第3幕(2)
■夏の野っ原
遠くに夏山。せみしぐれ。
舞台中央から、ひまわりがにょっきりと生えて来る。やがて花を咲かせる。
子供たち :「ワーッ!」
歓声を上げて上手から駆けて来て下手に走り去る。
さらにしばらく遅れて、ゆきがふらふらと現れる。嘆息を漏らしてひまわりの根元にへたり込む。
しばらくして、長吉が下手から戻って来る。
長吉 :「どした、おゆき?」
ゆき :「あちくて、まんず、体が溶けちまいそうだ。」
吾助 :「(下手より声のみ)長吉ィ、どしただあ!?」
長吉 :「(下手に向かって)今、行ぐ! (ゆきに向かって)な、おゆき。山さ行ってセミ取りすべえ。」
ゆき :「(もう駄目、という口調で)おら、いい。もう動けね。長吉ちゃん、一人で行ってけろ。」
長吉 :「んだか? なら、おら行くぞ。」
下手に走って行く。
ゆき :「(一人ごちる)まんず、人間てのも、ええ事ばっかでねえな‥‥。(空を仰いで)お天道さん、おらに恨みでもあるだか?」
急にあたりが薄暗くなる。
涼しげな風の音。
ゆき :「(驚いて)あらら、おらの声が聞こえただべか?」
突然、稲妻が走り雷鳴が轟く。
ゆき、飛び上がる。あわてて左右を見る。
ゆき :「長吉ちゃあん、おらも行ぐう!」
下手に走って行く。
やがて、激しい夕立。下手から、ゆきを含めた子供たち、駆け戻って来る。
与一 :「夕立だ、夕立だ!」
一松 :「帰るべえ、今日は帰るべえ!」
菊子 :「うわあ、ずぶ濡れだあ!」
上手端まで来たところで、
一松 :「待ってけろ! 末松がいねえ!」
吾助 :「本当だ! 忘れて来ちまっただか?」
長吉 :「捜しに行かねば。」
子供たち :「末松ぅ!」
呼びながら、再び下手に走って行く。
舞台には誰もいなくなり、しばらくの間、雨音と雷鳴が続く。ようやくにそれが収まり、舞台は再び明るくなる。せみしぐれも戻って来る。
上手より、長吉、吾助、与一、菊子、ゆきが歩いて来る。
長吉 :「あれから、末松、熱出したってな。」
吾助 :「んだ。ずっと寝込んでんだと。」
菊子 :「あれえ、一松ちゃんだ。」
下手より一松が走ってくる。
吾助 :「おーい、一松ぅ! 今、おめのとこさ行こうとしてたとこだあ!」
菊子 :「末松の具合、どんなだなっす?」
一松 :「それが、ゆうべっからまたひでえ熱でよ。ありがてえけど、今日は会わせらんね。」
菊子 :「そっだかあ。」
一松 :「お医者さまは氷で頭冷やせって言うけど、こっただ真夏に氷なんかある訳ねっし・・・。んじゃ、おら、薬もらいに行かねばなんねえで、またな。」
上手に走って行く。
子供たち、しばらく見送る。
長吉 :「氷だったら、名主様の土蔵にあんでねえのか?」
与一 :「駄目だ、駄目だ。あのけちんぼの名主様が、末松のために氷さ分けてくれる訳ねえ。」
長吉 :「そっただ事、行ってみなけりゃ分からねえべ。」
吾助 :「よし、おら達で名主様のとこさ行って掛け合ってみるべ。」
子供たち、下手に走って行く。しばらくして、
番頭 :「(声のみ、怒鳴り声)旦那様の大切な氷で、おめ達の頭さ冷やすだと!? とんでもねえこった、このくされわらす共が!」
子供たち、舞台中央まで吹き飛ばされてくる。
長吉 :「ふわあ、ぶたまげたあ。」
与一 :「まんず、おらの言った通りだべ?」
菊子 :「だけど、どおすべえ? 末松、可哀想だべ?」
吾助 :「氷だなや・・・。」
ゆき :「(ふと立ち上がって) 長吉ちゃん、ここでしばらく待っててくれねか?」
長吉 :「(けげんな様子で) どしただ、おゆき?」
ゆき :「ええから、ちょっと待っててけろ。」
一人で下手に走って行く。
しばらくして、ゆきが、荷車いっぱいに氷を積んで戻って来る。
ゆき :「長吉ちゃあん! 手伝ってけろ!」
長吉 :「どうしただ、その氷!?」
子供たち、一斉に荷車の周りに集まる。
ゆき :「山の上の沼さ張ってたんだ。こんだけあれば足りるべ?」
与一 :「足り過ぎだあ。こんだけあったら、末松の氷づけが出来るべえ。」
吾助 :「ようし、溶けねえ内に一松んちへ持ってってやるべえ。みんな、手を貸せ」
荷車を押して、
吾助 :「せいの!」
子供たち :「わっせ! わっせ!」
荷車を押して、下手に去って行く。
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