第11話 国へ帰るか?




 思った以上に衝撃だった。

 

 「母国・セントジュエルが攻撃を受けている」。

その報告は、もう関係ないはずのわたしの全てを止めた。


 追放された時よりも大きな衝撃。

 体の中に冷や水が駆け巡り、頭にモヤがかかる中、ヘンリーさんの言葉は続くのである。



「────斥候せっこうの情報によると、まだ外壁の一枚が破られただけですが、セント・ジュエルはもともと魔防の国でしょう? 内偵によれば、戦力事態それほど持ってないらしいんですよ」


「──ミリア。そうなのか?」

「……う、うん……、攻められるなんて、たぶん予想もしてない……、防壁が消えたらとか、だれも、そこまで考えなかったと思う……」



 きかれて、こたえた。

 一気に不安が溢れ出して息ができない。


 切れた縁なのに。わたし、追放されたのに。

 悪口さんざん言われたけど、嫌な思いもしたけど、嫌いな人も居るけど、わたしの故郷なのは変わりなくて、こんな時に脳が見せてくるのは、楽しい思い出ばかりで。そんな景色に、わたしは、わたしは、



「……おとうさま、おかあさま、……大丈夫かな、もしかして、もう殺されたり」

「────落ち着いて。……ゆっくり息をして。落ち着こう」

「──落ち着けない……!」



 手が震える。首を振って彼を見る。

 情けない顔をしてる自覚がある。

 目を合わせてくれる彼は真摯に穏やかに、「落ち着いて」と訴えかけてくれてるけど、もう、わたしは、息苦しくて、仕方なかった。


 ────戻る? 

 戻りたくない、でも心配、喧嘩して出てきちゃった。

 本当に嫌いで憎んでるわけでもなかった。大好きな時もあった、あのまま会えなくなるの? 死んじゃうの? でも、じゃあ帰って・わたし────なんて言わ


「…………ミリア……国へ、帰るか?」

「……!」



 まるでわたしの考えを読んだような、全てを見通したような声賭けに体が震えた。

 それは言われたく・・・・・なかった・・・・

 けど、言って欲しかった・・・・・・・・

 ぐらりと揺れる心に反して、体を動かせないわたしに、彼の、緊張と心配を乗せた声は、ゆっくりと響く。



「……君がいないと、国は落ちるかもしれないだろ。俺のことは構わない。もともと、君を無理やり巻き込んだわけだし」



 申し訳ない、と避けるように瞳を惑わし、一息。

 落ち着いた、真摯な声で、判断を迫るのだ。



「……正直、君に「行くな」と言いたいところだが……国の有事となれば話は別だろう。わざわざ戦地に送り出すようなことはしたくないが、君が望むなら、国まで届ける。……どうする?」


「────わたし、……わたしは……」







 


「────見たくない」



 永遠のような凝縮した一瞬の後。

 わたしの口から零れ落ちてしまったのは、正直で情けなくて、どうしようもなくわがままなものだった。


 エリックさんとヘンリーさんという「きっと軍を率いて戦う人」の前で、両手を握りしめながら、口が、走る。



「…………行きたくない。みるの、こわい。げんじつ、受け止められる気、しない。見なかったら、見てなかったら、綺麗なままでいられるでしょ? でも、見ちゃったら、認めなきゃならない。……怖いよ、そんなの。……こわい」

 情けないよね、頼りないよね。

 わかってる、わかってるんだけど、

「ふつう、命捨てて、護りに行くのがカッコいいと思う。意気地なしだなって思う。ごめん、わたし弱いんだ、見れる気がしない、よわい、こわい……!」


 

 出た声は震えてた。

 余裕なんて欠片もなかった。

 ああ、情けない、かっこわるい。


 エリックさんもヘンリーさんも何も言わない。沈黙が怖い。素直に言ったはいいけど、どうやって顔をあげたらいいかわからない……!


 ────うまく、呼吸すらできない感覚が、わたしの胸で悪さして。変わり果てた故郷そうぞうに、もう一度手を握りしめた、その時。



「────……悪い。それを聞いて安心した」



 大きく大きく響いたのは、彼の落ち着いた声だった。

 闇に光が差すような感覚に襲われる中、彼の言葉は、安堵を宿したため息とともに届いた。



「命を失う危険性があると知りながら、みすみす君を送り届けるようなこと……したくなかったから」

「…………」


 ──これ、本音だ。直感的にそう思った。

 声の奥の優しさに心が震える。

 わたし個人への気遣い。


 心配されるのは苦手。

 心を使ってもらうのも苦手。

 だけど、なんだろう。 

 これは……あったかい。


 わたしのなか、胸の奥の恐怖が、少しだけ軽くなって。

 縮んでいた肺が、急に大きく膨らんだ時。


 彼は、力強く言ってくれた。



「──ヘンリー。頼みがある」



 声には威厳を。

 伸ばす手には優しさを。

 彼はわたしを支えるように肩に手を添え、|云った。



「兵を動かしてくれ。エリックの名のもとに、セント・ジュエルに援軍を出す」


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る