第13話 ミリアが聞きたい、たった二つの疑問
たぶん「どこかの王族か貴族」のエリックさんが、セント・ジュエルに援軍を送ってくれた日から、ひとつの季節が流れた。
セント・ジュエル出身のわたしを気遣ってくれたのか、それとも彼の立場がそうさせるのか、彼のもとには逐一戦況が集まってくる。
魔防壁のないセント・ジュエルの国防はザル以下で、おかげさまでわたしは、国にいた時よりもお国事情に詳しくなった。元姫としては微妙な気分である。
マルケッタが彼の兵力に恐れをなし早々に逃げ出し、ジュエルが国防でてんやわんやの中、わたしたちがしていたのは、相変わらずの人探し。……だが、見違えるほど効率よくなった。
それもこれも魔防壁の崩壊のおかげだ。わたし一人の記憶ではどうしようもないだろうと、ヘンリーさんがスパイに依頼し、家系図と所在地を洗い出してくれたのだ。
……なんというか……、魔防壁に頼りっぱなしで、他がボロボロの母国に呆れて言葉もない。いーのか国。おとーさま。ねえ。ちょっと。
あっさり手に入ったリストを複雑な気持ちで凝視するわたしの隣で、「君の国らしいじゃないか」とくすくす笑ったおにーさんには、無言ほっぺ引っ張り攻撃を食らわせてやった。
まったくムカつ……ううん、意地悪なヒトである。
けれども、そういうところも楽しいと感じてしまうのだから、わたしはもう「だいぶ彼が好きなんだ」と、複雑な気持ちになるのが常であった。
そんな旅路の途中。
わたしは、今まで地味に気になっていたことを二つ、彼に聞いてみることにした。
「ねえ、おにーさん。〈彼女〉じゃないってどうやって判断してるの?」
「え?」
ジオド湖畔での小休止。
水浴びから戻り、開口一番聞いたわたしに、エリックさんは焚火から目を離して眉を上げた。
まずはひとつめだ。
ここまで何人ものお嬢様を訪ねたが、彼はその判別に時間をかけていない。
どんな会話をしているか知らないけど、長くて十分。短いと一分もしないうちに結論付けて戻ってくる。
正直わたしは、「それでわかるの?」と疑問に思い始めていた。もっとちゃんと聞けば〈彼女〉だと断定できるかもしれないし、もしかしたら今まで尋ねたお嬢様たちに〈彼女〉がいたかもしれない。
それらを汲み取ったのかどうなのか、おにーさんは気が付いたように目を丸めると、すっと視線を戻して口を開く。
「……ああ、いくつか質問をね。それで大体判断できるんだよ」
「しつもん?」
「まずひとつ、「イーサに行ったことはあるか」。これが無ければ即、違うと判断する」
「……なるほど~。確かにそーだね?」
こくこく頷きながら、焚火のそばに腰かけるわたし。
確かに、その質問は篩の第一段階にふさわしい。
なんて考えつつ、手をかざす。
……あったかい。
身体の清潔と引き換えとはいえ、やっぱり水浴びは体が冷える。
手のひらからじんじんと体が温まっていくのを感じながら、わたしは、髪をまとめていた綿の布を引き抜いた。
ばさっと落ちてくる髪の毛。
軋んで指が通らない。
うーん、絡んで絡んで仕方ない。
……旅と清潔って、やっぱり相いれないものよね……。髪の毛も丁寧に洗えたの、何日ぶりだろう? 臭くなかったかな、大丈夫かな。
なんて考えつつ、まずは粗目のコームで髪を梳くわたしの隣で、彼は続けた。
「本来、こういった「人探し」を行う場合、情報を提供し広く募った方が手っ取り早いが、それは避けたくてさ。端的に最小限で終わらせるように努めている。手間はかかるがな」
「なんで?」
「……これでも一応、金はある家に生まれたんでね。嘘をついてでも我々に取り入り、気に入られたいと謀る小貴族が後を絶たないんだよ。まったく」
「……あぁ……」
言いながら、徐々に機嫌が悪くなっていく彼に、わたしは低めの相槌を打った。
