地味石ミリーは選ばれない

第3話 予算を立て直してこい

「……ミリアさまぁぁ、みつけましたよお～。ダメじゃないですかぁ、我々から逃げるなんてえ」

「──追い出したのはそっちでしょ……！　今更なんの用デスカね……！？」

　ピンチは、お構いなしにやってくる。

　いきなり戦場と化した小屋の中。うねり髪のリュウダと取り巻きに囲まれて、わたしは窮地に追い込まれていた。

　留守番中、一気になだれ込んで来た5人の兵士に精一杯警戒しつつ、じりじりと壁際に移動するわたしの前。

　あざ笑いながら、リュウダはむき出しの剣を手で叩いて退路を断つと、

「──うっふ♡　ですからぁ。王が連れ戻せと仰っているのです。貴方は姫君。王の命令は絶対でしょうぅ？」

　にたぁ……と嗤い述べるヤツ。

　しかしわたしは、間髪入れずに問いただす。

「──まって。アナタは（・・・・）お父様の部下だからそうかもしれないけど、わたしは（・・・・）「追い出されてる」んだから、命令の範囲外だよね？　雇用契約でいうなら切れてるわけで、再契約には手続きが必要でし」

「────小賢しい！」

　──一閃（いっせん）！？

「──────ッ！？　……痛（つ）ぁ……っ！」

　恐怖と共に飛びのいた瞬間、走り抜けた熱と痛覚に思わずしゃがみ込んだ。

　足首やられた……！　こいつ……！

　こんなところで剣振り回すなんて、常識ない……！

　ぐっと抑える手のひらで、広がる血液の感触。ずきずきと痛み始め・熱を放つ足首。それでも、警戒しながら距離を取り、退くわたしの背中に、こつんと当たるのは食器棚。

　……やばい。逃げ場がない。

　焦りが吹き荒れる。

　リュウダの性格は知っている。多少乱暴をしても任務を遂行するタイプで、暴力的だが評価も高い。　存命の指定がなければ、対象者を亡骸することも厭わない。

　そんなやつと、わたし。

　──勝ち目があるわけがない……！

　……ぎりっと歯を食いしばるわたしを見下ろして、やつは──顔面を愉悦に染め上げると、

「──まっっったく……。生意気な小娘ですよ。王族でなければとっくに切り捨てているのに。王もさぞ手を焼かれたことでしょう。貴方のような娘をもってね」

　ぺち、ぺちっ。

　叩く刀身が、いやらしく音を立てる。

「──さあ、ミリア様。よおーくお考え下さい。貴方はひとり。我々は五名。修練を重ねた我々を、貴方ひとりでどうにかできるとでも？」

　……言われなくてもわかってる。わざわざ言う嫌な奴。

「──貴方のために申しているのです。大人しく言うことを聞いて、王城でお過ごしください。それは貴方の利になり、忠誠の証にもなる。貴方がしでかした罪（・・・・・）についても──減刑されることでしょう」

