そうとした僕の手を、萊は、グッともの凄い力で制止した。


「哩玖!! 落ち着いて!!」


「これが落ち着いていられるかよ!! あいつら!! 燈だけじゃなく、萊までおもちゃみたいに!! ゴミみたいに!!」


「哩玖!!!!!」


萊の手を振り解こうと、振り向いた僕は固まった。萊は、自分には感情は無い。失敗作だ。と言って置きながら、悲しそうに、悔しそうに、辛そうに、苦しそうに、痛そうに、顔を真っ赤にして泣いていた。




只……、その顔は、笑っていた――……。




「大丈夫よ。私は。君は、辛いだろうけど、燈ちゃんの事を忘れるなんて、簡単には出来ないと思うけど、でも、燈ちゃんの為にも、前に進んで。こんな所にいちゃ駄目。こんな所にとどまってちゃ駄目。幸せを諦めちゃ駄目。燈ちゃんの死を……、無駄にしては駄目……」


「……萊……」


「燈ちゃんが、悲しむよ? 燈ちゃんは、君に、幸せになって欲しい、そう言ってる。私を、思い出にして、前に進んで……って。お願いよ。哩玖。憎しみと悲しみで人生を犠牲にしないで。それは、燈ちゃんが、1番望んでいない事だよ? だから、私たちの事は、もう、忘れて、普通の恋を……愛を……、育める人に、なってよ……」


萊の、真っ赤な笑顔が、心に刺さった。憎しみと怒りでいっぱいだった頭と心が、その顔で、また、切なさと、愛しさに満ちて行く。


忘れる……。出来るだろうか? そんな事。


でも、そうするしかないのだと、萊の顔を見て、思った。僕より、ずっと、ずっと、ずっと、悲しくて、辛くて、苦しくて、憎くて、怒りでいっぱいのはずの、萊が、される運命を、背負ってもなお、僕の為にあいつらを説得してまで、逢いに来てくれた事を、無意味にしてはならない――……、それだけは、僕にも分かった。


燈の記憶だけを持ち、恋をしたまま、燈のように自由には……燈も、決して自由ではなかったのだろうが、それでも、萊は、少なくとも、燈よりずっと不自由なはずだ。ずっと、怖いはずだ。自分を、と呼んだ、あいつらに、怒りや、憎しみがないはずがない。それなのに、僕の為に、僕を、前に進ませるためだけに、僕に逢いに来てくれたのだ。その萊を、萊の想いを、踏みにじるような真似は、どうしても、出来ない。


そう想ったら、萊が掴んでいた僕の腕から、すっと力が抜けて行く。


「そう……。それで良いんだよ。哩玖」


そう言った萊は、そっと微笑んで、燈より、高い身長で、高校生の時より何センチ伸びた僕のくちびるに、背伸びもせず、楽々とキスをした。


「ごめんね。燈ちゃんじゃなくて……」


そう言うと、そっと、僕の背中を追い越し、振り向く事の出来ない僕を、大丈夫だよ、って言ってるみたいに、燈と同じシャンプーの匂いを残して、遠ざかって行くのが見えずとも解った。




もう、燈と……AIと、逢うことは、ないだろう。でも……、だからこそ、僕は、萊の言葉を噛み締めた。


『憎しみと悲しみで人生を犠牲にしないで』


僕は、これから、少しずつ、進んでいこうと思う。憎しみや悲しみは、もしかしたら、そんなに簡単には消えない。燈を忘れる事も、多分、難しい。萊が残したキスが、痛い傷になった事も確かだ。


でも、それでも、僕は、燈が生きている事が嬉しかった。どんな形であれ。




燈が、例え、AIだったとしても、僕の青春そのものだった事に、なんの変わりもないのだから。


青春は、誰しもが、どこか痛い想い出になって、そして、いつか、美しい想い出となってゆく。それに、他人とは少し違って、時間が多少かかっても、僕の青春も、いつか、美しい想い出になる日が来る。


――……今は、そう信じて未来を見て歩いて行かなければならないのだろう……。




この、再会を、糧に――……。

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