第4幕(1)
■長吉の家
囲炉裏端に母っちゃ、長吉、ゆき。母っちゃは針仕事、長吉は本を読んでいる。ゆきは、戸口から外を眺めている。
やがて、ちらほらと雪が降り始める。
ゆき :「雪だ! (外に飛び出し、小踊りしながら) 雪だ、雪だ、雪が降って来ただ!」
長吉 :「(戸口からゆきの様子を眺めて) おめって変な奴だな。雪が好きなのか?」
ゆき :「んだって、きれいだべ?」
長吉 :「道は埋まっちまうし、雪降ろしせねば家は潰れちまうし、ええ事なんか、なんもね。」
ゆき :「(がっかりした様子で)んだか‥‥?」
薪の山に登って座り、足をぶらぶらさせる。
長吉 :「そっただとこいると、風邪ひくぞ。」
母っちゃ :「(戸口の長吉の脇に並んで)春になったら、長吉には丁稚奉公さ出てもらわねばな。そうすっと、来年の冬は男手がなくなるだな。」
ゆき : はっとした様子で振り返る。
長吉 :「正月には帰って来れるべ?」
母っちゃ :「だな。」
家の中に戻って行く。
ゆき :「長吉ちゃん、丁稚奉公行くだか?」
長吉 :「んだ。学校卒業だからな。」
ゆき :「だけど、名主様とこの一郎ちゃんは中学校さ行くんだべ? 長吉ちゃんは行かねの?」
長吉 :「いかね。」
ゆき :「なして? 長吉ちゃんの方が頭ええんだべ?」
長吉 :「中学校なんか行きたくもね。」
ゆき :「なしてえ!?」
長吉 :「(怒った様に)なしてでもだ!」
ゆき :「(しばし間を置いて)おら、もっと大っきかったらえがったな。そしたら、おらが代わりに働きに出て、長吉ちゃん、中学さ行く事も出来たのにな。」
長吉 :「(ゆきを眺めて)まあた、おゆきはしょうもねえ事言ってぇ!」
ゆき :「んだってぇ。」
長吉 :「おゆきがいねかったら、おら、母っちゃを残して安心して奉公になんか出られねえべ?」
ゆき :「んだども‥‥。」
長吉 :「おゆきは、今のまんまのおゆきでええんだ。」
ゆき : はにかんだ様にうつむく。足をぶらぶらさせる。
長吉 : ゆきの座っている薪山にもたれかかる。
「なあ、おゆき。」
ゆき :「(うつむいたまま)ん?」
長吉 :「おら、おめと会う前、おめとそっくりなわらしっ子見た事ある様な気ぃすんだ。」
ゆき : ぶらぶらさせていた足をピタリと止める。
長吉 :「おら、父っちゃと雪山で遭難したべ? そん時、おら、雪ん子さ見たんだ。」
ゆき :「(大声で)いやだ、そっただ話!」
長吉 :「(けげんな様子で)どしただ、急に?」
ゆき :「怖え話は聞きたかね!」
長吉 :「怖かね、ちっとも怖かねえよ。おら、その雪ん子に助けられたんだから。」
ゆき :「んだって、長吉ちゃん、その話は誰にもしねって、雪ん子と約束したべ?」
長吉 :「(驚いてゆきを見上げて)おゆき、なしておめがそっただ事知ってるだ!?」
ゆき :「なしてって事もねっけど、約束したんなら話しちゃなんね。」
長吉 :「(感慨深げに)そっただ事言ったってなあ‥‥。(薪山を離れて空を仰いで)やっぱり、あれは只の幻だべ。だって、おら、父っちゃを殺されたはずなのに、その雪ん子さちっとも恨めしくねえんだ。普通だったら、雪ん子さ、えれえ憎らし思うべ? おかしいべ? (笑って)そんだけ、『リアリティー』ってもんがねかったって事だべ? (振り返ってゆきを見て、驚いた様に) どしただ、おゆき!? 顔が真っ赤でねえか?」
ゆき :「あちい‥‥、体が焼けるみてえだ。」
薪の山から転げ落ちる。
長吉 :「おゆき! (ゆきを抱え上げて)大変だあ! 母っちゃ、おゆきが大変だあ!」
ゆきを抱いて、家に駆け込む。
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