第22話 本音
やっとわかった。
彼が、「彼女に再会した後なにをしたいか」、なかなか答えられなかった理由。
やっとわかった。
そのあたりのことを「夢物語だ」と言っていた理由。
やっとわかった。
「生き抜いてくれ」って言った理由。
ごめんね、ごめんね、ごめんなさい。
わたし、何も知らなかった。気づけなかった。
「
歪んだ世界に、煌々と光る月の下。
わたしは、ぼーっと眺めて思ってた。
新月っていつだっけ。
たしか、月が見えなくなる夜だっけ。
昔の人は凄いよね。そういうので季節を数えて暦を作った。わたしなんか、そんなのに気づかず毎日へらへら生きてたと思う。
あー空がよく見えるなあ。穴の底にいるんだから当たり前か。
……雨なんて降ったの、少し前なのにね。葉っぱが湿って、何度も滑ってこの状態。『地味石ミリーはどろんこミリーになりました。めでたしめでたし』って? 全然笑えないよ。なーんにも面白くない。
「────あ────っ! 『死ぬとか信じらんない!』って言っといて、自分がこうじゃ顔向けできない────ッ!!」
くぼみの底から、空に向かって思いっきり叫んだ。何の音もしない。鳥も飛ばない。何か反応してくれてもいいのに。もう。
駄目だ、どうも感情が忙しい。虚無と苛立ちが行ったり来たりする。たまにぶり返す悲しみがめんどくさい。気を抜くとエリックさんの顔が出てくる。そのたびに心が揺れる。あの直後よりは落ち着いたけど。
「…………出なきゃ。こっから」
ぐっと膝に手をついて立ち上がる。泥まみれの手で頬を拭い、睨み据えるのは泥の坂だ。なんとしても登らなければならない。こんなところで死んでたまるか。
「……そうだ、木の棒でも差して足場作れば行けるかな……」
閃きに促されるように、わたしは足元を見まわして──
「…………ミリアさん?」
「……! ヘンリーさん!?」
突然降ってきた声に顔を上げた。暗がりを照らすランタンの中、ヘンリーさんがぼんやりと浮き上がり、がさがさと近づいてくる。
「ああ、よかった、見つけた。探しましたよ」
言いつつ、彼はぴぃ──と笛を吹き、流れるように縄を取り出すと、
「そこの木に縄、縛るんで。少し待っててもらえます? あ、歩けますか?」
いつもの口調の問いかけに、わたしは『はい』とひとつ答えた。
■■
二人で行く夜道は、決して心地いいとは言えなかった。
雰囲気はさしずめ、葬儀の前だ。ヘンリーさんの内情すべてはわからないが、歩調を合わせながらも何も言わない彼はおそらく、わたしに良い感情は抱いていない。
それはそうである。
彼からすれば、今のわたしは「覆らない事にパニックになって逃げだした上、自力で帰れず探させた考えなし女」。迷惑千万・怒られたって仕方ない。
自分に反省しかない。
が、彼は何も言わなかった。それが逆に胃を縮めていく。
──ごめんなさい。
何度目かの謝罪を胸の内に、さりげなく意識だけを向けるわたしの視線に気づいたのか、ヘンリーさんは前を向きながら小さく口を開くと、
「……良かったです。野犬とかに襲われてなくて」
「……ご迷惑、おかけしました」
口調は丁寧だけど温度のないそれに謝る。
じっとりと湧き出る自責の念。
釣られて先ほどの場面が蘇る。激情に走った自分・平静だったエリックさん・そして、
「これで貴女まで死んだら、陛下になんて言えばいいか。心配されていましたよ?」
「…………ヘンリーさんは」
言葉は口を突いて出た。
抱えきれないやるせなさの中、聞きたいことが飛んでいく。
「ヘンリーさんはいいんですか? エリックさん……エリック陛下が死んじゃっても「そういうものだから仕方ない」で済むんですか?」
「────済むわけないでしょう」
怒りを孕んだ答えは、勢いよく返ってきた。
思わず喉を詰めるほどの剣幕は、彼の
歩調を変えずに前を行きながら、彼は息を吸い込むと、
