彩色の楽園

黒猫夏目

第1話 理想の一人暮らしはメイドによって砕かれる

 ここが……。

 フライト約6時間の時を経て目的地に降りつく。

「ようこそ人工学園都市colorへ。私、島内のインフラ及びQL強化を担当させていただいております榊原と申します」

 初めに出迎えたのはぴっちりとしたスーツ姿に包まれた秘書のような女性であった。

「これより皆さまの主拠点となる学園へ案内致しますがその過程で、抗原検査とワクチン接種の方を受けて頂きます」

 先に進む入学者らの後ろをついていくとパンフレット等が入ったファイルとスマートフォンのようなものを渡される。島内では基本的にネットワークが使用できないらしく、独自回線に対応したモデルとして支給されるらしい。しばらく歩くとぼやけて見えていた学園の姿がはっきりと認識できた。

「でけぇな」

 限られた島内の面積を活かすため高層の建設物が目立つが、その中でも一際巨大である。空中にはドローンが浮かんでおり、入学者らを迎えるように踊っている。


「こちらが皆さまの通われる学園です。2回生に当たっては第2棟、右手を利用されます。現1回生の利用する第1棟とは離れていますが、飲食・会議・休憩に利用される第4棟で上級生との交流も盛んにおこなわれることとなります。周知のとおり、こちらは去年設立された学園ですので上級生に当たっては後輩ができることを心待ちにしております」

榊原による紹介を終えると、着信音のような音が一斉に鳴る。周りと同様にデバイスを取り出すとメッセージが表示される。

「1年E組アスタ様。この度はご入学おめでとうございます。以降については当デバイスの指示に従うようお願いいたします。第2棟6階4教室にて検査を行います。10時40分までに所定の場所に移動してください」

「既にご確認された方もいますが、私の案内はここまでとなります。これよりは各自デバイスに従って行動してください。エレベータは混雑しますので低階層の利用時にはエスカレータの使用をお願いいたします」

 



 検査というからにはそれなりに時間がかかるものかと思っていたが、注射1本ものの数分で終わる。ここまで榊原以外の人物とは誰とも会っておらず、この検査もすべて機械の案内通りに事が進んだ。

「検査お疲れ様でした。続いて11時30分より入学式を開始致します。案内を開始しますか?」

 メッセージの下には選択肢のコマンドが表示される。はいを押すとマップが表示された。同一のつくりが多く初見では迷いかねないのでこういった道案内は助かる。

そうして辿り着いた先は講堂、一番奥にはステージが用意されており、それを聴衆が囲むように席がずらりと並んでいる。

 すでに6割近い席は埋まっていた。デバイスを再び確認すると席番号が表示される。一番後ろの真ん中の席だ。


 

 しばらくして校歌の音源とともに講堂内は闇に包まれる。そして天井から向けられたスポットライトに当てられた人物は、ステージの上でマイクを受け取る。

「やぁみなさん、おはようございます!フライトの時間は如何でしたか?休む間もなくこちらに連れてかれご不満の方には申し訳ない!」

 一張羅だろう派手なスーツを着た、見た目30代くらいの若い男はマイクが必要ないのではと思わせる声量を拡散させる。

「しかーし!ご安心頂きたい。私のお話を聞いていただいた後には皆さんそれぞれのルームに向かっていただくことになっている。家具も食事も用意されているのでしっかりと今夜は休息を取っていただきたい!」

 時差ボケかあまり寝付けなかったからか椅子に座っている状態でもこくりとしてしまいそうな自分にはありがたい。


「淡い春、この3年間は君達にとって今後を決定づける大変貴重な期間にあたるだろう。この中の多くの生徒はまだ先のことだと感じているだろうが、そんなことは決してない!ただ多くの学生がこの期間に成すことを成せていない、その認識が広がっているだけである」

 断言するとともにプロジェクターから投影された映像には現在若くしてその才能を認められたプロの活躍。スポーツに疎い自分でさえ見たことのある人物ばかりだ。

「君達には世界レベルの人材、スターへと成長してもらいたい。その種―原石はすでに君達の中に根付いている」

 世界、か。大きく出たな。目標として映し出されたプロたちは皆が皆幼少期から訓練を費やし、その中で才のある者たちが世間の目に止まる。とても自分には当てはまらない大きすぎる壁がある。そもそも俺がこの学園を選んだのは学費も生活費もかからないからであって崇高なものなど持ち合わせてきていない。どこか他人事のように彼の話を聞き流す。


「3年間だ。君達に残された時間は」

 そんな考えを見透かすかのようにマイクを通して低く響く言葉は、聴衆らに背筋を伸ばさせる。。

「君たちがどう目覚め、どんな花を咲かせるか私は楽しみにしています。これにて学園理事を務めますロマネによる答辞を締めさせていただきます」

スポットライトの光が徐々に絞られ真っ暗になると、講堂全体の灯りがついた。理事長の姿はもうない。

「成金みたいな恰好した人だったな」

そう悪態に近い感想を残してその場を後にした。



 

 学生寮はすぐ近くにあるようでマップを見ずとも人並みに続いていけば容易にたどり着けた。

 造りは学園に比べれば簡素であるが受付まであるところ内装に力が入っている。

「ようこそ。ご新規様ですね。お部屋を案内しますのでデバイスを近づけてください」

 機械音声に指示されるままに従う。するとデバイスにキー用のアプリがインストールされ、それを開くと部屋のアクセス権が認証された。案内は自動的に終了らしく、後ろにも列ができているのでそそくさと自分の部屋に向かう。