「…………つみ？」

「──さあ、お手を」

　言われてわたしは眉をひそめた。

　奴に差し出された手も取らず、もう一度聞き返す。

「…………罪ってなに？　なんの話？」

「……とぼけるな小娘！！！」

「──────なあ。悪いけど。人の家で騒がないでくれないか。迷惑だ」

「……おにーさん……！」

　低くはっきりと響いた声は、わたしの危機を打ち払った。

　慌てて目を向けた先、怪訝を露わに踵を鳴らすのは、エリックさん。

　────助かった……！

　いや、まって？

　駄目でしょ浮かれちゃいけないでしょ、おにーさんもやられたらどうすんの……！

　瞬時に混ざりあう希望と危機。

　迷いたじろぐわたしを視界の外に──標的を変えたリュウダは、ダン！　とけたたましく靴を鳴らして彼に吠える。

「……おまえ！　なぜ戻ってきた！　金貨ならくれてやったはずだろう！」

「あの程度のはした金で言うことを聞けって？　見積もりが狂ってるな。予算を立て直してこい」

　リュウダの言い分を、怒りと怪訝を含んだ嘲笑で煽り返す彼。

　……怖くないの……！？　逆に煽り返して……！　勇ましいけど、大丈夫なの……！？

　と、不安に駆られるわたしをしり目に、彼はと言うと、殺気立っている。

　コツンとひとつ、靴を鳴らして。

　ジュエルの兵士をぐるりと見渡し────

　────はっ！　

「……貴様ら（これ）がセント・ジュエルの兵士？　へえ？　とんだお笑い種だ」

「何を貴様！」

　鼻で嗤い捨てられた兵士が食って掛かる。

　しかし彼は、すぅ……と大きく息を吸い、嗤いを浮かべながら物申すのだ。

「──「貴方のため」・「君の為を思って」。…………善意の皮で私欲を隠し、懐柔するための常套句だな。三流の詐欺師でも使わない文句を、今もまだ使う奴がいるなんてなあ。驚いたよ」

　────コツン。カツン。

　靴音が重い（・・）。

　彼が踏み出すたび、空気がひりつく。

　言い表せない剣幕と、迫力に場が畏縮する。武器を構えても居ないエリックさんに、構えている兵士が委縮していくのがわかる。

　──なんなの、この人……！

　釣られて喉を閉めるわたしの視界の中で──、彼は、眼光鋭くリュウダを刺すと、

「────で？　彼女をどうするつもりだ。言ってみろ」

「……ッ！」

「──罪とは、何のことですか。リュウダ」

　彼が作った一瞬の怯みに乗じて、わたしは立ち上がり切り込んだ。

　足首の傷は痛むが、痛がっている場合じゃない。

　先ほどの罪が気になる。

　そんなものには記憶がないし、ここで問わねば、わたしは、おにーさんにも見放されてしまうかもしれない。

　────言うことは言わないと。主張することは主張しないと。

「──私は、父の言いつけを護り国を出ました。荷物も、大切なものしか持ち出せなかった。その日のうちに国を出た私に──何ができると言うのですか」

「知らぬふりをしても無駄ですよ小娘！　貴様が出た翌日から我が国の魔防壁は弱まり消えゆく寸前だ！　おまえがやらかしたのは明白ッ！」

「証拠がないでしょ！」

「おまえが消えたらそうなったのだ！　何よりの証拠だ！　言い逃れはできまい！？」

「そんなの知らない！　わたしは何もしてない！」

「ならどう説明を付ける！？　魔防壁弱体化の罪！　償ってもらうからな！」

「────原因を作ったのは、お前らの方だろ」

『──！』

　過熱し始めた場に水を流すような一言は、またもおにーさん……いや、エリックさんの口から飛んできた。

　とても平静──そして、「妙に知った風の言い方」に、わたしとリュウダが視線を向ける中。彼は、チェストの上の羊皮紙を引き挙げながら言葉を発す。

「セント・ジュエルが、その魔防壁により、永年・外部からの侵略を免れてきたのは、守護の力を持つ宝珠のおかげもあるだろうが──「どうしてそれら加護が機能するか」については、考えなかったようだな？」

