第15話 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。





 ──その封書は、何の前触れもなくやってきた。

 マガロ平原の休憩地、捌いたウサギの肉を串に刺しながら、鍋の番をするわたしたちのもとに、勢いよく。



「ヘイ……ボス! セント・ジュエルの国王から書簡です! 書簡!」

「──なんだヘンリー。騒々しいな」

「だって! だって内容が内容なんですよ!」



 駆け寄ったヘンリーさんに立ち上がり、受け取った紙を広げる彼。

 

 ……お父様から? なんだろ?


 釣られてわたしも立ち上がる。

 王国からの文章なんてものは良く知らないけれど、ここはひとつ、目を通しておかなくちゃ。お父様からの手紙だし。


 服の砂を払いながら、ふと思い出したのは王国での出来事だ。

 国際的な文章の書き方は昔、習ったことがある。

 その時は、「とにかく舐められてはいけない。権威を示せ、頭など下げるな。礼状の場合でもなんでも上から書け」と言われ、尊大を意識して書いたものだが……


 性に合わな過ぎて苦戦したなあ……二度と書きたくない。


 当時は「そもそも、国交も何もない閉鎖的な国で、そんな手紙の書き方を習う必要ある……?」と懐疑的であったが、まさか数年の時を経て、親の書いたそれを読む側になるとは思いもしなかった。


 そんな昔の記憶を足元に転がして。

 ちりちりと音を立てるウサギの串を横目に、不思議そうな顔をしているおにーさんの後ろから、ひょいっと覗き込んで──失礼します。



『鉱歴768年 モース月 ハチ日

 スタインブルク王国 

 エリック・スタイン国王陛下殿 


 セント・ジュエル王国機構

 国王 アレキ・サンドラ・ジュエリエル

 代筆 ジョウ・ズニカ・ケッルーノ


 マルケッタ挙兵に伴うスレイン国援軍のお礼


 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。日頃より当国の体制及び国風に、ご理解とご協力をいただきまして誠にありがとうございます。

 さて、先日のマルケッタ挙兵に伴う国家存続の危機に置かれましては、多大なるご支援を頂き誠にありがとうございました。

 つきましては、宴の席をご用意いたしましたので、ぜひ、ご近所お誘いあわせの上お越しください。 記 1)日時……』

 


『…………………………』



 見覚えのある書式に、目がてん。

 目が点。

 ちょっとまって。


 案の定固まるエリックさんからソレをもぎ取りたい気持ちを押さえ、ぶるぶる震えるわたしの中、暴れまくるのは文への文句だ。


 ……ねえ、これ王立教育機関の保護者向けに送る通達文ちょっと変えただけだよね……!? 保護者向けのお便りだよね……!?  たしかにウチの国は外交皆無だったけどッ……なんか、ちょっと違わない……!? ねえ、違うよねおとーさま……ッ!?


 ──と、今すぐ口から飛び出そうな葛藤を抑え込むわたしを外に、彼ら二人はぽかんとした顔で首を捻りまくっている。



「……あーっと、変わった招待状ですね?」


 

 首を捻って頭を掻くヘンリーさん。

 ですよねわかります。

 その隣でエリックさんが首を捻った。



「……「日頃より当国の体制及び国風に理解と協力」……? スレインが支援を送るのは初めてだよな? 寄付など贈っていただろうか?」

「いえ、そんな記憶はありません」


 

 あああああああ! エリックさんが違う方向に想像しちゃってる! ああああ! ほらぁ、父ぃ! 余分なあいさつ文入れるから!! 頼むから一般的外交文書を身に着けてくださいまし!! 



「なあミリア? 我が国が君の所に支援を送ったのはこれが初めてのはずだが、これは……?」

「────すみません、すみません、うちのちちがすみません、世間知らずなんです!」



 心の底から困惑を露わにするおにーさんに、わたしは悲痛めいた声で謝っていた。


 言えない。

 「それ、教育機関のおたよりの雛形なの」なんて言えない。

 「生徒の親向けに送られてる参観日の文を変えただけなの」なんて言えない。

 言え、ない……!


 消えたい。

 父……! なんてことしてくれたの……ッ!


 思わず前のめり。

 ダンゴムシに負けないぐらい背中を丸めて、ぎゅうっと草をむしり握りしめるわたしの後ろから、困惑したヘンリーさんの声がする。



「……うーん、懇切丁寧って感じではありますけど、「ご近所お誘いあわせの上」っつーのがなんか……組合主催の飲み会案内かって言う」

「……礼と見せかけた金銭の催促か……? 財政不良なのか?」

「ちがううううう! 違うんです! 寄付も募金も要らない! 要らないからッ!」



 なんだか突拍子もない方向に進んでいくおにーさ……いや、エリックさんに必死で首を振った。ヘンリーさんの勘違いは笑いで済ませられるが、エリックさんの勘違いはとんでもない大事だ。


 そんな一文で金銭的援助まで受けたら、わたしが申し訳なくて死ぬからッ!!


