僕を『君』と呼ぶ『君』
ある日の帰り道だった。僕は、本当に驚いたんだ。そんなことあり得ない。僕は、幻を聴いたんだ――……。
「君!」
「!」
僕は、慌てて振り向いた。
そこに、立って、笑っていたのは――燈……ではなかった。でも、声、悪戯な笑顔、ちょっと僕を馬鹿にしたような呼び方……。
「君は、橘哩玖君?」
「……」
「何か答えてよ。私、質問してるんだよ?君に」
「だ……れ……?」
「……燈ちゃんが、お世話になったね。『きっと、君の事だから、いつまで経っても、自分を忘れられなくて、苦しんでるだろうから、様子を見に行ってあげて』って、燈ちゃんにインプットされた記憶が私に語り掛けるの。でも、君も知ってるよね? 私や燈ちゃんの事は、知られてはならない事。でもね、君を想う燈ちゃんの心が、私に叫ぶの。哩玖を助けてあげてって」
「君は……、君もAI……なのか?」
「……そうだよ。私は、第2号。燈ちゃんのデータを解析して、新たに開発された、試作品第2号」
彼女は、そう言って、笑った。……でも、その笑顔は、とても寂しそうだ。燈の……、燈の記憶が、気持ちが、想いが、瞳に映っている気がして、僕は気が付くと、涙を流していた。
「ふふ。やっぱり。燈ちゃんの……あの人たちの思った通り、君は、燈ちゃんがまだ好きなんだね?」
「燈は……死んだの?」
「……そうね。人間で言えば、そうなるね」
「もう……2度と会えないの?」
「……そうでもないんじゃない?」
「え!?」
「私の頭の中には、燈ちゃんの記憶もインプットされてる。あの人たちの、唯一の人間らしい所なのかもね。燈ちゃんを、完全に殺すことは出来なかったみたい」
「……君が……燈……って事?」
「君は不満だろうけど、そうなるね。顔も、身長も、性格も、かなりいじられてるから、君にとっての、燈ちゃんとは、どうしたって違うけど……。でも、燈ちゃんが、私に叫ぶの。『哩玖を、哩玖を、孤独から救い出してあげて』って」
「燈は……他に何か言ってないの?僕に……僕に……何か……」
「……ごめんね。それ以上は、私にも分からない。燈ちゃんは、それ以上は私に知られたくないみたい。きっと、君って私が君を呼ぶ事だけが、燈ちゃんの許した、残したかった、大切な記憶なんじゃないかな?」
「……ふ……」
僕は、膝から崩れ落ちた。燈が、まだ、僕の事を憶えている。僕の事を、心配してくれている。僕を、独りにしないで欲しいと――……、僕を、きっとまだ、好きで居てくれている。
そう想ったら、涙が止まらなかった。その子の名前を聞くのも忘れて、その子の名前を失礼ながらもすっ飛ばして、僕は、その子を抱きしめて、こう言った。
「燈……好きだ……」
「…………」
彼女は、何も答えない。きっと、感情は無いに等しいのだろう。燈の記憶だけで、僕を慰めてくれているだけなのだから。
「「…………」」
彼女は、僕が彼女を抱き締めている間、何もしゃべらなかった。でも、僕の背中に手を回し、そっと、抱き締め返してくれた。
僕は、燈を抱き締めているような感覚を消すことが出来ず、ひたすら、彼女の、AIの温もりに、生身を感じ、泣き続けた。
「…………私も…………燈ちゃんになりたい…………」
彼女が長い沈黙を破り、思いもよらない言葉を発した。僕は、慌てて、抱き締めていた腕をそっと解き、彼女の顔を覗き込んだ。
彼女は――……、泣いていた。
「私は……私も……、いつかは、燈ちゃんのように、不要になる日が来るの。だから、私は、恋はしたくない。燈ちゃんの叫びが心の中で響く度、私も、恋をしたら、いつか、誰かを置いてけぼりにして、自分も大切な想いを封印されて、破棄される……。私は……誰も、好きになりたくない――……。でもね、私の頭には、どうしても、燈ちゃんの記憶が……君を想った日々も、悦びも、愉しさも、そして、誰かを好きなるって言う、人間にしかないはずの感情が、燈ちゃんを通して頭に響くの。……ううん。……違うね……」
「え……?」
「誰かじゃない。君。私は、燈ちゃんのデータの蓄積で試作されたAI。君以外、好きになる事はない。恋は、したくないのに、もう、造られたその日から、私は、君を想っている……」
「行かないでよ……」
僕の口から、零れたのは、無理だと、不可能だと、あり得ないと、解っていた言葉だった。それでも、言わずには、いられなかったんだ……。
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