「…………僕はね、貴方に感謝していますが、腹も立ててます。陛下の前で、僕らが言えなかったことを簡単に言った。それは誰もが考えたことですけど、陛下の前では口に出さなかったんですよ。この気持ちがわかりますか?」
「…………」
「死んでほしいわけがない。僕らの王だ。人柱なんて、避けられるもんなら避けたいですよ。……でも、本人がああでしょう? あの方は元々、自分の命を勘定に入れないところがあります。その上、人柱になることを──いや、自分の命を差し出すことに抵抗がないんです」
堰を切ったように話す彼。痛いぐらいの虚しさとやるせなさ。
前を行く彼の表情はわからないが、憤りを放つその声は、怒りと悲しさが混濁し、震えていた。
「〈探し人〉のせいです。いや、「おかげ」って言うべきなんでしょうね……、陛下は「彼女のおかげで生きてこられた」っつってるんですから。失う方の身にもなってほしいですけど」
「〈彼女〉は、なにをしたんですか……?」
「────さあ。そればっかりは僕らも知りません」
吐き捨てるような言葉の後、澱みなく動いていたヘンリーさんの足が止まる。釣られて立ち止まるわたしの前で、彼の手元……先を照らしていたランタンが、力なく……下がっていく。
「──……陛下は、本当に」
ぽつり。
「本当に、出来たお方で……いつも先陣を切って僕らを護ってくださいました。国のことを、民のことを考え、先代王・王妃さまが御隠れになられた時も、ご兄弟の心の安寧に全力を尽くしていた。人柱になるお方じゃないんだ!」
「……その気持ち、伝えないんですか……?」
「伝えたらいけないんです。わかるでしょう? 陛下は精一杯務めを果たそうとしていらっしゃる。自らの命も礎になるのだと言い聞かせている。そこまで覚悟を決めていらっしゃる陛下を、僕らの我儘で惑わせるなんて、そんなこと!」
「…………」
「ならば、最後の
「…………」
わたしは、何も言えなかった。
愚問だった、バカだった。
ヘンリーさんは、自身の痛みの上で彼に寄り添っていた。
人柱の件を今日初めて知ったわたしが思ったことなんて、何万回も考えたんだろう。
わたしは、馬鹿だなあ……一番痛い思いをしてる人に、こんなこと聞いた。恥知らずもいいところ。自分が情けない。
ああもう、言葉にならないよ。
命を捧げる運命を受け入れているエリックさんと、大切な主が消えゆくのを見守るヘンリーさん。どっちも可哀想じゃ済まされない。
────ねえ、それで……”わたしは”?
ぐるりぐるりと渦を巻く。自分自身に問いかける。
ここまで知って、寂しさと、悲しみと、苦しさとでやるせなくなってるだけ? 何とかできないの? 何とかできない?
踏みしめる枯草の音を聞きながら、取り巻く想いに思考を巡らせ息を詰める。
どうしたらいい? どうすればいい? 国を、彼を護るため。どっちも犠牲にしない方法はない? セント・ジュエルのこの地で、全部を護る方法は、ない?
考えろ、考えて。
ヒトには脳がついてるんだから。
なんとかしようがいつだって、モノを動かしてきたんだから。
並べて・並べて・考えて。
ありったけを並べて考えて。
「新月には
「闇夜に誘われて彼らが動き出し、それが一番活発になるのが新月」
……「御影石」・「石の力」・「魂」・「封印」……
今あるカードを並べてぐるぐる渦巻くわたしの視界、
誘われるように、空を見上げた。
高く高く伸びゆく空の中心に、煌々と光り輝くのは────
「────”満月”…………」
────”満月”。
「…………」
「……さあ、早く着替えて宴のほうへ。そして、陛下に謝ってくださいね? 戻らない貴方を一番心配していたのは、陛下ですから」
「────ヘンリーさん」
王城を前にして。わたしは、空高く、煌々と光る月から目を離し──彼に告げた。
「……試したいことがあります。協力していただけませんか」
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