第16話 初めまして。
「ちょっと待った」
二人のいく手を塞ぐように回り込んだ。
瞬時、不思議そうに眼を丸めるお二方だが、次の間には反応が分かれた。
若干怪訝を示すヘンリーさん。
何食わぬ顔でわたしを待つエリックさん。
先ほどの違和感は違和感だが、そこは今おいておいて。
わたしには、スルーできない事柄があるのだ。
それらを胸に、気持ちを一変。
得意げな笑みを浮かべてじろっと二人を見上げると、腕を組んでわたしは言う。
「さらっと流そうとしたけど、流石に流せないですね? エリック・スタイン国王陛下?」
『……………………』
──そう。
先ほどまで「陛下陛下」と繰り返し、いまさら感はあるのだが、わたしは彼に『国王である』と自己紹介されていないのだ。
言わなきゃ言わないでそのままでもよかったが、うちのパピ上の手紙にも、ばっちり「スタイン陛下」と書いてある。
これをスルーするなんて、彼らが許してもわたしが許さない。
ふふふ、見逃しませんから! を醸し出すわたしの前で、彼らはというと、黙っている。
気まずそうに視線を反らす
そんな彼に呆れ切った視線を向けるヘンリーさんは、じっとりとした声で言った。
「…………むしろまだ言ってなかったんすか」
「……うるさい黙ってろ」
「むしろまだ気づいてなかったんすか」
「騙されててあげてたのです」
ぼそぼそっとした突っ込みにきちっと言った。
そう、騙されていてあげたの。
っていうか「騙されてくれる?」なんて言われたら、騙されてあげるしかなくない?
それを知らぬヘンリーさんが、『納得できない』と眉を寄せるが、そんな彼を横目に、わたしは一歩。陛下の前へと踏み出し、胸に手を当てた。
全力の「王女」を以って。
「お互いの素性が知れたところで、ひとつ、ご提案がございます。奇跡的に
「…………!」
歩き方・言い方・表情の使い方すべてに『王女の振る舞い』をつぎ込んで、にこりとほほ笑んだ。わたしの『全力の王女モード』に、一変。陛下は驚き目を丸めると、柔らかに微笑み手を差し出す。
「こちらの名前では初めまして。スタイン王国・国王エリック・スタインです。ミリア・リリ・カルサイト王女。お会いできて光栄だな」
「──まあ、ありがとうございます。セント・ジュエル第26王女・ミリア・リリ・カルサイトです。本日は陛下にお会いできるのを楽しみにしておりました」
「…………」
「…………」
『………………』
────プ!
「あははは! らしくなーい、笑えるーっ!」
「ははは! なんだこれ、むず痒いなっ……」
妙にかしこまった自分たちとこそばゆい空気に、二人同時に吹き出していた。
お腹がぴくぴくする。目から涙も出てくる。恥ずかしそうに笑う彼から目が離せなくて、ぴたりと目が合いまた──ぶり返す。
そんな空気にひと段落入れてくれたのは、目じりを押さえつつ息を整えたエリックさんの一言だった。
「はあ、慣れないなっ」
「おにーさん、やればできるじゃん」
「君のほうこそ、ちゃーんと『王女』だったんだな?」
「王女ですよ? 王女ですしー」
「へえ、それはそれは。失礼いたしました」
「────あの・すみません」
軽口には軽口で。からかいにはからかいで返すわたしたちに、ヘンリーさんの平坦な声が横入り。揃って目を向けるわたしたちに、彼はのっぺりとした面持ちで手を上げると、
「イチャつくのやめてもらっていいですか」
『いちゃついてない』
「ヘンリー。何言ってるんだ。断じて違う」
「そうです、どこをどうみたらそう感じるのか。羊皮紙三枚分にまとめて提出していただきたいですね?」
述べる彼にちょっぴり胸の痛みを感じつつ、わたしは真顔で言い切った。
ううん。ほんとは好きです。大好きです。実は今の嬉しかったです。けれど隠さねばなりません。
想い人がいる彼が困るようなことはしたくないし。精神的負担をかけるの嫌いなの。
だから、密やかに気持ちを潰すわたしの隣で。
”ふぅっ”と短く息を吸い込んだエリックさんは、流れるように口元を覆い隠すと
「……しかし、君の父上はどう出るだろうな。君に追放宣言をしたのは王本人なんだろ?」
「うん。まあ……そだね……」
「確かに『見もの』ですよね。『追放した相手が救世主と共に現れる』とか有名な英雄譚でも心が震える展開ですよ。手のひら返してきたりして?」
「さすがにそれはないだろ」
「…………流石にそこまでじゃないと思う……思いたい……」
ヘンリーさんの推測に、故郷の父を思い出しげんなりと呟くわたしの隣で、焚き火にくべられたうさぎの肉が、ぷすんと音を立てた。
☆☆
「──ミリア! ミリアじゃないかよく戻ってきた我が娘マイえんじぇる♡ うむ、そちがエリック殿で有らせられるか、この度は本当に手厚い援軍、誠に感謝いたす! ミリアもよくこの御人に出会ってくれた! んん、おまえのおかげじゃよミリア!」
『…………………』
……手のひら返した……この父…………
☆☆
呆れてモノが言えない。
城の謁見の間。
『どのお顔でおっしゃるのですかおとーさま?』と真顔で問いかけたくなるような文言を喰らい続けて数十分。
エリックさんを客間に案内しながら、わたしは『先ほど』を思い出していた。
父の粗相を高速で謝り倒すわたしに、エリックさんは『いや、構わない。君が罵倒されたのなら話は別だが、そうではなかっただろう?』とひとこと。
すでに別室に案内したヘンリーさんは『陛下が止めなければ、切りかかってました』と、目が笑っていなかった。
おっしゃる通り過ぎて言葉もない。
むしろ外交がなくてよかった。
しかし、あんな父でも、最低限の礼節はわきまえているようで……この後本当に宴を開いてくれるらしい。
「──はい、ここがおにーさんの部屋。衣装は後から使いの者が持ってくるから、そこから合わせてね。わたしは自室で着替えがあるから──」
「……ミリアさま?」
「──!」
彼に用意された客間の前。
いいかけて、飛び込んできた懐かしい声に動きが止まる。自然と目を上げた先、喜びを纏った声は、彼女から放たれた。
「まあ! お帰りになられていたのですね! ご無事でなによりです……!」
「あ、ただいまレティ──……シァ……」
最後は尻つぼみ。
名を呼び掛けて、わたしは固まった。
視界の隅で彼が振り向く。目に飛び込んできたレティの容姿に目を見開くのが見て取れて、思わず──目を反らしていた。
『王族だ』と言われて、外していた。
考え付きもしなかった。
金の髪に金の瞳。美しい容姿を持つ彼女──レティシア・ブレイズウッド。
王族専属の女騎士だ。
────瞬時に悟った。
……きっと、彼女が彼の『探し人』。
ずっと探してた運命の人。
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