確かに、そうみたいなのである。「みたい」と曖昧に言うのは、わたしがそれらに出会ったことがないからだ。
王女とは言え、末端の末端のわたしには継承権なんてなかったし、城の中の洞穴がお部屋だったわけで。外の世界も知っていたけど、そんな、政治的な場面や求愛されるような場面に引っ張り出されることもなかった。
けれど、美しさと継承権を持ち合わせる、上のお兄様お姉さまは大変だったらしい。聞いた話だ。
……そーだよね。この人、たぶんどこかの王様か貴族だもんね。
……さっきまで魚の内臓抜いてたけど。おうさま。
大きい魚が釣れた時、目ぇきらきらさせて「見ろ! 今日は腹いっぱい食えるぞ!」って言うけど、おうさまか貴族さま。
旅の中で傷んだ服を繕ったり、ウサギの毛皮を売り捌いたり、どれだけ疲れていても革靴の手入れだけは自分でやる、おうさまかきぞく。
……うーん、なんか、想像とかけ離れている~。
なんか想像できない~。
ぬっぺりとした菩薩顔で「エリック陛下」を想像し、笑いを堪えるわたしをさておいて、ご本人様は、げんなりと鬱陶しさを滲ませて首を振る。
「そうなったらもう、人探しは絶望的だろ? 財力に目がくらんで立候補してくる女なんか、家も含めて碌なものじゃない」
相当不満が溜まってたな、これは……
完全に愚痴っぽくなってる……
こんなおにーさんも珍しい……
おちょぼ口でうんうん聞くわたしに、おにーさんは、うんざりの色を短い溜息で吐き捨て、次に呆れを全面に頬杖を突くと、「期待してない」と言わんばかりに述べた。
「まあ、仮にイーサへの訪問歴があったとしても、次の問いで皆、首を振るよ」
「……」
何を聞くんだろう……
聞いて、黙った。
気になる。
気になるけど、ここまでそれを言わなかったのだから、何か理由があるはず。
言えないナニカなのかな。重い事情があるとか?
「……」
頭を拭いていた手を止めて。指先でくしゃりと絡む冷たい髪に、迷いも絡ませた時。おにーさんの問いは、思わせぶりな音で耳に届いた。
「聞きたい? 聞きたそうだな」
「うーん、聞いてもいいなら」
「「楔をもっているか」。これだけ」
「……くさび。」
繰り返して考える。
なんか、想像と違った。
もっと重い何かかと思った。
くさびと言ったら、扉が閉まらないように、扉の下に挟むあれだよね。両手がふさがっている時や、風通しをよくしたいときなんかに使うもので、蹴り飛ばしてどこかに消えたり、無くした人が自分のところに持って行っちゃったりして、争奪戦になったり兄弟げんかの原因にもなる、アレだ。
……なんであんなもの……?
「ふう~~~~ん?」
「それもあまり公表したくないんだ。偽の楔を用意して、自分がそうだと偽る女も居たし、自分がそうだと効かない奴もいた」
「居たんだ?」
「居た。君に出会う前だけどな。……あの時は本当に、人間など信じてなるものかと思ったよ」
「……かける言葉がないや~……」
流れる会話に相槌を打ちつつ、間延びした声でそう言って、わたしは水の入った小さなケトルを吊るして火にくべた。
なんというか、おにーさんも苦労の人だ。
おにーさんの場合、立場もそうだけど容姿も人を引き付ける要素なんだろう。
なにしろ顔面美麗カラット。
すまし顔が絵になる、彫刻仕様のお顔立ち。
これで求婚されないわけがないよね、わたしも……かっこいいなあって見惚れる時、あるんだもん。
そんなことを思いつつ、横目でちらりと盗み見た彼は、やっぱりかっこよくて。途端に生まれたときめきと苦しさに動揺したわたしは、次の瞬間。
聞いてみたかった二つ目の問いを投げていた。
「ねえ。〈彼女〉と再会できたら、どうしたい?」
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