彩り、誤り、謝って

@kubiwaneko

『彩り、誤り、謝って』

どうすれば、救われるのだろう。

何をすれば、赦されるのだろう。

考えても思考しても、何一つわからない。

だから、だったら、それなら――


         1


紙に印字される独特のインクの匂いと、そしてそのインクが綴る文字を読みながら、一人の青年は登校していた。

彼の名前は宇野唯斗(うのゆいと)。根の奥深くまで陰気な訳では無いが、決して表面が明るいわけでもない。

そこそこの見慣れた顔なじみの友達が数人居る、軽いインキャと敬称するのが丁度いいだろう。

一緒に登校を約束する幼なじみの女の子なんていないし、同じくそんな約束をする親友もいない。登校が偶然かちあったら一緒に行くし、誰とも会わなければ一人で本を読みながら静かに登校する、そんな程度。


「よっ! 唯斗!」

「おはよ」


どうやら今日は『偶然』の日のようだ。

友達として声をかけられ、そして友達として返答をする。しかし驚くことに唯斗はその友達と呼ぶべき人間の名前を覚えていなかった。――否、覚える気がなかったのだ。

そこそこで生きれればそれでいい。人から侮蔑されなければそれでいい。だから、その場をのらりくらり凌げればそれでいいのだ。やる気は出ないし、起こそうとも思わない。


「今日って体育あったっけ? あったら俺ヤベーんだけど」


友達A(仮称)が笑いながら話を展開してくる。

その話に適当に乗りながら歩けば、いつの間にか辿り着くのは自分の通う高校の1教室である。


「おはよう! 唯斗くん!」


いつも挨拶してくる女子が、今日も飽きずに挨拶してくる。顔にはまるでマッキーで黒塗りされたかのようにガビガビで、なにも見えないけれど。


「おはよう」


軽く会釈をして、席につく。

教師のつまらない話を聞き流して、適当に授業を受ける。とはいえ進学できなければ『そこそこ』すらも叶わないので最低限の勉学を唯斗はしていた。

名前も覚えていない友達と他愛ない話をして、顔すら見えない女子と仕方なく接する。

――ふと、考えるのだ。


「つまんないな」


時々、時折、しかし確実に考えること。

このまま生きていってもつまらない。やる気がでないのもこの世界がつまらないからだと唯斗はなんとなしにいつも考えていた。


「……今日はこれで終わりだ!」


そんな思考をしている内に、いつの間にか帰りのHRが終わっていた。

普段なら思考を遮られた時点でそんなこと考えるのをやめるのに、何故だか今日は思考を巡らす熱が絶えなかった。

――つまらない世界、ありきたりな世界、そんな世界をどう変えれば自分にとって『面白い』世界へ変貌を遂げるのだろう。

面白いってなんだろう。何が面白いんだろう。

楽しいってなんだろう。何が楽しいんだろう。

ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐると。

巡り巡らせ、考える。

何が、どうして、どうやって、どのように。

一つずつ思考と疑問を紐解いていけば、そこに見えるのは必然的に答えとなる。

面白いってなんだろう。面白いって変化だ。

楽しいってなんだろう。楽しいって自由だ。

じゃあ、それを感じるには何をしたらいいんだろう?

変化を一番実感できるのはいつだろうか。

――人の感情が移ろうとき?

