第20話 『礎の少女』
話についていけなかった。
おにーさんの言う「引き寄せ」も、「セントジュエルが危ない」も、〈彼女〉との関係性も。
「巻き込んだ」と述べるエリックさんに、わたしは思わず首を振って口を開くと、
「まって。話を聞いてると、「化生の世廻り」と〈カノジョ〉がなんか……関係あるの? ちょっと結びつかなくて混乱してる」
彼は言った。半月後までに見つけたかったと。新月がタイムリミットなのもなんとなく汲み取れた。しかし、そこに〈カノジョ〉がうまくハマらないのだ。
「えと、まさか……その人が巫女さんで、
「いや、違う」
静かに首を振る彼に、わたしが「じゃあ、霊媒師?」と首を傾げようとしたその時。彼は、深刻かつ平静な口調で告げたのだ。
「────必要なんだ。
■■
そういえば話していた。
あれは、ジオド湖畔で休んでいた時だったと思う。
「どうやって〈彼女〉かどうか判断してるの?」と聞いたわたしに、「楔を持ってるか聞くんだ」と答えてくれた。
その時のわたしは「あんな、扉の下に押し込む奴をなんで……?」と不思議に思っただけだったが、どうも、
城内の隅の小屋。
わたしが見守る中、エリックさんは静かに言葉を紡いだ。
「……「楔」の話をする前に、説明しておきたいことがある。ミリア。《礎の少女》という童話を知っているか?」
「……あ、読んだよ。小屋にあったやつだよね?」
「そう。あれは、スタインに伝わる伝承を童謡にしたものだ。元の話があるんだよ」
……”伝承が元になってる”……”童話”……
それを受けて、素早く物語を思い出すわたしの様子を見ながら、彼は言葉を続ける。
「英傑「ドリス・スタイン」は当時、周囲を困らせていた悪霊を封じた後、自らの体を石化することで、その
「ドリスの魂を喰らい増殖していった奴らは、地の底で徐々に力を取り戻し、ある日・溢れ出した。それが約300年前の「
「しかし、それで黙っていられるわけがない。「
わたしの中で、「楔」が本来の姿で想像できていく。
扉の下に挟むあれじゃなく、貫くための
やっと理解したわたしを導くように、彼はわたしを見つめると、
「その「鉱物の剣」が「御影の楔」。御影石という石からできている。とても大切な宝剣で、スタインを継ぐ者にしか持つことを許されないんだが…………」
「だが?」
そこまで澱みなく語っていた話が途切れ、思わず語尾を繰り返した。
気になるところで話を切る人である。
もったいぶっているというわけではなさそうだが、にしても気になる。
それらを込めて、「待ってるよ」と示す様に見つめてみるが、エリックさんは……気まずそうに眉を寄せ目を反らすばかり。
「…………? おにーさん??」
「……陛下、やっちまったんですよ」
「? やっちまった?」
「……あげちゃったんです。その子に」
「あげたあ!?」
「〰〰〰〰……!」
瞬間。
苦虫を噛みしめたような顔で目を反らす彼、首を振るヘンリーさん、素っ頓狂な声を出すわたしは──閃いていた。
……あ、それで!? それで「楔を持っているか」ってきいてたってこと!? あ! なんかつながった! つながった!
そんな興奮を口の中に閉じ込めるように、手で押さえ驚愕の視線を送るわたしの前。彼はというと、心底言いたく無さそうな顔でうなじをガリガリ。
「…………いや、その……あの子が発つ最後の日、どうしても
「うわぁ──……」
「ふつう、家宝あげます!? いくら好きだったっつっても、ねえ!?」
「…………ヘンリー」
「こ、こどもってこわい……! こどもってこわい……! 純粋な初恋ばなし可愛いけど、こどもってこわい……!!」
「……ああもう。なんとでも言ってくれ。俺が馬鹿だったんだ。解ってるよ」
震えるわたしに、肺の奥から思いっきり息を吐き出すエリック陛下。
その表情が雄弁に物語る「仕方ないだろ、子どもだったんだ。その時はあげたかったんだよ」という無言の訴えに、わたしは──くっと顔を絞った。
……う。まあ、まあうん、
「──ま、まあわかるよ? なんか恩人? なんでしょ? その子のおかげで持ち直したぐらいの恩を受けたなら、贈り物したくなる気持ちはわかる。けど「女の子に
「ですよね、普通は花や髪飾りですよね?」
「まあ~、おにーさんっぽいけどさあ~、家宝はあげちゃダメだよー……」
「「花冠」のほうが良くないですか!?」
「わかる、花冠かわいい!」
「…………残らないだろ」
「残らなくてもピュアじゃん~!」
「…………ああ…………もう…………うるさい。残るものをあげたかったんだ」
恥じらいながらヘソを曲げる彼。
……くう……、こういうところ、可愛いと思っちゃうあたり負けてる……!
そんな、内側のきゅんを頬の下に閉じ込めて、わたしは困り眉で彼に問う。
「──で、大人になって、大騒ぎ?」
「ええ、そりゃあもう。城中ひっくり返して大捜索ですよ。で、結果こうです」
「…………おにーさんさあ……」
「その呆れ顔を向けないでくれ。胸に刺さる」
「あ、えと、それで、その~、封印は大丈夫なの? ミカゲのクサビ? 今「無い」ってことだよね?」
声に凄みを醸し出しながら、ぼっそり言い放ったおにーさんのトーンに、わたしは、話の先を促した。
これ以上は彼が可哀想である。
──すっかり湧き上がってしまったが、今は「
そんな問いかけに、彼は一変。そのお顔から恥じらいを消し、すぅ……っと、纏う雰囲気を厳格に変えつつ、言った。
「────厳密にいえば、儀式の際、御影の楔がなくとも抑えることはできる。その分安寧の時間は短くなるが、長き歴史の中で「御影の楔」を使わなかった先代もいてな。「ただの鉱物の短剣」で責務を果たした者もいる。だから最悪、俺さえ沈めば事なきを得られるのだが……」
────ん? まって?
「…………せっかく責務を果たすのなら、少しでも長く安寧が続いた方がいいだろう? だから、あの子がまだ「御影の楔」を持っていることに賭け、期限が来るその日まで探すことにしたんだ」
待って、待って、追いつけない。
追い付かない。
「まあ、今となっては楔の有無なんて、後付けのようなものだったけど」
────冷えていく。背中から、指の先まで。
震え始める指を、
「……会ってみたかったんだ。もう一度。あの子に会いたかった。あの子のおかげで俺は「今日までこれた」と礼を言いたかった。……けれど、叶わなかったな」
諦めを宿して呟く彼が、わたしの芯を冷やしていく。
待って。待って。
ちょっと待って。
穏やかな顔でこっち見ないで。
待って、まって、それって、ねえ、ちょっとまって。
「──その代わり、ミリア。君と良い旅ができた。君との旅は俺にとって──」
「ちょっと・待って」
彼の安穏を遮って、わたしは口を挟んでいた。
聞きたくない。言いたくない。けれど、どうしても聞かなきゃいけない。
「違う」を期待して、わたしは──
「あの、かくにん、したいんだけど、もしかして、その「責務」って」
「────ああ。人柱として、命を捧げ国の安寧を保つことだ」
覚悟を以って放たれたそれは、わたしの口を封じた。
──そんな、まっすぐな目で言わないで……
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