あの人は、今
美空重美
第1話
「かんぱーい!」
「おつかれさまー!」
缶チューハイをカツンと鳴らす。
「いやー、お互い就活終わって良かったなー」
「ほんとだね。このまま決まらないかと思っちゃった」
「おっかしいなー。夏前にサクッと終わらせる予定だったのに」
「どうして秋までかかったんだろう。ウチら天才なのにね」
「それなー。この天才たちを落とすなんて、マジ見る目無さすぎだわ」
「あっ、そういえば、さ……」
私は、二人しかいないのにキョロキョロと目だけを動かす。
「急に囁き声になって、どうしたん? なんかヤバイ話?」
「いや、そうでもないんだけどさ……郷田先輩って覚えてる?」
「めっちゃ覚えてるよ! ヤバイ人代表じゃん!」
「ちょっと、そんな大声出さないでよー。びっくりするじゃん」
「ごめんごめん、懐かしくて、つい」
「あの人今どうしてんだろう? 卒業はしてったよね」
「え、梓知らないの? トヨタ行ったよ」
私は頬張ったスルメを二、三本口から落とした。
「マジそれ」
「マジマジ」
「あの郷田先輩が? ちょっと、まさか郷田違いで話してないよね? スーパーヒーローの郷田だよね?」
「他に共通の郷田って誰がおるん。スーパーヒーローになりたがってた、頭のおかしい郷田先輩だわ」
「あの人がトヨタ? 世も末になったもんだ」
「ほんとな。そういや、あたしアイツに一回ビンタされたことあるわ」
「嘘? それどんなシチュエーションで」
「なんかさー、『蚊が止まっております』とかなんか言って、思いっきりバチーン」
「はあー? ホントやばいやつじゃんね。ウケるんだけど」
「でっしょー。だからお返しにビンタしてやった」
「アハハハ。舞らしいね。笑いすぎてお腹痛いわ」
「それくらいせな怒りが収まらん」
「それもそうか。ウチも昔、郷田先輩に絡まれたなあー」
「どんな?」
「んっとね。七号棟と八号棟の間にツバメの巣あったでしょ? すっかり忘れてて、あそこの下通っちゃったの。そしたら運悪く鳥フンかけられそうになっちゃって。そこで郷田先輩の登場。ダーッと走ってきたかと思ったら、傘広げて助けてくれたの」
「えぇ、珍しくいい話じゃん。それで?」
「そこまでは良かったんだけど、鳥フンついた傘をウチに押し付けてくるの。うっかり受け取っちゃって、そのまま傘もらいっぱなし」
「うわー、最低! 超ありえないんだけど。ふつー、クソついた傘渡すか?」
「そう思うでしょ? なんか捨てにくいし」
「あ、その傘もしかして、玄関に置いてあるやつ?」
「そうそう。フンだけとりあえず落として、そのまま放置。社会人になったら引っ越すだろうし、その時でもういいかなーって」
「いいんじゃね? 色んなゴミ出る時だし」
「だよね」
「はあー。卒論終わるかなー」
「あれ、珍しく弱気だね。もうアルコールまわった?」
「んなわけ。まだ本文にかかってないから、ちょっと焦ってんだよ」
「郷田先輩でも終わったんだから、舞なら楽勝でしょ」
「あー。それは言えてる」
「とりあえず、明日から頑張ればいいじゃん」
「そうだなー。まっ、今日は飲むぞー!」
あの人は、今 美空重美 @s_misora
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