なら、それを一番大きく出せるのはいつ、どんな時で、どんな状況で――


『次は、〇〇駅ー〇〇駅ー』

「!」


いつの間にか最寄りの駅についていた。

これほど時間を忘れられるものは今までの18年間1回もなかった。

――今まで退屈で、つまらない世界が思考実験だけでこんなにも面白くなるとは知らなかった。

じゃあ、それなら、そうだとしたら。


「実行すればもっと面白いじゃん」


唯斗は気づかなかったが、傍から見ている人間からしたらその顔は恐ろしいものだった。

見ただけで冷や汗をかくような、慄くような、命の危機を感じるような、逃げ出さないといけないような、そんな恐ろしい笑顔をしていたからだ。


          2


綿密に、緻密に、計画を立てる。バレないように、決して暴かれないように。

まずは学校のイベントに合わせて手袋を買う。体育祭の近い時期なら怪しまれないからだ。

指紋のつかぬ物を手に入れ、次なる必要物は殺傷能力の高い獲物である。――とはいえ、両親の死んだ家に包丁があるのでそれを代用すれば、


「あ、だめだ。事前の指紋ついてる」


この思考すらも、また世界を彩る添え物である。

新品を唐突に買うのは即席を辿られてしまうかもしれない。

何を使えば、どうやれば。


「……あー」


――いけない。

唯斗は自分の癖に気づいた。楽しくなってくるとにやけてしまい、そしてそれは自分では抑えられないということである。

新品はダメ。自前の物もダメ。ならば――、


          3


「ね、やっぱり駄目だってまだ心の準備が」

「そう言っていつまで日和ってんだよ」


爽やかに笑うのは唯斗の親友A――秋原健人(あきばらけんと)である。

そして準備ができていないと必死にまくしたてるのは、唯斗から見て顔にボヤボヤのかかった女子――佐野友美(さのゆうみ)である。

今2人が立っているのは、唯斗の下駄箱前である。要するに友美は唯斗に告白したいのだ。

友達として好きなどいうものではなく、異性として好き。

だが問題があった。

――友美がヘタレであることだ。

高校に入り、唯斗に心を奪われてから早2年半。なんと進展は朝に挨拶できるようになった程度である。

そこで出てくるのが爽やかイケメンである健人だ。

唯斗と友人である数少ない存在の健人は、基本お節介の性格なのだ。ヘタレで尚且つわかりやすい友美を見て、健人の方から助け舟を出した。そんな流れで2人は今唯斗の下駄箱前にいるのである。


「まさか俺が間をもって、それでも1年かかるとはなぁ」

「ヘタレって言ってる?」

「言ってる」


殴られた。痛い。

素直に思った事を言ったのに、何故攻撃されるのか。


「なんか……残念野郎って言われるのそういうとこだよね」


爽やかイケメンだが彼女の居ない理由はここであると、彼と唯斗以外の全員は知っている。

――話が脱線した。そんな雑談をしている暇はないのだ。

今日こそ、友美は唯斗に想いを伝えるために動くのである――!


「……やっぱ無理ぃ……」

「――」


へたり込む友美を憐れむ目で健人が見る。

――次の瞬間。


「ぁっ!」

「もうさ、こうしたほうが早いって」


健人は友美の手に優しく握られていた手紙を奪い、唯斗の下駄箱に放り込んで友美を抱えて校舎裏に向かった。

口挟む隙のない素早い行動であった。

睨まれるのは必要経費と割り切ることにしよう。

そして校舎裏で待つこと数時間。


「嘘だろあいつ」


とうとう唯斗は来なかった。

今は10月、すぐに日の落ちる時期であり、実際もう日は落ちて辺りは真っ暗であった。

――と、健人のスマホが振動するのと同時に通知音を鳴らす。


「ん?」


見れば、通知は唯斗からのものであった。


『すまん、用事があって行けなかった。呼び出しはまた今度で』


その文章を友美に見せる健人は肩透かしを食らったと肩をすくめ、友美は少し安堵したような表情を見せていた。


「だからそこで日和んなって……ぁ痛っ」


そんなやりとりを最後に、2人は別れてそれぞれの帰路についた。


          4


健人の両親は共働き。つまり行方不明でもすぐには見つからないということだ。

だからこそ、人通りの少ない場所を通る彼を哀れに思う。


「……ずっと放置されて冷えた死体なんて、ホント可哀想だよなあ……」


その声音は、喋る内容と違い全く哀れむ感情を含んでいなかった。

そう呟いた彼――唯斗は黒のパーカーを深く被り、健人の背後に音もなく回り込む。


「――よっ健人!」

「あ? なんでお前こっちいんだよ。ってか用事は――」


――何かおかしい、と健人の脳は警鐘を鳴らしていた。

何か、熱い。どこが、どこが。

足もふらふらする。帰路の距離なんて大した距離じゃないのに、なんで今日に限って。

というか何故唯斗がここに――、

そこで健人は気付く。目の前にいる唯斗が両手に握っている包丁の先5cmほどが、自分の体に突き刺さっていることに。


「ぁ……!? が、ぁああぁ――ッッッッ!!??」


痛い、苦しい、辛い、熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


「い……いぎ…ぃ……ぃた……ッ」


脳が灼熱に焼かれる。そう錯覚するほどの『熱』――否、その熱すらも錯覚である。

熱と間違えていたのは痛みだ。

正確に脇腹を刺されたことによる痛み。それが健人の脳をこれでもかというほど焼いているのだ。

警鐘が鳴る。嗚咽が漏れる。同時に嘔吐も。

倒れた健人を見下ろす唯斗は手を差し伸べようともしない。

それどころか、どこか楽しそうな笑みすら浮かべ――


――


「ぁ」



―――――――ぷつん。


        ■■■


躊躇い、迷い、見られない。

愉悦、愉快、止まらない。

この世にこんな楽しいことがあったなんて!

