第17話 期待なんてしない
──どうして思いつかなかったんだろう。
彼・エリックさんは言った。
『小さなころに会ったことがある』『金の髪・金の瞳の女の子』だと。
彼の情報と『出会ったのがイーサだ』ということから、わたしも『きっと王族か貴族だ』と思い込んでいた。
イーサは貴族の隠れ街。それなりのマネーコードが存在する。王族貴族・またはそれらの金額を納められる者しか入れない。
ただし、使用人は例外だ。お金を払う貴族の付き添いとして入ることができる。
我々貴族は
…………合致する…………
レティ──レティシア・ブレイズウッドは昔から、王族の侍女として、あちこちを着いて回っていた。わたしよりも少し年上。お姉さんのような存在で、遊び相手にもなってくれていた。
カノジョならイーサの街にいてもおかしくないし、年齢も『同じぐらい』と──……条件に、合ってしまう。
……いや、『合ってしまう』じゃないでしょ、わたし。
レティの容姿を目の当たりにして、無意識に胸に拳を押し付けるわたしの隣で──おにーさんの表情が、色鮮やかに変わっていく……
──痛い。
「ミリアさま……! 一連の騒動を耳にし、レティシアは身を案じておりました……!」
「あ、うん、ありがとう、レティ。なんとか、生きてまス」
「ミリアさま、お召し物が……! そんな、民草のようなもの……!」
「────ミリア。……この女性は?」
……うっ……!
期待をはらんだ彼の声に、一瞬喉が詰まった。だけどわたしは笑顔をかたどり、紹介するようにレティに視線を促すと、
「──こほんっ。エリック陛下、ご紹介いたしますね。彼女の名はレティシア・ブレイズウッド。王宮直属の近衛兵で、斧の腕前は騎士長と引けを取りません。
レティ? こちらはエリック・スタイン国王陛下です。わたしが倒れているところ、助けてくださった、命の恩人です」
滑らかな口調でご案内。そして舞台の中心は彼らのほうへ。
「……まあ……! ミリア様の……! ご機嫌麗しゅう・国王陛下様……! レティシア・ブレイズウッドと申します。国王陛下さまにお会いできるなど、身に余る光栄にございます……!」
「ああ、いえ。こちらこそ」
──流れるような挨拶。
緊張のレティと、はにかみのエリックさん。
エリックさんは少し緊張してる? そりゃあ無理もないよね、期待しちゃうよね。
王城の廊下で、華やかな空気が咲き誇りそうになる寸前。わたしは一歩・エリックさんに間合いを詰め、
「……レティ、イーサいったことあると思う」
「……!」
「条件ぴったり。……がんばれっ」
耳打ちをして、背中をポン。早く引っ込み、会釈だけをしてその場から離れた。
後ろから聞こえる「ミリアさま?」「……ああ、えーと、少し話をしたいのだが、お時間を頂けますか? レティシア殿」から、足早に遠ざかる。
見慣れた廊下の壁が、どんどん後ろに流れていく。声が、聞こえなくなる。
────わたしは、あれ以上
────このままじゃあ、良くない気持ちが出てきてしまう。レティを恨んでしまう。黒い感情に支配されそう。
…………だから、離れた。
なのに、あの二人のことばかり頭に浮かんで仕方ない。
今、何話してるのかな。どんな会話をしてるんだろう?
レティ緊張してたな、もう少し一緒にいた方がよかったかな? でも、おにーさんは二人で話がしたいでしょ? あれほど探してた人に近しい人が、やっと現れたんだから。
おにーさん、レティが『その子』だったらどうするんだろう? 結婚申し込むのかな。レティって恋人いたかな。全然わからないや、案外、お互い覚えてて初恋の人だったりして?
ふふ。そしたらわたし、《恋愛成就のご利益ある》ってことじゃない? わたしの
金髪金目のレティ・黒髪黒い瞳のおにーさん、二人、絵になってたなあ。お似合いだね。わたしの髪なんて茶色だしね。地味石ミリーは伊達じゃないってね。
それでも割と、自分の髪も瞳も好きだったりするんだけど、なんでわたしは金髪金目のかわいい子じゃなかったんだろう?
ううん。でも、そうだったとしても《彼の想い人》じゃないのよ、ミリー。
「わたしは、違うの。『最初からわかってて良かった』。ねっ?」
そう。『期待しない』。だから良かった。
選ばれるかもと思うから期待する。選ばれないなんていつものこと。だったらそこから外れればいい。
期待しなければがっかりもしない。失望もしない。悲しみに呑まれることもない。
仮に、レティが彼の探し人なら、それは幸せなこと。良かった良かった、めでたしめでたし。そうしたらわたしは、
「…………」
────”わたしは”。
「…………用済み、だね…………」
こみ上げる痛みを押し込みながら、小さく零した笑いは、誰に聞かれることもなく、溶け、消えていった。
■■
──この後わたしはどうしよう?
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