第4話 おにーさんの理由 後




「……つまり、「どうしても〈その人〉に会いたい」と……」

「そういうこと」



 ゆっくりゆっくり山の中。

 整った街道を行きながら、ぽっそりと呟くわたしに、返る声は明るく希望を帯びていた。


 先ほどのいざこざで、リュウダ相手に挑戦的かつ煽情的に捲し立てていたのが嘘みたい。「訝し気・怪訝・煽り」が標準装備の人だと思ってたけど……穏やかな顔もするようである。


 武骨で動かない彼の表情筋が緩やかに動くさまに、意外を覚えたわたしは、そのままぼんやりと空を眺めた。


 歩くペースで後ろに流れる、青い空と高い木々。それらを重ねて考える。彼の住んでいた北シャトンから、ここの東シャトンまで……どれだけかかったんだろう。

 

 しかも、目的は「人ひとり探すため」。

 なんだか、壮絶過ぎて言葉にならない。

 見つかったら奇跡のレベルじゃないかな。


 そんな思いは、次の瞬間。

 ぽろりと零れ落ちていた。



「……小さなころに会った人を探してこんなとこまで……」

「幼い記憶を手繰り寄せて、なんとかセント・ジュエルの人間だということは解ったが、その先がどうにも絞れなくて」



 悩まし気に眉を寄せるエリックさん。

 わたしは、続きを促すように顔を向け、



「名前は?」

「……わからない」

「年齢は?」

「……同い年ぐらい……かな」

「しゅっしんち」

「セント・ジュエル。……たぶん貴族か王族……だと思う」

「…………無理でしょ、それ」



 どんどん顔を曇らせる彼に思わず、呆れを隠さず言ってしまった。


 ここで彼にそれを言うなど、傷に塩を塗るようなものだと解ってはいるのだが、率直に言って無理すぎる。それで探そうとしてるのが無謀だ。



「……セント・ジュエル小さいけど、それでも王族も華族もたくさんいるよ? もっと他に情報ないの?」



 前から覗き込んで聞いてみる。

 わたしを見下ろす瞳には、呆れとためらいが混じっていた。



「──ミリア……君、結構手厳しいよな」

「付き合ってくれなんて言うんだから、それなりに情報くれないとむり」

「…………まあ、それはそうだけど」



 そーでしょ? 情報をください。

 難しい顔をする彼に、しれっとした眼差しを送るわたし。


 どれだけ王族に詳しくても、どれだけ華族に精通していても、それだけの情報では『絞るに絞れない』という話である。


 それらを瞳に込めて。

 じぃ──。と瞳で語るわたしに、彼は難しそうに顔をひそめ、くうを仰いで──



「……髪の色……」

「おっ、何色??」


「……金の髪で」

 ──きんのかみ。……シトリン姉さま? 


「金の瞳の……」

 あれ、違うな。金髪金目??


「────可愛らしい子だった」

「それはおにーさんの感想であって、特徴じゃないね??」



 真剣な彫刻フェイスから、あからさま。

 ゆるゆるほんわりと様変わりした彼に即刻突っ込みを入れた。


 うーん。なんだろう、この……いきなり賢さが下がった感じ。

 最後の一言までは至極真面目で、語る表情に美しさまで感じたのに、急に緩くなった感じである。


 ……男の人ってこうなの?

 っていうか、その探し人がそうさせちゃってる?