あの刺したときの感触、戸惑い、そして自体を理解したときのあの目線。全てが唯斗を快感の境地へと誘っていた。

脳を快感が支配する。

つまらなくない。面白い。楽しい。


「これだよ……これ……」


未だ笑いは止まらない。

口の端から愉悦に染まった声が漏れ出ることを止められない。

今唯斗が握っているのは健人の家にある包丁である。

友達などという関係になってから何度か家に上がったときに、健人が良心で合鍵をくれたのだ。「辛いことがあったらいつでも泊まりに来いよ」と言って。


「それ、悪用されてどんな気分だろうなぁ……なぁ……どうなんだよ……って、もう死んでっから答えられねえか」


自分のギャグに自分で笑う。しかも笑う内容が内容である。唯斗の精神は既に狂人の域に達していた。


「さて……明日が楽しみだなぁ」


黒いパーカーの青年は、誰にも見つからぬ夜道を一人で優雅に歩いていく。

世界がどうすれば彩るのかしれたことによる愉悦で笑みを浮かべながら。


          5


2日後。唯斗のクラスは――否、学校全体が震撼していた。

理由は当然、


「秋原が……死んだ」


クラス中が騒然とする。収集のつかない大騒ぎの集団へと変貌を遂げてしまう。

そして、普段は静かな唯斗も、その顔を珍しく驚愕に染めていた。

だが驚きの理由が違う。

唯斗の驚きは、死体発見に2日もかかったことだ。

以外と日本警察は無能なのだろうか。


「……怖い……」


顔に靄がかかっている女子が隣で震えていた。


「――」


それを見た唯斗は、内心を笑みで一杯にする。

人の変化、感情の変化、即ち唯斗の世界を彩る一つの要素だ。

漏れ出ないようにするだけで精一杯だった。というか少し漏れ出ているので誰にも見られぬように壁の方を向かなければいけなかった。


「ね、唯斗くん、大丈夫?」

「――ッ!」


いつの間にか俯いた唯斗に対して友美がその顔を覗き込んでいた。慈しむような、心配するような声音と共に。


「うん、大丈夫、だよ」


驚愕を抑えられずに言葉を返すが、その驚愕をなにか別の感情と受け取ったのか友美は「無理しないでね」と言って足早に教室から出ていってしまった。

――次の標的は決まりである。


          6  


連続殺人をすれば怪しまれてしまう。充分に期間を空けて、そして殺す。その考えの唯斗は標的を定めたその日から丁度2週間、世界を彩る行動の息を潜めていた。

だが今日で2週間。人間とは恐ろしいもので、2週間もすれば人が死んだことなど意識にあるもののそこまで気にしなくなるのだ。


「ひゃあ〜怖い怖い」


愉悦の声音。発言と含む感情の矛盾がここ最近頻繁に起こっている。

今は夜。またしても黒のパーカーに身を包む唯斗は今度は友美の背に回り込んでいた。

委員会のある日を見繕い、一人で夜道を歩くタイミングを狙う。流石に友美の家の包丁は手に入らなかったので、今回は健人の包丁をまたしても借りている。


「今回はわざと置いていくんだぁ……」


ほくそ笑む狂人は狂気に呟く。そして、ゆったりゆっくりと友美に手の届く位置まで近づき――、


        ■■■


唯斗も悲しんでいた。

友達が死んでしまって悲しむ唯斗に心配の声をかけて、そして俯く彼の顔を覗き込んで目も合わせてしまった。


「なんて……はしたない」


教室から逃げるように立ち去った友美はそう呟いた。

足早に教室を去らないとトマトよりも赤い赤面の顔を見られていた。

彼も寂しい思いをしているのではないのだろうか。

数少ない気の許せる相手が死んでしまって、悲しい思いをしているんじゃないだろうか。

顔に気持ちの出づらい人だからわからないだけで、本当は凄く、凄く辛い思いを味わっているんじゃないのだろうか。


「それは……やだなあ」


足を止めた友美は、その日の夜すぐに行動を起こす。

なんと自発的に恋文を書いたのである。

健人が死んでしまって悲しんでいるあの人を、今なら私が救えるかもしれない。

――本当は、ただ理由がほしいだけなのかもしれない。

人が死んだことを理由にするなんて、最低な人のやることだ。