 廊下を歩きながら自身の部屋を妄想する。実家では共同で使うスペースばかりで自分の部屋は無かったので少しわくわくする気持ちがある。生活に慣れてきたらインテリアに手を出してみようか、自炊に挑戦してみようかなんて妄想が脳をめぐっている。

「ここか」

 デバイスを近づけて開錠した後ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。

 徐々にその内部が露わになる。そして、


「は?」

 リビングにてフローリングワイパーを手に作業する、メイドの恰好をした女性と目があう。

「すみません間違えましたぁ!」

 勢いよく扉を閉める。バグか?勘違いで本当は二人一部屋だったとしても女性と同じ部屋ではないだろう。

「あの~」

 ゆっくりと扉が開かれ顔を出す。

「間違いではありません。どうぞ中に入ってください」

 言い終えるとすぐに顔をひっこめた。内気な性格なのだろうか。ともかく扉を再度開く。

「初めましてご主人様。私はアイと申します。今日より家事等お世話をさせていただきます故どうぞよろしくお願いいたします」

 彼女は玄関前で正座しながらお辞儀を深くする。

 どうやらその恰好は趣味ではなく、業務の上での制服のようだ。食事の準備がされているとは聞いていたが世話人までいるとはまるで富豪にでもなったかのようだ。

「お疲れのことかと思いますがしばしお付き合いください。さっそくお部屋を案内します」

 立ち上がった彼女に連れられリビングに入る。大体8畳くらいか人ひとり過ごすには十分すぎる。ベッドや衣装棚、机椅子も既に配置済みで不満な点もない。

「キッチンは私が主に使用しますので都合のよい配置をしていますが家具等の設置にご不満があればお申し付けください。入浴トイレは玄関右手にあります。このあとはお食事、入浴どちらにされますか?それとも本日は就寝されますか?」

「ごはんにするよ」

少し移動したからか眠気も覚めていた。

「かしこまりました。席にどうぞおかけください」

 席につくとアイの手によって料理が続々と並べられる。4枚目を超えたあたりでさすがに止めた。つくりすぎるにしたって普通は分量だろう。



「アスタ様は食事中の談笑はお嫌いですか?」

「いいや、むしろ歓迎」

 初対面で緊張していることもあって無言で手をつけていたが、これから世話になる身だ。話せた方が都合がいい。

「それでは島内のシステムについてご紹介させていただきます。アスタ様は本学園の

指針、つまるところ教育方針についてはご存じでしょうか?」

「あー、確かエリート教育ってやつだろ。世界で輝ける人材育成を、とかなんとか」

 理事長の会話を思い出す。

「正解です。ではその具体的達成はどのようにして行われるのでしょう?」

「どう、だろうな」

 確かにそこについての説明はすっ飛ばされている。学園側の売り文句程度に考えていた節があり今になって気づく。

「この学園は指導によるそれの体得を目指してはおりません。教育的指導は高等教育の上位層に向けますがテストの結果で留年や落第となることはありません。本校では自主性。己が望む指針に向けて努力することを前提に、島内には様々な施設が設置されています」

 自主性、聞こえはいいが聞いた限りでは学園側は無責任にも感じられる。成れなかったらこちらの自己責任と言わんばかりではないか。

「すでにアスタ様が認知されている範囲では衣食住、そして教育が提供されています。しかしもう一つ、既に提供されているものがあります」

「すでに?」

 ここに来るときはほとんど手ぶらで電子機器すら持ちこめない代わりにデバイスが支給されたくらいだが。

「それは、才能です」

「まさか」

 真剣に話す彼女に半分呆れる。才能は生まれつきの象徴で後天的に与えられるものではない。才能を見つける場を提供するなら納得いくが、既に与えられたという言い回しに信じる余地はない。



「今は信じられなくともこの島内で目を背けることは不可能です。生き残るためにはそれを発芽させることが必須条件となりますから」

「んな大げさな。死ぬわけでもあるまいし」

「死にますよ」

「は?」

 間を置かない返答に思わず声が出る。死ぬ?ただの学校生活で?

「この島に法はありません。法というのは国家にあるのであって。国としての機能を持ち合わせていない島内ではこれまでの常識は通用しません」

「なら殺されようと知ったことねぇってことか?」

「基本的には。代わりに校則が定められており、中には法と類似するものがあります。これを破れば生徒会による摘発・拘束の対象となります。がそれも永久ではありません」

 ただ生活するにもリスクがある。はっきりいってイかれている。

「学園は才能という原石を研ぎ澄ますためにあってそれを抑圧する環境をよしとしません。しかしバランスブレイカー。あまりにも強大すぎる才能が現れ他が淘汰される状況を回避するために校則は効力を持ちます」

 ここで俺はある仮定を得ていた。理事長、アイの言う才能と元の環境が定義していた才能とは全くの別物だということを。



「ここまでで生存難易度の高さは理解していただけたでしょう。ですが残念なお知らせはもう一つあります。こちらをご覧下さい」

 壁に向かってプロジェクターから照射される。そこには俺の顔写真と総合評価が映されている。パラメータにより導き出された意味のあるE、驚くまではいかないがこれが現実か。

「評価値はリアルタイムで可変しますがアスタ様への評価は恐れ多いですが最下層、上位層に食いものにされる未来はそう遠くありません。従ってアスタ様には協力者、仲間を集めていただきます。それも可及速やかに」

「時間はあまり無さそうだな」

 唾を吞む。才能とやらが目覚めるまでの猶予が想像以上に少ないことに焦りを感じる。



「才能が芽生えるその時がリミッターです」


 端的に言えば友達作り。

 大げさに言えば学園生活の今後をかけたミッションが始まる。

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