第13話 交流試合の前に

 澪による豊穣の悪魔追撃戦。

 譲葉が王都に赴き、何一つ処罰を下されずに戻ってきた事実。

 二つの勝利は女学院の生徒たちが二人に向ける目線をまた変化させていた。


 敬意は以前のように戻るものの、澪と譲葉が犯したタブーに対する不快感が加わった現状は、実に気まずい感情を少女らにもたらした。

 敵意のない不干渉。邪険にはされていないが遠巻きに見られている。それが澪と譲葉の次なる立ち位置だった。


「──うちとしては、狩人を目指してる人間が政治事情に踊らされてるのは不思議に思えるんやけど、現役の狩人としてはどうなん?」

「環境が大きいと考える。ここが猟友会傘下の学院と言っても、生家と密に繋がっていれば無縁ではいられないのだろう」

「ま、それはそうね。うーん、やっぱりここは中途半端やねえ」


 射撃場にどこからか運んできたベンチに腰掛けたイオはパタパタと尻尾を振りながら、自嘲も含んだ微笑を浮かべる。


 今や、澪が私的に会話を交わす生徒はイオ一人になっていた。

 澪としても、態度を一貫して変えずに付き合ってくれるイオの姿勢には感謝を抱いているが、同級生との関係は大丈夫なのだろうかと思わざるを得ない。


 大半が狩人の道を諦める女学院において、自分の力不足を自覚しつつも足掻き続ける。

 そんなイオの姿は澪にとって好ましく、だから観測手の役を任せたのだが、女学院という場では浮いてしまうことも理解していた。


 一週間後に控えた交流試合に備え、肩慣らしをしていた澪は、撃ち尽くしたマガジンを取り外すと、拳銃をホルスターに納める。


「イオ、あなたは孤独が恐ろしくはないのか?」

「え、どしたん急に」

「私や姫と当たり前に関わってくれる生徒はあなただけだ。だが、そのせいであなたまで微妙な立ち位置になっているだろう」

「うん、まあ確かに」

「それが恐ろしくはないのかと、以前から気になっていた。だから、この機会に聞いておきたい」

「ふんふん、そういうことね」


 意外なものを見た、という顔で、イオは腕を組む。


「ちょっとびっくり。澪ったら寂しがり屋さんなんね」

「自覚はしている」


 エルダーガーデンから放逐された事実とは裏腹に、澪は常に理解者と共にあった。それはシトゥリであったり、修道院の姉妹であったり、譲葉であったり。

 イオ・アウラという少女と正反対の人生であることは、澪も悟っていた。


「……そうやね。うちは一人でも辛くない。ずっとそうだったから。でも、一人が辛くなりたいとはちょっと思う」

「そうか」

「そうそう。こんなうちでも、正式に観測手になれたらちょっとは変われるかなって少し期待してるんよ」


 自嘲を含まない、楽しげな笑み。澪はそうか、と呟いて、サブマシンガンを手に取った。

 動き続ける的を狙い、射撃を続けることしばし。ピロン、とイオが持つ通信端末が音を立てた。


「あ、ごめん。サイレントにするの忘れてたわ。……ん?」


 言いながらイオが画面に目を落とした瞬間、狐の耳がピンと立ち上がる。

 首が左右に傾き、尻尾はゆらめいて、イオの困惑を素直に示す。


「イオ?」

「……ちょいごめん。呼び出されたから行ってくるわ」

「そうか。承知した」


 走って射撃場から去るイオを見送る。怪訝には思えど、無理に聞き出すようなことではない。

 一人になった射撃場で銃を撃ち続ける。ピロンと、今度は澪の通信端末が音を立てた。


 今現在、連絡を取るのは譲葉が大半だ。

 今回も譲葉が相手であることを疑わず、澪は通信端末を取り出して、画面に表示されていた名前に思わず目を見開いた。


「……婆様?」




 イオはパタパタと走り、校舎の門へ向かう。

 外に用事があったわけではない。話し声が澪や譲葉の耳に絶対に入らないと確信できるまで遠く離れる必要があったからだ。

 

 ふう、と呼吸を整える。あたりを見回して、人の気配がないことを入念に確認してから、イオは通話を開始した。


「お待たせ。うちにわざわざ連絡してくるなんてどうしたん、森羅?」

『……頼み事がある。君にしか頼めないことだ』

「うちに?」


 はて、と首を傾げる。森羅から依頼されるようなことに覚えはない。

 遠く離れた森羅は静かに息を吐き出すと、申し訳なさげに言った。


『カデナの金狐である、君にしか頼めない』

「ごふぅっ!?」


 思い切り、吹き出した。

 周囲に誰もいなくてよかったと心の底から思い、同時に激しく動揺する。


 どうして。なぜ。確かに森羅の立場なら知っていてもおかしくはないけれども。いやでも、醜聞を知っているのは当事者たちとカデナの中枢だけだったのでは。

 混乱の極みにあるイオへ、森羅はさらに申し訳なさげに告げていく。


『……やっぱりそうか』

「鎌!? 鎌かけたんかあんた!」

『半分ほどは』

「くっ、この……!」


 犯した失態とあまりの悔しさに歯軋りをする。

 けれど、森羅はカデナの醜聞をネタに何かを企むような人間ではないと思い直し、イオは声を潜めて問いかけた。


「うち、ボロを出したつもりはないんやけど。どういう経緯で悟ったん? うちが、その、隠し子やってこと」

『先日の、譲葉姫の弾劾。父の代理で俺が出席していたのだが、そこでカデナの直系が女学院にいるらしきことを耳にしてな』

「……はあ、そういうこと。そら消去法でうちになるわね」


 表向き、女学院にカデナの娘は在籍していない。カデナの特徴である金の毛並みを持っている狐の獣人もイオ一人。

 女学院の生徒すべての情報を把握しているのなら、推測も難しくないのだろう。


「で、頼みってのは? うちにしかできないことって?」

『……血液。血液を、分けてほしい』

「え、それだけ? いや、そのくらい別にいいんやけど、だったら本校の知り合いに頼んだ方が早いよね。交流試合までに必要なんやろ?」


 吸血鬼は他者の血液で自らを強化できる。

 誰もが知っている常識なのだから、狩人相手の交流試合を控えた今ならば誰も拒まないだろうに。

 イオの率直な疑問に対して、森羅は少々の沈黙の末に、苦しげな声を発した。


『イオ。俺たちにとって、人から行う吸血のことなんだが……親愛、特に求愛の意味合いが強い』

「…………え?」


 予想外の言葉にイオの動きが固まる。呆気に取られ、呼吸すらも止まる中、森羅も言い訳を重ねるように続ける。


『だから下手な相手には頼めないんだ。吸血鬼は論外、近い距離にいる人間だとエルダーガーデンの中に妙な憶測を生みかねないし、俺も意識せざるを得なくなる』

「そ、そう! そういうことね! そらうち以外には頼めないか! うちだって一応は四公家の縁者やし、こんだけ距離が離れてれば誰の血なのかもあやふやにできるし」

『ああ。……頼めないだろうか、イオ。君がゼロと親しいのは知っているが、その上で協力を願いたい』

「うん、いいよ。今からそっち向かうわ」


 迷う素振りすら見せず、イオは頷く。

 森羅が戸惑っていることを察し、イオは理由を告げた。


「確かに澪とは友達よ。でも、あんたとだって友達やし、一度は戦った仲やしね。エルダーガーデンの天才が修道院の狩人相手にどう挑むのか、うちに見せて」

『……感謝する』

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