「でも……」


あの人のあんな顔を、見たくない。

悲しむ顔より、時折見せる笑う顔が何より可愛い人だから。

最低の自己満足でも、例えそうだとしても人を救えるのなら――、


「躊躇わない……ようにならなきゃ」


結局書き上げ遂行下駄箱にインの諸々を行動に移せたのは2週間経った日のことであった。

もう唯斗の靴がなくなった下駄箱に入れたから、気付くのは明日の朝だろう。


「初めて、初めて自分からできた……!」


そうして、らんらんとした気分で夜道を歩いていく。

恋する乙女は妄想を膨らまして、希望の一歩を踏み出そうとして――、


「……ぇ?」


背中で圧倒的存在感を放つ異物に気が付いた。


「……ぇ?」


同じ声が漏れる。声というより空気だ。掠れた空気が、塞ぐ口が開いているから世の理に従って漏れ出ただけ。

痛い。どこが痛い。背中が痛い。――否、全身だ。特に痛いのが背中というだけで痛みは全身からくまなく発せられている。


「――ッッッ!!!」


乙女にあるまじき悲鳴。

嘔吐と嗚咽まじりのその声は、しかし口に詰められた物体によって大きさを最小限に抑えられてしまった。

――猿轡。

悲鳴を上げる前に猿轡をつけられたのだ。


「んっ! んーっっ!」


絶叫すら禁じられ、痛みを声として発散できない。

発散できない痛みは何処へ向かうのか、答えは単純。

――全身にこれでもかというほどの激痛を走らせるのである。


朦朧とする意識。

薄れる視界。

揺蕩う感情。

そんな中、見えたのは想い人の姿で。

――こんなところにいるはずがないのに。

想い人はこれまで見たことないような笑顔を浮かべてる気がして。

頬に飛び散った血と、想い人の笑顔が、またなんとも――、


「……ふ」


――猿轡でまともに喋れず、恋する乙女は想いを抱いた顔で、頬を蒸気させて亡くなった。


        ■■■


急げ。速く、速く動くのだ。

物言わぬ骸となった死体を木陰に捨て置き、そこに時間式の爆弾を設置する。

この爆弾の入手方法は企業秘密だが、一つ言えることと言えば。


「裏にいったらこんなんぽんぽん手に入るんだよな」


にやけづらをそのままに。

唯斗は現場から走り去る。

世界が鮮やかだ。夜で光がなく、暗い闇の筈なのに、唯斗の視界だけは色鮮やかに世界を映し出していた。

この爆弾を、唯斗の町で一番大きいマンションに。

支柱を破壊すれば建物など簡単に崩れるのだ。だから、時限式で同時に破壊してやれば簡単に、容易に、世界を彩れる。

唯斗は腕時計に目をやった。


「あと、30秒……!」


――刹那、死んだ女子の目が脳裏に浮かぶ。

殺す直前、今まで晴れなかった靄が晴れたことは未だ疑問である。あんな、嬉しい感情を出した目のまま死んでいったことも。


「……クソ、白黒になってきた」


答えの出ない且つ唯斗の世界を彩らないことに思考を割くと、世界が段々とモノトーンになっていく。

唯斗は頭を振って思考を強制的に切り替える。

時計を見れば、もうあと数秒で事は起こるとわかった。


「……3、2、1」


盛大に笑う。


「――ドカン!!」


同時に鳴り響く凄まじい爆発音は成功を知らせるアラームである。

快感、鮮やかな世界、快感、彩り溢れる世界、快感――、


「あっははは!」


血の付いた頬を紅くして、唯斗は愉快と声をあげる。

笑って、笑って、笑い続けた――。


          7        


翌朝、いつも通り登校したのは唯斗のみだった。

話は女子生徒の焼けただれた死体と爆破で持ち切り。当然学校も休みである。


「まあ、登校はなんとなくだけど」


昨日から世界から色が薄れない。未だ悲鳴が上がっているからだろうか。

今この瞬間にも唯斗のせいで嘆いている人間がいると思うと、


「……たーのしー」


昨日から笑みが止まらない。

そんな彼を見る通行人は、怪奇な者を見る色が濃かったことに、唯斗は気付けない。

昨日から愉悦に浸りすぎて思考をまともにできてない。

