第21話 あなたが  ために、わたしは




 ──最初は、ご苦労さまだなと思った。

 北部から東部まで、たったひとりを探して旅してきたこの人に。



 次は、可愛いと思った。

 いじらしいとも思った。


 「小さなころに出会った女の子」。初恋の人に会いたいって気持ちでここまでくるなんて、純粋にすごい。なかなか真似できない。本気で探したいという気持ちに胸が打たれた。



 その次は、見つからなければいいと思った。探しているうちに一緒が楽しくなったから。彼の、力強い頼もしさと優しさに心が震えちゃったから。



 一緒にいる間、ふとした時にどきっとして、うるさい心に「うるさいぞー」って言い聞かせて、「初恋のカノジョ」のこと話されるたび、痛がる胸に「はいはい」ってして。


 そういう苦みがあっても、それでもなお、応援したいから探してたの。


 ──なのに。



  「俺の責務は、人柱として命を捧げ国の安寧を保つことだ」



 ──ねえ、わたしはあなたが死ぬために人探ししてたってこと?






 ────それは、淑やかに入ってくる。



「……まさか引き寄せてしまうとはな……、俺の不注意だ。俺のような「石を持つもの」が、英霊を祀っている可能性のある王城に近寄るべきではなかった」


「けれど陛下……招待を反故にするわけにも行かなかったでしょう?」

「それはそうだが、こうなると、さすがの俺も自身を呪いたくなる。……セント・ジュエルを巻き込むつもりはなかったのに」



 ──後悔と諦めを混ぜたような。



「──ミリア。すまない。君の国に影響が及ばぬよう、御影の石を宿すものとして、力の限りを尽くすから」


「陛下……、謝らないでくださいよ。引き寄せ自体、「可能性がある」ってだけの話だったじゃないですか……」

「……ヘンリー。それでも、こうなってしまったんだ」


 

 無抵抗で全てを受け入れるような。



「……陛下……」

「……苦労をかけてすまないな。もう新月まであと半月だ。できることをしよう。代わりの楔を用意してくれるか?」

「…………わかりました」

「────待ってよ!」



 わたしは叫んで割り込んだ。

 瞬間的に、攻めるようなヘンリーさんの視線と、彼の静かな視線がわたしに集まるが、口は、止まらなかった。

 


「ちょっと、待ってよ! なんで当たり前みたいに話が進んでるの? だって、おにーさん、死んじゃうんでしょ……!?」

「──なんでと言われても……そういうものだから・・・・・・・・・

「……!」



 顔色一つ変えずに答える彼に愕然とする。


 ……そういう、もの、だから、って…………

 なんでそんな「当たり前」みたいに言うの?

 なんで普通で居られるの? 怖くないの?


 

 そんな訴えを察したのか、エリック陛下は顎に指を添えながら──策略を伝えるようにわたしを見ると、



「……王子として産まれ、人柱おうの継承権を得た時から、この命は俺個人のものではないしな。民のため、国のために捧げるのが責務であり使命だ。取り乱すことでもない」

「取り乱すことでしょ!」

「…………」



 叫ぶわたしに、返る視線は冷静だった。


 なんで? どうして? わたし変なこと言ってる? なんでヘンリーさんも止めないの? なんで? おかしいよ、おかしいよだって、


「確かに王子だよ? 王様かもしんないよ! でも、その前におにーさんはおにーさんじゃん! エリックって名前があるじゃん! ひとりの人間だよ! それを、それを……「死んで当たり前」みたいに言わないでよ!」


「────ミリアさん」

「俺一人の命で済むならのなら、安いものだ」

「安いとか高いとかじゃない!!」

「ミリアさん」

「…………ちょっと、待ってよ…………ッ!」



 最後は情けなく顔を覆ってた。

 手のひらの中で鼻が痛む。でも、泣いてたまるか。


 ねえ、命って大事でしょ? 大事じゃないの? 


「────ねえ、なにかないの? エリックさんが、他の人も駄目だけど、命を使わない方法! 絶対何かあるでしょ、なんかある!」

「──……それについては、スレインの学者が永年調べ、試してきたがどれも失敗しているんだよ、ミリア」

「……!」



 ──……諭すように言わないで。



「……これが使命なんだ」



 何も言えなくなる。

 諦めた顔しないで。

 受け入れた顔で言わないで・

 あなたの方が痛いのに、傷つけたって顔、しないで。


 ギリギリ、ぎりぎり音がする。

 心が鋭く音を立てる。




「…………ミリア。君を巻き込んで悪かった。こうなるなら、端から」

「ちょっとごめん、ひとりにして。受け入れらんない……!」

「ミリア!」




 呼ぶ声を背中に、わたしは飛び出した。


 彼が……、人柱であること・命を失うこと・もうすぐ居なくなってしまうこともそうだけど、なにより、まっすぐに「当たり前だ」と受け入れているのがつらかった。



 生きてほしい。生きてほしいのに、彼はそれを諦めている。はじめから「先なんてなかった」と言わんばかりに、受け入れている。


 城の隅、慣れ親しんだ森の中。

 ぶつける場所のない葛藤を散らす様に、ただ走って──



 ────ずるっ、

「わっ!?」



 世界が揺れる。背中に衝撃。唐突に足を取られたと気づいた時には、滑り落ちてくぼみの中。


 枯葉の上、仰向けのまま見つめるのは──木々に囲まれた夕映の空。


 ……どんどん潤い歪んでいく世界を、瞼で塞いだ。


 ……初めて、好きになったの。

 初めて大好きだなって思ったの。

 はじめて、笑顔が見たいって思った。

 しあわせにしたいっておもった。なのに、なのに。



「────……っ」


 

 溢れ流れる涙の原因が、痛みなのか、悲しみなのか。

 わたしにはもう、わからなかった。





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