 と、疑念も送りつつ。

 流れるようにわたしの脳が用意したのは金髪金目の王族・華族の面々だ。


 「地味石ミリー」「洞穴王女」なんて揶揄やゆられてきたが、端くれでも王族。親族の顔ならわかる。



 名前も知らない街道を、エリックさんと二人。

 傷を受けた足を引きずりながら、腕を組みつつ考えて────



「……うーん……きんぱつ金目の……華族にはそんなの見たことないし……王族だとしたら……スファレラねえさまが……金の髪に金の瞳……かも」

「かも?」

「見る角度や感情によって色って変わるからさ~、成長で変わる人も居るし」



 言って肩をすくめ、ちらりと見上げた。



 そう、そうなのだ。

 我々宿り石の民は、成長の過程で髪や瞳の色が変わるなどザラ。

 幼い頃は金髪だったが、黒髪や茶色に変わる人も多い。

 白い瞳が青に変わることもある。


 だから正直、おにーさんの記憶は全くもって当てにならない確率が高い。


 ちなみにわたしは、チョコブラウンの髪に琥珀の瞳。

 金と言われたら金に見えないこともないが、どちらかと言えば透明な黄色。

 彼が会いたい「金髪金目の子」とは条件違いだ。

 もちろん、彼に会った記憶もない。


 ──つまり、彼の「思い出の記憶」は、今の時点でかなり使えない情報なのだが……そこは、秘密にしておいて。わたしは彼に意見を投げる。



「でも、スファレラ姉さまは違うと思う。おにーさんと同い年ぐらいじゃないもん。もうかなり上」

「…………そうか」



 ぽつりと静かに意気を落とすエリックさん。

 あまり動かない表情からでもはっきりと、諦め交じりに気落ちしたのが見て取れて……わたしは、言葉に詰まった。



 ……う……なんか……申し訳ないなあ……

 小さなころの記憶を頼りにこんなとこまで来たのに、「それ全然使えないよ」なんて口が裂けても言えない……


 不憫すぎる。可哀そうすぎる。だってここまで下手したら半年ぐらいかかってるよ? 何年旅したかわからないけど、そんな、おにーさんの希望を砕くようなこと、わたしには……! わたしにはできないッ……!



「…………ッ! くう……ッ!」



 思わず握りこぶしで前のめり。

 すっぱいものを食べた顔で唸るわたしの頭の上から────

 その声は、振ってきた。



「……ミリア? 足、大丈夫か? おぶってやろうか?」

「はいっ?」

 ────がんめんちぃかぃ!!


「……痛むよな。……歩けない?」

「や、えと、ちがう、ちがうので、はい、だいじょうぶです?」

「……なんで疑問形? 無理はするなよ?」

「ハイッ」

「歩けなくなる前に言ってくれ」

「ふぁい!」



 今まで見たことないぐらい近い場所にあった顔に、てんぱり慌てまくるわたしに、彼は不思議そうに首をかしげて歩き出した。

 

 ────かっ……!

 勘弁してよ、もぉおお!

 こっちは世間知らずの姫君(過去形)ですよ!? 免疫ないんだから!!

 しっ、しんぞーに! 心臓に悪い!


 でも確かに今のはわたしも悪い! まさか内部葛藤が「傷痛がってる」と取られるとは思わず無駄な心配かけた……! 一生の不覚……ッ! でも、顔面美麗カラットでいきなり覗き込むのはどーかと思うの!


 ────────いやっ?

 って、いうか? 待って?

 チガウヨ? ときめいてないよ? ときめいてナイ。

 彼に好意を抱いているわけじゃない。全然ない。

 純粋に驚いたの。

 おどろいたの。



 ──そう、こんなんじゃわたし、ときめかない。

 相手はよくわからない男の人。

 『洞穴ミリー』は『ちょろちょろミリー』にならない。

 わたし、そんなにチョロくない。


 ──チョロくないもん──!


 ────そう、固く誰かに言い放ち、心に鎮静剤を流し込むと──

 普通の声を装填し、しれっと、さらっと、彼に聞く。



「ねえ、もっと他に覚えてることない?」

「……他? ……ううん」



 よしよし、大丈夫。

 てんぱったことはごまかせている。

 わたしの追撃に、彼は眉をひそめ考え込んでいる様子だ。

 わたしは返事を待つ。


 青い空。きれいに舗装された街道。

 歩くペースに合わせて、彼の緩い癖毛が動いている。

 わたしは返事を待っている。

 

 あ。寝ぐせついてる。

 顔面綺麗だな、造形美すごいなあ。

 返事を待ってる。


 まつ毛長い?

