第4幕(2)

母っちゃ :「(囲炉裏端から戸口に立って)どしただ!?

       (長吉からゆきを受け取り)こりゃ、ひでえ熱でねっか! 長吉、お医者様呼んで!。」

長吉   :「分がった!」

       舞台下手へ駆けて行く。

母っちゃ :「大丈夫か? ん? しばらく辛抱せえ。じきにお医者様が来っからな。」


       ゆき、「暑い、暑い」とうわごとを繰り返す。

       下手より、長吉が医者を連れて戻って来る。


長吉   :「母っちゃ! お医者様連れて来ただ!」

医者   :「やれやれ、しんど。この家では、毎年この時期に病人が出るだな。去年は長吉で今年はおゆきか?

       (座敷に上がり、おゆきの容態を見ながら)どしただ? 急に熱が出たって?」

母っちゃ :「(しばし間を置き)先生、どうですか、おゆきの具合。」

医者   :「まあ、心配はねえでしょう。軽い風邪だべ。熱が高いだから、頭さ冷やす様にな。(ゆきに)暑いか? 汗をいっぱいかけばすぐ直っから我慢せえ。(立ち上がり、土間に下りて)それでは、薬さ調合さすっから、取りに来て下され。」


       医者と母っちゃ、戸口を出て、舞台下手に歩み去る。


長吉   :「(おゆきの様子を覗き込んで)えがったな。てえしたことねぇって。寒いのに外さいたからだべ。」

ゆき   :「(弱々しく)長吉ちゃん。」

長吉   :「ん、なんだ?」

ゆき   :「長吉ちゃん知ってるだか? 人間が雪ん子さ見て、その事さ他の人に話すっと、その雪ん子は春になると融けてしまわねばならねんだって。」

長吉   :「(しばし考え)そっただ話は、またいつかゆっくり聞いてやっから、おゆきは少し眠れ。目え覚ました時に、あったけえ甘酒呑める様にしといてやっから。」


       長吉、表に出て薪を取って戻ると、それを囲炉裏にくべて、再び本を読み始める。しばらくして、


ゆき   :「長吉ちゃん。」

長吉   :「ん?」

ゆき   :「おら、長吉ちゃんにお願いがあんだ。」


       母っちゃ、下手より薬袋を持って戻って来る。


長吉   :「(ゆきの枕辺ににじり寄って)なんだ? 何でも言ってみろ。」

ゆき   :「長吉ちゃん、中学校受験してけろ。」


       母っちゃ、家の前まで来て、引き戸に手を掛けて、ふと動作を止める。


長吉   :「(憮然と)何言ってるだ! おらとこには中学さ行く金なんかね。」

ゆき   :「おら、名主様の番頭さんに聞いただ。試験で一番の成績取ると、学校行くお金、お国が全部出してくれんだと。」

長吉   :「そっただ簡単に一番取れたら、誰でも中学さ行ってる。」

ゆき   :「長吉ちゃんなら取れるべ。」

長吉   :「病人が下らねえ事しゃべってねえで、とっとと眠れ!」


       母っちゃ、引き戸を開けて家に入って来る。


母っちゃ :「長吉、受験してみれ。」

長吉   :「(振り返って) 母っちゃあ!」

母っちゃ :「いっくら貧乏してっても試験受けるくれえはどって事ねえ。おゆきがこっだに言ってっだ。受けるだけ受けてみれ。」

ゆき   :「長吉ちゃん。」

長吉   :「(しばし熟考した末に立ち上がり) 分がった。おら、やってみる。」

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