第14話 それが彼の愛し方
「ねえ。〈彼女〉と再会できたら、どうしたい?」
「────へっ……? ど、どう?」
はっきり投げた問いに返ってきたのは、打って変わって間の抜けた顔。
それに釣られることなく、わたしはそのまま彼を見つめた。
気になっていたのだ。
彼は、出会ってから今まで、「小さなころに出会った〈思い出のあの子〉を探している・会いたい」とは口にしてきたし、その頃の思い出話……というか彼の中で美化された想いも聞かされてきたが、そこから
普通は、「ああしたい・こうしたい」と出るはずなのに。
「口に出さないだけで、ほんとは色々考えているんだろうな」と思って問いを投げたのだが、彼はこの通り。途端にきょとんとして目を丸めて固まってしまっている。カイヤナイトのような青く黒い瞳を丸め、こちらを凝視し停止している。
……何かおかしなこと聞いたかな……?
首をかしげておにーさんの答えを待つ。
ちらり。
彼は固まっている。
さっきまでの不機嫌も、苛立ちも、どこかに消えたみたいに固まっている。
待ちながら、コームで梳いた髪を布で挟んでぽんぽん。
あっという間に水を含んだそれを絞り、パン!と広げて再び髪へ。
しゃかしゃかしゃか。ぱんぱん。
髪の毛挟んで、ぎゅっぎゅ。
しゃかしゃかしゃか、ガリガリ、ぎゅーっぎゅーっ。
…………?
「おにーさん?」
「────あ。すまない、ええと、そうだな」
髪の毛を拭きながら待ってみたが、一向に応えないエリックさんに声を掛けた。
うん? どうしたんだろう?
この人、基本的にいつも反応いいのに。
……こんなに返事がないのはあんまりない。本に集中していたり、なにか難しいことを考えている時でさえ、「うん」とか「ああ」とか相槌は入れてくれるのに。
──そんな疑問に気づいたのだろうか。
ぽかんとした様子から一変。せわしなく瞳を動かし、口元を押さえると、 彼は、困惑の中から拾い上げたようなトーンで、
「……そうだな、まずは感謝を伝えたいな。昏い底から引き揚げてくれたのは〈彼女〉だから」
「…………おぼれたの?」
「──フ! いや、まあ、それに近いものはあるかな」
何かがおかしかったらしく、吹き出し笑う彼。
おかしなことを言ったつもりは全くないんだけど、どうも彼のご機嫌スイッチを刺激したらしい。クスクスと肩を揺らし、串を通した魚を火に
……うーん。なんだか、ちょっとごまかされた気分だ。
「それに近い」ってなんなの、もう。
内心むっとしつつ、眉にしわ。
一瞬考えて、わたしは、突っ込んで聞いてみることにした。
「それから?」
「そ、
「うん、
「────…………」
「なんで黙るの」
聞いたこともないような『素っ頓狂』から、一変。
黙り込む彼に太めの声が出た。
なんで黙るの。
ここ、黙るところ違うと思うの。
そんな疑念を込めまくって、彼を見る。
おにーさんはとても困ってた様子で頬を掻くと、
「…………いや…………考えても来なかった、というか……」
「えっ。そこ、一番考えて妄想しちゃうところじゃない?」
「………………」
また黙った。
難しさと戸惑いと、何かしらの抵抗が混じったような顔で口元を押さえ視線を落とすおにーさん。
……? そんなに難しいものかな?
それとも、想像すると照れくさくなっちゃうから、しないようにしてるとか?
──っていうか……この先聞いて、わたしのダメージ大丈夫かな……
今気づいたけど、好きな人の、好きな人に対する憧れを、聞いているわけで。疑問と好奇心の先にあるのは、たぶん、針の山の上を歩くような痛みなわけで。
……聞いて大丈夫……!?