 ──そんなわたしの剣幕が通じたのか、それともすっとぼけているのか、おにーさんは案じるように首をかしげると、



「違うのか? 大丈夫なのか?」

「陛下~、よそ様の財政状況まで気にされる必要は無いですよ~」

「それはそうだが、この冒頭の文から推察するならば、|スレイン《 うち 

》は「日頃から支援はしていない」わけで」

「ごめんなさいそれ気にしないでくださいっ! 「ご機嫌いかがですか」って意味だから! 真面目に読まなくていいのッ!」


「……ややこしいですね」

「……ふうん……?」



 必死に叫んだわたしに、彼らの反応はそれぞれだった。

 怪訝な顔で棘を混ぜ込むヘンリーさん。

 不思議なものに出会ったような顔で書状を凝視するおにーさん。

 

 そんな二人を前に、わたしは思っていた。

 ……おちちうえさまへ。あなたの文のおかげで、娘のわたしは大変です。代筆のジョウさんにもお伝えください。国として不安です。


 遠い空を眺めながら。

 父に念力を飛ばすわたしの視界の隅。

 それまで書状に目を落としながら黙ってたエリックさんが、唐突に顔を上げた。



「────なあミリア。これは好機だと思わないか? 君も一緒に凱旋しよう。俺の付き添いとして、堂々と国の門をくぐるんだ」

「…………!」

「ちょっと! 陛下!」


 

 予想もしない提案に驚いた。

 けれど、わたしより驚き、慌てた声をあげたのはヘンリーさんだ。

 彼の反応にびっくりして顔を向けるわたしの前、ヘンリーさんはおにーさんに詰め寄ると、



「解ってるんですか!? 王城ですよ!?」

「解っている。しかし、このような招待状を頂いたんだ。出向かないわけにはいかないだろう」

「ボクは反対です! 万が一があったらどうするんですか!」



 落ち着いているエリックさんに対し、ヘンリーさんは必死だ。

 ……? 王城の何が問題なんだろう?

 ただならぬ剣幕は感じながらも、わたしは、そぉっと二人を伺って、



「あの、なんのはな

「ヘンリー。学者の見立てではまだ半年あったはずだ。それに、それが・・・起こるとも・・・・・限らない・・・・

「それはそうですけど! でも!」

「…………あの、えと、ジュエル、行くのまずいなら……やめとく?」



 諍いの気配を感じて、わたしはおずおずと問いかけた。

 ……そ、そんなトラブルになるなら、行かなくてもいいんだけど……、お父様の心遣いはあるけど、でも、なんか、ヘンリーさんの勢い凄いし……


 そう思いながらちらりと見上げると、おふたりは無言で見合わせている。ヘンリーさんはモノを言いたそう、そしてエリックさんは──静かに首を振った。



「──いいや」



 瞬間、ヘンリーさんの顔が不安で染まる。

 しかしエリックさんは、わたしを正面から見据えると、敬意を払う所作でほほ笑んで、



「君の父上が招いてくださったんだ。スタインの王として、君と共に旅をするものとして、ここは、ぜひ行かせてほしい」


 そう告げる顔は、外交に勤める王の顔をしていて、その変化に目を丸めるわたしの前。彼の表情は滑らかに変わっていったのだ。ニヤリと、悪い方へ。



「──それに、君を馬鹿にし虐げてきた奴の間抜け面も拝みたいしな」

「お、おぉ……悪い顔……」



 完全に悪役。企みと悪意を放つ彼に思わず声が漏れていた。

 怯み気味のわたしに、彼の問いは返ってくる。



「なんだよ、見てみたいと思わないか? 国賓として招いた英雄の隣に、追い出した君の姿があるんだぞ? さぞ驚き狼狽するだろうよ」

「うーん」

「気が乗らない? ……それとも、こんなことを言う俺に幻滅した?」

「ううん、それはないよ。だってその顔好きだもん」

「じゃあ、どうして?」


 

 さらっと否定したわたしに、不思議そうな彼。……の向こうでヘンリーさんが、謎に表情を引き延ばしているけど、それは放置。


 ……「どうして」、「どうして」か……

 うーん。

 それを言われると言葉が足りない。今、中でめぐっているこれら考えを、簡潔に口に出そうと思ったら絶対に誤解される。


 だけど、ちゃんと伝えたいわけで──。


 数秒、沈黙して。

 わたしは彼らの様子を伺うと、すぅ────っと大きく、大きく大きく、おお~~~きく息を吸い込んで、


「──「そりゃあ嫌がらせしてきたり馬鹿にしてきた相手におにーさんのこと見せつけて自慢げにふんぞり返りたい気持ちはあるものの、けれどそれでまた噛みつかれたらめんどくさいし、そういう人たちはドコをどうしても嫌味しか言わないし、そもそもジュエルに援軍出したのわたしじゃないし、自分の功績ってわけじゃないから微妙な気持ちでございますが、おにーさんの気持ちは蔑ろにしたくないから大変迷ってます」ね」