　──「どうして」。

　……そういえばどうしてだろう？

　気がつき、固まる。

　正解を求めるように、彼に向かった目線の先で、エリックさんは、冷めた瞳で羊皮紙を見つめながら口を開くと、

「────まあ、建国から何百年もの間、当たり前のように機能していた防壁に、何の疑問も抱けなかったのかもしれないが。……基礎になっていた力があったんだ」

　──基礎。

　……基礎？

　いまいちピンとこない。

　迷い伺うわたしの意識を、掬い上げるように。

　それは、彼の口から放たれた。

「────「人に安らぎを与え・安寧を約束する・周囲の石の力を引き出す」。彼女の宿り石『鍾乳石』の力だよ」

　わたし（・・・）……！？

「……宝珠の因果関係も調べず、ただ華やかな存在だけを欲し、もてはやした結果、貴様らは自ら安寧の力を手放したんだ」

「……なんだと……！？」

　動揺に震えるリュウダに、コツン。

　靴音を鳴らして彼は、挑戦的に嗤う。

「何事も、全て基礎がある。上物がどれだけ立派でも、下が崩れれば跡形もなく消え去る。──少し考えればわかるよな？」

　言いながら、羊皮紙をピンと弾く彼。

　はらりはらりと落ちる紙には──報告書（・・・）？

　垣間見えた違和感に掴まる前に。

　エリックさんの声が、低く逞しく、わたしを引き戻す。

「───で？　それを踏まえたうえで、もう一度聞こうか。誰のせいだって（・・・・・・・）？」

「適当なことを言うな！」

「論より証拠だ！　文句があるなら事実関係を明らかにし出直してこい！　そして、彼女に謝るんだな！」

　堂々とした振る舞い・剣幕に、わたしは感嘆に包まれ言葉をなくしていた。

　……圧倒的だ……！

　シンプルにかっこいい。

　この状況で怯まない度胸に心が震える。

　人として格好いい。まるで英傑。

　──この人、何者……！？

　そんな、英傑を見たような感動は、次の瞬間。苛立ちを沸騰させたリュウダの声が引き裂いた。

「……ふざけるな！　貴様ぁ！」

　叫ぶと同時、王国支給の剣を振り上げ、ぐんと間を詰め切りかかり──！

「────伏せろ！」

　──カッ！

　ひかりだま！？

　一瞬だった。

　エリックさんの声と同時に目映い閃光があたりを包み、驚くわたしの瞼の向こうでいくつかの呻き声。状況判断もままならない中、彼のしっかりとした声は、肩をたたかれた感触と共に届いたのだ。

「────逃げるぞ、動けるか！？」

「……足、やられた！　歩ける・走れない！」

「──チッ！　下郎が！」

「────うし……ろッ！」

　吐き捨てる彼の後ろ、振りかぶる人影に声を上げた瞬間。指先に当たった取っ手を引き上げ、わたしは全力で──フライ・パァァアアァン！

　ぷゎこおおおおおおん！

「────当たった！」

「ハハッ！　やるじゃないか！」

　攻防の刹那、もらった言葉に心が弾む。

　生きるか死ぬか。

　決死の脱出劇。

　恐れを感じる余裕はない。

　高揚と興奮に包まれるわたしに、彼から声が飛ぶ。

「出るぞ、掴まれ！」

「え、この家は！？」

「──構わん！　捨ておけ！　あとで処分させる！」

「捨ておけってそれ、っていうかわたしのペーパーナイ……」

　言われるがまま捕まり家の外。流れる景色と体感（・・）に、わたしは……言いかけた言葉も飲み込んだ。

　抱かれたわたし・駆ける彼。

　ふわっとした浮遊感。

　離れゆく森の木々が上へとせり上がり────

「…………崖じゃないのおおおおおっ！」

　けたたましく崖を削る靴音と共に。

　わたしの叫び声は、その場に響きまくった。

　☆☆

「……しっ……、死ぬかと思った……！」

「……死なないよ。俺が君と心中するわけないだろ？」

　枯葉の上で前かがみ。ダンゴムシのよーに背を丸めて枯葉を見つめるわたしに、さらりとした声で言ったのは、おにーさんだ。平然とした声に振り返る。

　見つめる先で、彼はというと、髪に絡まった枯葉を引き抜き指で飛ばしている。

　……し、死なないよってアナタねえ……！

　わたし、ここの高さ知らなかったんですけど……！？

　……けっこう無茶するおにーさんだねアナタ……！？

　──を、口の中に準備して。

　『報告不足の朴念仁に、一言文句を──！』と、構えた瞬間。

　飛び込んできたのは──すがすがしい表情の中に希望を乗せた顔。

「…………」

　まるで楽しい何かを見つけたような表情に、言葉が遅れた。

　目の前の彼は、成人男性のはずなのに──まるで、新しい楽しみを見つけたような顔をしていたからだ。

　その一瞬を突いて。

　靴底にハマった小石をはじいた彼は、自信を湛えた笑みで、わたしにこう問いかけたのである。

「──なあ。俺と組まないか？　君が欲しい。付き合ってくれ」