第19話 暗澹




「────どうだ。ヘンリー」

「────駄目ですね。あれはズレてます」



 王城敷地内、使われていない小屋の中。入って扉を閉めるや否や、二人は深刻な面持ちで口を開いた。


 わたしが二人を連れて霊廟れいびょうを訪れたのがついさっき。


 エリックさんが扉の前で待機する中、わたしとヘンリーさんとで始祖の王の墓を確認したが──遠目から見てもはっきりとわかるほど、墓蓋はかぶたはガタガタと音を立て、不気味に揺れていたのだ。



 その目の前まで赴き、『こんな重い石が浮いて暴れるってどういうこと』と呟くわたしに、ヘンリーさんは『御影石でも抑えきれなくなってるんですよ』と説明してくれた。


 どうやら、墓に使用されている石は御影石というらしい。

 『冥界と現世をわかつ石』『現世を護る石』と謂われた墓石は、どこか星屑のナイフに似ているような気もしたが……色が違うので違うと結論付けた。

 

 ──こうして。乱発する出来事に、どうにかこうにか追いついているわたしも含め、密やかな話し合いが始まろうとしていた。





「ヘンリー。アレキ王と周辺兵士には?」

「『僕らが詳しいから任せてくれ』っつってありますけど……、あそこが繋がった・・・・のは間違いないでしょうね。あのグラつき方……、もう持ちませんよ」


「………次の新月はいつだ」

「半月後です」

「…………半月……か」

 


 重々しく目を伏せ腕を組む彼ら。

 まったくついて行けないわたしは、どうにかこうにか追いつこうと問いかけた。



「あの、新月って、なんで……?」

「ひと月の中で、冥界が一番沸き立つ時なんだ」

「陛下……学者の見立てではあと半年はあったんです、まさか……」

「────仕方ない。最善を尽くそう」



 悔しさを滲ませるヘンリーさんに、エリックさんは端的に返した。


 「陛下、申し訳ありません」「いや」と二人が話す中、わたしはひとり、宙ぶらりん。黙り込むしかできない。

 レティのこと・これからのこと・彼への気持ちで心が散らかっている中、追い打ちをかけるような「墓蓋の沸騰」。

 乱立する出来事に眉根を寄せるわたしに、「もうひとつ」はエリックさんの口から放たれた。



「…………しかし……本当に、それまでになんとか、彼女・・を見つけたかった」

「────え? レティは?」



 煮詰まっていく思考を晴らすような言葉に顔を上げる。てっきりレティが彼の思い人だと思っていた口は、その先をはじき出す。



「レティは、おにーさんの探し人じゃなかったの?」

「……ああ、違った。人違いだ」


 ……人違い……


「……〈彼女〉なら持っているはずの楔を持っていなかった。俺のことも記憶にないらしいし、年齢も違う。まったくの人違いだ」

「…………そう…………」



 淡々と言う彼に、ぽっそりと返していた。

 落ち込むはずの心が明るくなって、瞬時そんな自分に自己嫌悪。

 けれどもすぐに切り替えて、わたしは彼を見上げると、



「──じゃあ、また探しに行こ、一緒に行こ?」

「……いや。それは……できないだろうな」




 希望を込めた提案は──彼の深刻によって打ち砕かれた。

 「できない」に、一瞬。

 瞳を迷わせるわたしを見つめ、彼は言うのだ。



化生けしょう世廻よめぐりを、引き寄せてしまったから」

 ……引き寄せた?



「……すまない。ミリア。セント・ジュエルを巻き込んでしまった」

 ……どういう、こと?




 ──「暗澹は、突如その口を開けるのだ」と。

 かつて読んだ本の一節が、脳に響いた。

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