 一息に言った。

 包み隠さずぜんぶ言った。

 二人は黙っている。

 ぽかーんとしている。

 言った。

 言い切った。

 やったった。  

 これ以上言えないぐらい素直に言った。

 後悔はしていない。


 ──と、ひとり、やり切った感に包まれ、誇らしげな沈黙を堪能するわたしの空気を換えたのは、ヘンリーさんだ。のっぺりと伸びた顔で、平坦な声で言う。



「ミリアさん、すなおですね」

「いっそ全部言った方がすれ違い無いかなと思って」

「びっくりしました」

「どうもです」


「…………」

「…………」



 抑揚のない声に即答で返し、結果微妙な会話になってしまったわたしとヘンリーさんの間に、妙な沈黙が流れ始めた──時。

 


 …………ふ!

「あはははははははは!」


 吹き出した笑い声が、微妙な空気を蹴散らした。



『……!?』


 その声に驚いて、わたしとヘンリーさん、二人そろって目を向ければ、……エリックさんが笑ってる……


 お腹を抱えて、肩を揺らして、苦しそうに。


 なにが面白かったのか。

 どこにそんな要素があったのか。

 これっぽっちもわからず呆然とするわたしたちの前、彼は未だにケラケラと苦しそうだ。


 ……なんで?



「……へ、へいかが笑ってる……」

「おにーさん、ばくしょうしてる……」


 ぽかーん…………

 彼の変化について行けないわたしとヘンリーさんの前で、ひとしきり笑ったおにーさんは、苦しそうに「すぅ」と息を吸い込むと、晴れ晴れとした顔で、



「──わかった、わかったわかった。ならば凱旋しよう、ミリアは俺の隣で笑っていればいい」

「えっ? 今面白いところあった?」


「あった。あったよ。いきなり雪崩のようにしゃべり出すから何かと思えば、「迷ってる」って。ひ、一言それだけでいいのに、ご丁寧に早口でまくし立てるから、なお面白かった」

「……へいかが「面白い」って言った……」

「なんか笑われてる……ぶりかえしてるし……」



 くくく、と口の端を歪めて、目を閉じかみ殺している様子のエリックさんに、わたしたち二人はまだ追いつけない。


 ……いや、こんな笑ってるところ、初めて見たんだってば。本当に。こんなに声上げて笑う人じゃなかったんだって。


 意外も意外な光景に言葉も出ないが、ぶり返しを納めた様子のエリックさんは、呼吸を整えながらわたしを見ると、



「はあ。「素直でよろしい」って褒めたい気分だ。はぁ、こんなに笑ったのはいつぶりだろうな」

「笑わせるつもりなかったんだけどな??」

「はー、腹が痛い」



 目じりを拭うエリックさん。

 ヘンリーさんが呟いた。 



「なんだか、ボクは複雑です」

「わたしもです」

「たぶんミリアさんのそれと、ボクのそれは違いますね」



 つっけんどんに言われて黙った。

 笑われて複雑な気持ちが同じなんだと思ってのってみたけど違ったようである。


 うーん、さっきからヘンリーさんの空気が鋭い気がする……。気のせいかもしれないけど、腹を立てられているような気がする……。


 なんて、そこはかとなく漂う緊張感に、わたしが背筋を伸ばした時。

 落ち着きを取り戻したエリックさんの声が、その場に響いた。



「──まあ、正直を言うと、いくら探し人がいる確率が上がるとはいえ、セント・ジュエルの中枢まで行くつもりは無かったんだが……君がそう言うなら、話は別だ」

「え? 行くつもりなかったの?」

「ああ。君の事情はわかっていたし、嫌な思いをさせてまで付き合わせるつもりはないよ」


「……べつにいーのに……」

「良いわけあるか。こっちの気持ちも考えてくれ。怒るぞ?」

「う。じゃあ、えーと、お心遣い感謝しますっ」



 「うん」と満足げに笑う彼。

 そこに、ちょっと嬉しくなるわたし。

 けれどもそんな喜びは、次の言葉で影を帯びた。



「──それに。……もとより賭けのようなものだったし。時間も、──……──し、な」

「最後、なんて言ったの?」

「…………」



 俯きがちのそれが聞き取れなくて、首をかしげるわたしに彼は首だけを振る。

 気のせいだろうか、小さく「気にしないでくれ」と語る笑顔がなんだか遠い・・


 彼らしくない妙なよそよそしさに、わたしが違和感を覚えた時。



「──なら、決まりでいいか?」

 無理やり押しのけるような一声が、あたりを貫いた。


 ヘンリーさんが頷く。

 「異論ありません」


 エリックさんも頷く。

 「では、そうしよう」と目を合わせて。

 そして、わたしは──


「ちょっと待った」


 お二人の前に立ちふさがり、両手で制したのであった。


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