と、危機管理能力が、わたしの脳の隅っこで警鐘をならすが──悲しきかな。好奇心に勝てなかった。
わたしは前のめりになると、焚火の向こうの彼に聞く。
「いいじゃん、いいじゃん。現実になるかどうかはさておいて、都合のいい未来、予想しちゃってもいいじゃん。聞かせてよっ」
「……そう、突然言われても、な……。うぅん」
明るく聞くわたしに、困り顔のおにーさんは、口元を覆うように握って、沈黙。
少しの間を置くと、何かを吹っ切ったように息を吸い、慈愛を乗せた瞳に炎を映して、言った。
「──もし、〈彼女と再会することができて、恋仲になれたら〉。生涯をかけて大切にしたい」
「しょ……」
しょ、 「 生 涯 を か け て 大 切 に し た い 」。
さらりと言われた重めの言葉に上手く反応できず、出遅れた。
生涯っていった? え? あ、そうか、恋仲イコール結婚なのか、そうか、貴族だもんね、うん、そうだよね? ちょっといろいろすっ飛んでる気もするけど、うん、ちょっと、びっくりしたけど、だいじょぶ、だいじょぶ。
──と、中の動揺を抑えまくるわたしに、彼は、スイッチが入ったように滑らかに話すのである。
「経済的にも精神的にも不自由など無いように守り抜くし、望むなら何でも買ってあげたい」
「ほ、ほう──? へえ────?」
「……って、こんな夢物語を語っていいのか? 君、戸惑ってるじゃないか」
「ぜんぜんっ? 興味あってきいてるし!」
「……そう?」
ほんとは凄く戸惑ってます!!!
でも、ここまで足突っ込んだら聞きたい気持ちの方が勝っています!!
この先が、諸刃のやいばだとしても!
毒の沼地だとしても!
わたしは! 最後まで聞きますッ!
──という決死の想いを「キラキラ笑顔」に隠して、ドキドキしながら待つわたしの前。 おにーさんは、幸せを描いたような表情で語る。
「ううん、しかし、そうだな。手を繋いで歩きたいかな。
────うっ……!?
ひ、「ひと時も離れたくない」……!?
「彼女の喜ぶ顔がみたい。ずっと隣にいてほしい。ずっとずっと抱きしめて、どれだけ大切に思っているかを伝えたい。腕の中で感じて居たい。彼女がそこにいてくれる幸せを、噛みしめて居たい」
「────ず。ずっと? ずっとって、えーと」
「ずっとはずっとだ。文字通り、ずっと。片時も離れたくないだろうな。欲を言うなら誰の目にも触れないよう部屋の中で守りたいし、彼女を独り占めしたいし、俺の他に誰の目にも入れて欲しくないぐらいだけど、それは流石に彼女も気が滅入るだろうし、彼女が笑顔で居られなきゃ意味がない。安心させつつ、健康に、健やかな彼女の人生を独占したいんだ。絶対に守る。生涯をかけて幸せにする」
さらさらするすると語るおにーさん。
わたしはこくこく頷きながら──思っていた。
……こ、これはまさか……、『愛情が重いタイプ』、では……??
王国の書架にずらりと並んだ『恋愛創作』を思い出す。
そこいらで登場する、愛情重めの溺愛男と同じようなことを言っているような気がするんだけど、気のせいじゃないよね……?? まさか、空想の中でだけ聞くような
────しかも相手は、自分の好きなヒト────
……う、どんな顔で聞いたらいいかわかんない……!
──そんな、言いようのない感情に。
意識的に顔を緩め、遠くを見つめ力を抜いて、現実を受け止めようとするわたしの前で──、彼はゆったりと指を組み、顎を乗せ、慈愛と羨望を乗せたまなざしで愛を語る。
「求めるのならなんだってあげたい。宝石もドレスも、なんだって。でも、一番は俺を望んでほしいかな。贅沢を言うのなら、俺なしでは生きられないぐらい夢中にさせたいし、寂しい思いなどしないよう、言葉も愛も尽くしたい。甘やかして、抱きしめて、頭を撫でて、キスをして。好きだと囁き、照れた顔をずーっと見つめていたい。すべてを見てほしいし、全てを見せてほしい。そして、俺はもっと彼女を好きになるんだ」
「………………」
「邪魔なんてさせない。彼女に手なんて出してみろ。どんなヤツだろうが容赦はしないし、社会的に殺してやる。彼女を護るためならなんだってする。悪魔にだってなるし、この身を捧げてもいい。二人で幸せな時を重ねるんだ。命が果てるまで」
…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
────『その』。
穏やかで、希望に満ちた顔から述べられた〈愛し方〉に、わたしはすべてを飲み込んで、顔を押さえるしかなかった。
いろんな意味でたまらなかった。
絵にかいたような溺愛も、重い愛情も、それを聞いて
────わたしのバカあああああああ。なんで自分で想像したっ……!? とてつもなく恥ずかしい……! 自分で想像してどうするのよ、あほー! ばかばかばか、相手〈思い出のあの子〉だって言ってるでしょ!
