第3幕(5)
■名主の氷蔵の中
明るくなり、昼間の様相。氷倉には、積み上げられた氷の山(6尺=2メートル弱)に黒い布が掛けられている。
その前に、ホワイトボード。
上手より、名主と、長吉たち4人の子供が歩いて来る。
名主 :「氷の帳簿が見てえだと? そっただもん見て何するだ?」
長吉 :「おゆきは氷さ盗んでねえって言ってる。帳簿とここの氷の数さ合えば、おゆきが盗んでねえって事になるべ?」
名主 :「おめらみてえなわらすに何が分かるだ?」
長吉 :「おら、学校で算数習ってる。計算ならお手のものだ。」
名主 :「ふん、生意気なわらすが。勝手にするがええ。おーい、番頭! こいつらに氷の帳簿さ見せてやれ!」
番頭 :「(声のみ)へーい! (下手より駆けて来て名主に帳簿を渡すと、すぐに下手へ戻って行く)」
名主 :「(長吉に帳簿を渡して) ほれ。」
長吉 :「(帳簿を開いて) ええと、これによると、まず、2月に3尺の氷さ二十個、湖から切り出してここに貯蔵しただな?」
名主 :「そっだ。毎年二十個切り出すだ。」
長吉、ホワイトボードの左上に「20」と書く。
長吉 :「そんで、5月に4個、7月に6個売って、屋敷で1個使っただから、」
長吉、ホワイトボードの右側に順に「4」、「6」、「1」と書く。
長吉 :「二十引く四引く六引く一で、ここには‥‥」
(少し間を置く。)
「9個の氷が残っているはずだべ。」
吾助 :「よーし、数えるべえ!」
長吉がホワイトボードを脇にのけ、吾助が氷に掛けられていた黒布を取り去る。
縦横3尺(1m弱)に切られた氷が整然と2段に積み上げられている。
(客席の観客も促し)
吾助、与一、菊子:「1、2、3、4、5、6、7、8。あれ?」
吾助 :「もう一回、数えるべえ! 間違えねえ様に大きな声でな!」
(客席の観客も促し)
吾助、与一、菊子:「1、2、3、4、5、6、7、8‥‥。」
名主 :「そーれ見ろ。一つ足りねえべ。やっぱりおゆきが盗んだだ。」
長吉 :「だけど、おゆきが持って来た氷は一つや二つじゃねえ。荷車いっぱいだ。」
名主 :「(戸惑い)なに!?」
吾助 :「そっだあ! それに、おゆきの氷はこんなきれいな真四角でねかった。もっとゴテゴテした塊だあ。」
菊子 :「やっぱり、おゆきは氷さ盗んでねかったんだなっす!」
名主 :「(言葉に窮して)この・・・、この・・・、生意気なわらす共が! おーい、番頭! これは一体、どういうこった!」
番頭 :「(下手から走って来るなり土下座して) お許し下せえませ、旦那様! 実は、わたすの末っ子が熱出して、あんまり苦しがるもんで、つい!」
名主 :「(声を高くして) わしの氷さ使っただか!?」
番頭 :「お許し下せえませ!」
名主 :「ええい、許せね! おめみてえな不忠者は今すぐクビだ!」
番頭を蹴り飛ばす。
番頭 :「お許し下せえませー!」
舞台下手にすっ飛んで行く。
吾助 :「ひでえ! たかが氷でねえか!」
長吉 :「熱出したら、氷さ欲しくなんのが当たり前でねっか!?」
名主 :「何ぬかすか、くされわらすが! 人の氷さ手ぇ出してええと思ってるだか?」
長吉 :「この氷は名主様のものでねえ。もともと、湖に張ってた氷だべ!」
名主 :「それを、人手雇って切り出して、溶けねえ様に土蔵さしまっておいたのはわしだ。わしの氷だ!」
長吉 :「そっだに氷が欲しければ、一年中、氷の下さいればええだ!」
長吉が叫んだ途端、突然、上から雪の塊が落ちてきて名主を押し潰す。
名主 :「うわーっ! なして、真夏に雪が降るだあ!?」
吾助 :「天罰だべ。」
名主 :「(雪の下で) 助けてけろーっ!」
長吉 :「助けてやってもええけど、おら達の言う事聞かねば助けてやんね。」
名主 :「何でも聞く! 何が欲しい? 金か? 喰いものか?」
長吉 :「一つ、一松んちから小作地さ取り上げねえ事。」
吾助 :「二つ、おゆきに手ぇついて謝る事。」
長吉 :「三つ、番頭さんもクビにしねえで、これからは、病人のために氷さ使わせる事。」
名主 :「この、くされわらす共があ!」
長吉 :「あ! んだか? なら、みんな帰るべ?」
子供達、上手に向かって歩き出す。
名主、びくつく。
吾助 :「鍵も忘れず締めるべなあ。大切な氷が溶けたら大変だべ。」
名主 :「(あわてて)わ、分がった。一松んちから小作地は取らね。番頭はクビにしね。おゆきには謝る。何でも、おめ達の言う通りにする。」
長吉 :「(振り返り)本当だなや?」
名主 :「本当だ。氷も自由に使わせる。だから、早く助けてけろお!」
吾助 :「ようし! それじゃ、名主様を掘り出すべえ!」
舞台、ゆっくりと暗転。
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