 瞳、カイヤナイトみたいで綺麗。

 うーん、やっぱり顔面美麗カラット。

 外見だけならモテるよねぇ、外見だけなら。

 返事待ってる。


 空青い。

 鳥飛んでる。

 世界ってきれい。

 …………──────ねえ。ちょっと。

 


「…………ねえ……、それでいざ、会った時わかる……?」



 一向にが出ない彼に、わたしはしびれを切らせて問いかけた。

 これだけ考えても「金髪金目の可愛らしい子」しか出てこないのは、絶望的に情報不足では……??

 

 それらをぎゅっと込め、ジト目で覗き込んだ先、しかし彼の返答は──まっすぐだった。



「──わかる。見ればわかる」

「────……」



 清々しいほど確信をもって答える彼に、わたしは圧倒され、口をつぐんでいた。


 何をどうしてそう言い切れるのかさっぱりわからない。

 わたしなら、探せる自信も、会ってわかると思える自信もない。

 ────でも・・

 彼にとって、それだけ、〈その子〉が特別だってこと。


 ……ふーん……なるほどね……


 思わずこくこく頷きながら、じっ……と視線を落とし考えるわたしの隣から、彼は、懐かしさを乗せて言う。


 

「遊んでいた場所は覚えているんだ。おぼろげだけどな」



 ……遊んでた場所…… 



「…………俺が七つか八つのころ、親に連れられて東を巡った際、立ち寄った場所だ。そこで出会ったのは間違いないが、場所の名前が……さ。……生憎、両親も鬼籍に入っていて、確かめられる相手もいなくて」

「場所……」


「ああ。朧げだが、覚えているのは「花畑と時計塔」……」



 ……花畑と、時計塔……



「──ね、それ、イーサの街じゃない?」

「イーサ?」



 一拍の間をおいて、閃いたわたしに、明るい声が返ってきた。

 いつもの標準装備が一変、まるで少年のような顔をする彼に引っ張られ、わたしも、ぱんっ! と手を合わせ笑うと、



「そ~! 東シャトンの貴族や王族が息抜きに使うところでね? いいとこだよ!」

「──城はあるか? 城下町じゃないよな?」

「うん? 城下町じゃないよ、観光の街。ひっそりこっそりしたいから有名じゃないんだけど、時計台と花畑あるし、間違いないと思う!」


「──ほ、ほんとうに……!?」

「うん! ご飯がおいしくて、花畑が綺麗で、ご飯がおいしくて、ご飯がおいしい」

「三回も言う必要あったか?」

「ごはんがおいしい」



 確かめるように聞かれて力強く答えた。

 ご飯のおいしさはだいじである。

 そして蘇るご飯の記憶。


 イーサかぁ、懐かしいなあ……!

 あそこの、とろっとした卵が乗ってるやつ美味しいんだよね~……! 食べたい。久しぶりに食べたい……!


 ──と、急激に胃が動き始め、思い出の味に浮足立つわたしの隣で。

 エリックさんは、その表情を穏やかに彩ると──噛みしめるように、ひとこと。



「…………そうか。……やっと少し、近づけた気がする。彼女に、会いたい」

「────……」



 明らかに思い人。

 間違いなく好きな人。

 予想はしてたけど女の子。

 

 その事実を平坦な気持ちで受け止め、わたしは無言で顔を向け──…… 



「ねえ、それ、ほんとに女の子? すっごく可愛い男の子だったって可能性は?」



 確かめるよーに聞いてみる。

 ちょっと揺さぶってみる。

 ないこともないと思うから。


 しかし。



「…………いや、無い」

「なんで言い切るの」

「………………ない。ありえない。彼女は女の子だった」

「…………」



 ちょっと意地悪して聞いてみたそれに、返ってきた固い声に。

 ……そー思いたいだけではないだろーか……

 と、もっそり思ったのであった……




■■




 知らなければ良かったことって、あるよね。

 思い出は思い出の中のまま、直視しなければ上書きされない。そうやって生きていた方が、傷も少なく平穏に暮らしていける。



 ──そう思っていたから、後悔した。

 イーサは、わたしの記憶の中の、綺麗な街とはほど遠い廃墟になり果てていた。






 

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