────って、っていうか、お砂糖もびっくりの甘さと沼……! 砂糖より甘くて、はちみつより粘度の高い
正直、そんな重い愛し方を望む人だと思わなかった。自分が受けるわけでもないけど、受けた後のこと考えたら怖い! でも、だからっておにーさんのこと嫌いになれない! うわあん!
ぐるぐる暴れまわる葛藤。
唸ったり、顔を振ったり、リアクションを取りたくなる衝動を全て押さえこみ、人知れずのた打ち回るわたしに、はにかみおにーさんの追撃は、更に落ちてきたのである。
「……なんだか、恥かしいな?」
う。可愛い。
「……はは、照れくさいというか」
はう。キュンで胸苦しい。
「考えないようにしてきたけれど、こんなに胸が華やぐなんて、知らなかったよ」
言いながら、目の前で穏やかに変わる彼の顔。
見ていて恥ずかしくなる慈愛の色に、わたしが顔を絞って耐えた時。
その質問は、彼から飛んできたのだ。
「……けれど、そうだな……、ミリア、少し聞いてくれる?」
……ヴあ゛。
覗き込まれて喉を詰めタ。
全力で顔の表情筋に力を入れて、平静をたもつように努力する。
やめてください、死んでしまいます。
わたし、あなたのこと好きなんだけど、それ、今我慢してるんだけど、お願いだからそんな、優しい情を宿した瞳でこっち見────っ……
「夢物語を語ったけど、俺は、さ。〈彼女〉に出会えなくとも、一緒に居て楽しいと思える人と、想い合うことができたら。その人が俺の名前を呼んで、俺の隣で笑っていてくれたら。これ以上の幸せはないと思うんだ」
「〰〰〰〰〰っ」
「ね? ミリア」
「〰〰〰〰〰ウ、ん。お、おにーさんに、思われる人は、幸せだねっ……!」
────ワタシの目ヲみて、首を傾げ聞く彼ニ。
精一杯の笑顔でカエシタ。
だめだ。涙目だ。泥沼だ。
ドキドキして仕方ない。体中熱い。
勝手に被弾してる。
好きな人がいる相手に聞く話じゃなかった。
自分の好きな人に聞く話じゃなかった。
彼は愛情が重かった。
ずっとずっと抱きしめて離さないなんて、そんな甘ったるいことを、曇りない憧れを湛えて言う人だと思わなかった。彼にとっては妄想なのかもしれないが、わたしにとってはとんでもない破壊力だ。こんな距離で食らったらひとたまりもない。自分が言われているような錯覚をしたのが運の尽き。
それらをごまかすために、全身のカラ元気を顔に集めて、『いいね!』な顔を作ったが、作りきれていない気がする。現に、おにーさんも複雑そうな顔でうなじを掻いてる。わたしたぶん上手くフォローできなかったんだと思う。
顔を隠してぷるぷる震える。
自分の中、「そんな愛情、受けてみたい気もするけど気も引ける」「でもそこまで愛されたら幸せだ」「でもそんな愛情、ひとりで立てなくなりそうで怖い」「でも、その愛って、相手が悪かったらおにーさんが搾取されてボロボロになりそう」「ずっとこの人のそばに居たいけど、探し人見つかったら、目の前でやられるのはちょっと無理」「だけどずっと一緒に居たいよ~~~~~~~~~~」が駆け巡り────
「………………ダイヤモンドかよ~~~~~……ッ!」
「────はっ?」
永久の輝き~~~~~!
人を魅了して止まない人ぉ~~~~~!!
なにやらぶつぶつ、「難しいな」とか呟いていた顔を一変。間の抜けた声を上げるエリックさんに、わたしは、涙目で訴えたのであった……。
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