第06話:朝陽が照らすもの
夜の
なんとか自分の部屋に
もうダメ動けない、今すぐにでも眠ってしまいそう。そんな圧倒的な眠気に襲われていた私であったのだけれども、夢を
ふかふかの枕に顔をうずめると思わず口角が緩む。足が自然にバタバタと動く。私の人生の夜が明け、世界が輝きだす瞬間。それが今なんだという確信。これからはすべてがうまくいくという予感。
そんな漠然とした期待に胸を膨らませていた私であったのだけれども、心に刺さっている
「私のピアノには致命的な欠点があるか……」
思わず私は独り言を
つまり、私の得意な
「困ったなぁ」
私はいつの間にかうずめていた顔を枕からはなし、真っ白な天井をじっと見つめていた。正確には、じっと虚空を見つめていた。私が表現できる音楽の幅は狭い。それはなんとなく分かっている。なら、それを克服するために何が必要なのか? そこがわからない。
「うーん」と私がそんなことを深く考えこもうとした瞬間、けたたましく鳴る着信音。私はあわてて
「フレデリック国際ピアノコンクール優勝おめでとう!!」
電話口から届く大悟の興奮気味の声、私が一番聞きたかった声。この声を聞いた瞬間、さっきまでのモヤモヤが一気に吹っ飛んでしまう。
「ゆき、本当におめでとう、本当に本当におめでとう。ゆきが夢を
大悟の言葉にならない言葉が私の心に響く、熱い祝辞が私の心に届く。そして思わず
「ありがとう大悟、私、嬉しくて……、本当に嬉しくて……。でも、やっと夢に手が届いたよ。最後の最後で、やっと夢に手が届いたんだよ……」
顔一面、涙でぐしょぐしょの私は、自分の想いを、今まで積み重ねてきた想いを必死に言葉に出そうとする。でも、その言葉は
「六年前、一緒に博多に帰ってきた時からは考えられないことが起きたんだな……。あの時の俺たちはどん底だったから……。フランスでチャンスを
「ありがとう大悟、本当にありがとう。でもね、今回の件はアラン先生の力が大きかったと思うの。六年前にリヨン
私が大悟にそう語り掛けると私と大悟の会話は止まる。沈黙が私と大悟を包む。でも、それは気まずい沈黙ではなくて……。私たちの八年間を、夢を信じて頑張ってきた八年間を思い出すための沈黙であって……。
「私が夢を
私が感慨深くそう話しかけると「二つ目の夢?」と大悟はすぐに聞き返してくる。そう問われた私は思わずハッとなり口をつぐむ。我を忘れ、余計なことを言ってしまった自分を恥じる。
カーテンの生地から
「ところで、ゆき」
そんな沈黙に大悟はそっと言葉を添える。
「日本にはいつ帰ってこれそうなんだ? やっぱり予定通りというわけにはいかないんだよな?」
「ごめんなさい。この後ガラコンサートとかあるから、十一月三日までに帰れそうにないの。だから大悟の内閣総理大臣賞の授賞式には行けないと思う。もしかしたら日本に帰ったあとも忙しくて時間がとれないかも……」
申し訳なさそうに私がそう答えると、電話口の向こうから大悟の落胆した気持ちが伝わってくる。私の心も
「気にすることはないさ、ゆき。授賞式の様子は動画に取ってくれるらしいから、あとでそれを一緒に見ればいいじゃないか」
そう言って大悟は一呼吸おく。
「ただ大和展はゆきと一緒にいきたいんだ。内閣総理大臣賞と書いてある俺の絵をゆきと一緒に見たいんだ。ゆきがいてくれたからこそ描けた絵を、ゆきがいてくれたからこそ賞がとれた絵を、ゆきと一緒に見たいんだ」
「もちろん、それは私も行きたい。やっと世間に認めてもらえた大悟の絵、私も一緒に見に行きたい。なんとか時間が取れるように頑張ってみるね」
私は大悟の問いにそう答え、涙をぬぐい、明るい声で再び大悟に話しかける。
「あと日本に帰ったら祝勝会をしないとね。私、賞金いっぱい
「ははは、それは楽しみだ」
大悟も明るい声でそう応えてくれたものの、急になにかを思い出したかのように声色を真剣なものに変える。
「ゆき、いつも俺に勇気をくれてありがとう、希望をくれてありがとう。俺はピアニストではなく、いつも頑張っているゆきがどうしようもなく好きなんだ。俺のすべてはゆきの笑顔から始まっている気がしてならないんだ。心から愛しているよ、ゆき」
大悟のこの言葉に「私もよ、大悟」と心の中で答えたものの、私はそれを声に出して言うことはできなかった。しかしこの言葉を聞いた時、私は自分の顔が信じられないくらい赤くなっていることには気がついていた。
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補足:このお話に対する補足のリンクです。興味があれば読んでみてください。
第06話補足:日展
https://kakuyomu.jp/works/16817330664993422025/episodes/16817330667508431452
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