非日常の現状で、日常通り振る舞う人間など異常そのものであると唯斗は気付けなかった。

『いつも通り』昇降口に入り、下駄箱を開けて――、


「……ん?」


きっとそれが、現実を見せるきっかけであり、鍵だった。


『唯斗くんへ』


そう書かれた紙は、4つ折りにしてあって。

開いたらいけないと、本能が呼びかけていた。

後悔する、悲惨なことになる、おおよそそんな感情だろうか。


「そんなの、彩りになる可能性大の代物じゃん」


――その警鐘が、むしろ一押しとなってしまったのだ。


『唯斗くんへ


これを読んでるときは、多分私が逃げたり影に隠れたりしてるときだと思います。簡単に言えばヘタレですね……それでも、想いを伝えたくてこうして文字を綴ってます』


線の細い、綺麗な文字。

――手紙は続く。


『本題としては、私は貴方のことが好きです。

友達として、とかじゃなくて異性としてってことです。』


何度も消した跡がある。


『秋原さんが死んでしまって、貴方がとても悲しそうに見えたので、貴方は一人でないと伝えたくてこの気持ちをお手紙にしました』


少し、紙にしわがある。

――ここに、涙が落ちたことの証明だ。


『これを書き始めたの、なんと10/3なんです。

私、これいつ渡せてますかね? きっと凄く時間がかかっていると思います。ご愛嬌ということで見逃してほしいです』


――今は10/27である。実に2週間、どれだけ一歩踏み出すのに時間がかかっているのか。


『この手紙を読んだら、その日、屋上に来てほしいです。イエスでもノーでも、受け止める覚悟はできているつもりです』


――足が動く。


『言葉で伝えると、恐らくしどろもどろになってしまうので、ここに貴方の好きなところを書いておきます』


そこから先は箇条書きにしてあった。

変わらず、読みやすい綺麗な字で。


『・飄々としているところ

・いつも無表情なのに、時々みせる笑顔が素敵なところ

・優しい声をしているところ

・些細な違いに気付けるところ

・友達が亡くなってしまい、気分が悪くなるほど悲しめるところ』


――悲しい、なんて思っていない。あの時、確かに唯斗の世界は彩られたのだ。


屋上につく。

手紙も、視界の端に映る文書はもうそろそろ終わりを示していた。


『行数が足りませんでした。

取敢えず、私が貴方へ一番伝えたいことは、私が貴方を好きということではないです。』


「……?」


ここまで饒舌に語っておいて、結論に出てくる言葉がそんなことがあるのだろうか。


『貴方の笑顔が素敵ということを、私は一番伝えたいです。

だから、どうか』


読むのを止めた。

この先を読んではならない。

ならない、のに、その筈なのに。


『だから、どうか』


その文字は唯斗の視界に入ってしまった。


『悲しい顔をしないでください』


また、紙が涙でしわくちゃになった跡がある







――否、これは唯斗の涙だ。






気づかない、フリをしていた。

本当は、世界が彩られる条件は人の悲惨な顔なんかじゃない。

本当は、本当は。

本当は――、


「人と目を合わせられたときだ」


笑みじゃない。

溢れたのは涙だった。


         ■■■


罪を自覚した。

罰を受けないといけない。

なんでこんな行動をとったのかすら、自分で自分がわからない。

どうすれば、救われるのだろう。

何をすれば、赦されるのだろう。

考えても思考しても、何一つわからない。

だから、だったら、それなら――


「謝らなきゃ」


その日、休校になった屋上から飛び降り自殺をした少年がいたと、ニュースになった。

殺人、爆破事件、そして自殺と、立て続けに事件が起こり続けて警察は大いに混乱したそうな。

だがそんなのはこちらの預り知るところではない。そしてこの物語はそんな『先』までは描かれない。

救われたことにより、救いがないことに気づいた少年が、救いようのない方法を選ぶ。

――ただの、その程度の物語なのだ。

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