第38話
今朝、自分が姿を現したことで自分目当てで来ていた村人たちがざわつきちょっとした騒ぎになりはしたものの、いつも通りに礼拝は始まった。
しかし、香炉から出た煙の香りが礼拝堂に充満し始めた頃から皆に異変が生じ始めた。
煙を吸った皆がうわ言を呟いたり、喚きながら暴れたりと様子がおかしくなったのだ。
皆がそれぞれ何かしらの異変を来す中、何故だか平気であった自分は皆を落ち着かせようとするがまるで聞き耳を持たない。
一人二人が突然おかしくな行動を取るというのならまだしも、礼拝堂内にいる全員がこうなったのには何か必ず原因があり、それを取り除けばどうにかなるのではと自分は考え探し始めた。
すると、香炉から漂う煙の香りが昨日と違うことに気付いた。
香炉からの煙が原因だと判断した自分は急ぎ火を消し、扉を開けて礼拝堂内の空気を入れ替えたのだが、時すでに遅し。
煙の影響を受けた皆の状態が悪化の一途を辿り、礼拝堂内は大混乱状態で手のつけようがなくなっていたのだ。
どうすることも出来ない自分は様子を見ることしか出来ずに困り果てた。
だがしばらくすると煙による影響によって喚き暴れ続けた皆は疲れ果てたのか、それもまた煙のせいなのかはよく分からないが、一人、また一人と気を失い倒れていってしまったのだ。
以上が悪魔が作った話だが、村人たちも含めて信じてくれるだろうか。
「それでこんなことに。でも、何でキュエルさんは平気だったんですか?」
イレイナに関しては信じるかどうか、心配するだけ無駄だったようだ。
「えっとですね、幼い頃から薬とか毒とかそういった物が効きにくいんです。多分、そういう体質なのかと」
本当は体質どうこうの話以前に自分を含めて誰も煙を一切吸っていない訳だが、こう言うしか誤魔化しようがない。
「そうだったんですね。毒はともかく薬まで効きにくいのは大変ですね」
イレイナはこの苦しい言い訳も何の疑いも無く信じた。
騙さねばならない立場上、これだけ素直に話を信じてくれるのは有難い限りなのだが、その内に彼女が悪い人間に騙されて取り返しのつかないことになりそうで心配になってくる。
主よ、どうかこの者を悪しき者からお守りください。
「そうだ、神父様! 香炉に一番近い場所に居たんじゃ」
少しずつ現状を把握したことで、冷静に物事を把握出来るようになったらしいイレイナの問いに答える代わりに、自分が指さす方向を見て彼女は驚きながら駆け出す。
「神父様、しっかりして下さい! どれだけ勢いよく頭をぶつければこんなに腫れるんですか」
講壇の上で倒れたハヴェットを助け起こしながら頭の大きな大きなたん瘤を見てまたイレイナは驚く。
触れば破裂しそうなくらいのサイズにまでたん瘤が腫れ上がっているのだから、誰が見たってあれは驚くだろう
「確かにたん瘤作れって言ったけどさ、あの大きさは流石にちょっちやりすぎじゃね。てか、一発であんだけデカいたん瘤になるってアンタのデコピンどんな威力してんのよ」
呆れ顔の悪魔の指摘に自分は少し落ち込む。
自分とて、まさか軽くデコピンしただけであそこまで見事に大きく腫れあがると思わなかったのだ。
デコピンした際の頭蓋骨を割ってしまったのかという嫌な感触は当分指に残って忘れられなさそうだ。
「あ、頭が割れそうに痛い。何がどうなっているんだ」
目を覚ましたのか、頭を押さえながらハヴェットはよろめきながらも立ち上がる。
さて、ここからが正念場だ。
人の話を何でも信じるイレイナはともかく、果たして本当に悪魔の計画通りにハヴェットを上手く丸め込めるのやら。
「何故村の方たちが倒れているんですか。それにこの方はどちら様なのですか」
混乱した様子のハヴェットにイレイナは全てを説明しながら落ち着かせようとする。
徐々に目を覚ましだした村人たちを介抱すると言って、自分は一旦離れて二人の様子を見守る。
万が一、自分たちや天使に関する記憶を消したのが失敗している場合にはもう一度この場にいる全員を眠らせて最初から偽装をやり直す為だ。
何分やり方は知っていても実践したのは初めてなので少し自信が無い。
介抱しつつ混乱にする村人に悪魔の作った話を聞かせながら二人の会話に聞き耳を立てる。
どうやらハヴェットは天使に関する記憶を消したせいか、ここ数ヶ月程の記憶丸々全てを失っているらしい。
とりあえずは自分のことを見ても何か不味いことを口走る危険はないだろうと判断した自分は二人に近づく。
「あの、お二人の話が聞こえて来たんですが、私見たんです。神父様が気を失われた際に朗読台の角に思い切り頭をぶつけるのを」
「通りでこんなに頭が痛い訳だ。シスターから聞きましたよ、貴女が毒草の煙に気付いてくれたお陰で助かったと。あの煙は吸い過ぎると下手をすれば命に関わる物ですから、感謝してもしきれません。きっと愚かな失敗を犯した私や巻き込まれてしまった皆を救う為に主が遣わせて下さったのでしょうね」
ハヴェットは記憶喪失の原因が頭を打ったせいだと納得するどころか、香炉に毒草が入っていたのも自分のミスだと思い込んでいるらしく、気落ちしているようだ。
普段から香炉に入れる物の用意は彼がしていたらしい。
本当はそうで無いと教えてやりたいところだが、村人たちに謝罪しながら心から反省している様子を見た自分は、教えない方が彼の為になるのかもしれないと思い直した。
傲慢な彼の、伸びきった鼻先をへし折るにはちょうど良い機会に思えたからだ。
これを機に、我欲に捕らわれず正しく聖職者としての道を歩んでほしいものだ。
こうして、しばらくの間礼拝堂は混乱に包まれはしたものの、どうにか天使や自分たちの存在を誰にも知られることは無く、今日の出来事は全て幻覚のせいだということで皆が納得し、一件落着。
冷や汗が止まらなかったものの、どうにか乗り切れたのであった。
翌日、自分は野菜を売りに行くガデンの荷馬車に便乗して帝都へと戻ることとなった。
出来ればもう少し村に留まり、ハヴェットの様子を見守りたくはあったのだがそうはいかない理由がある。
同胞との戦闘前にキュエルの体を全快させてしまったせいで滞在期間が延びれば延びるほど、余計な疑いを持たれ兼ねないからだ。
それに薬草もイノシベアの一件の際に十分な量が取れていた上に、熱病を流行らせていた同胞も居なくなったのだから予防に気を付けさえすればこれ以上薬が必要になることも無いだろう。
そうなると代行者としても村に残る必要が無い。
「キュエルさん、やはり行ってしまわれるのですね。怪我のこともありますし、もうしばらく滞在されませんか」
「そうだぜ、もうじき祭りもあるんだし、ゆっくりすればいいのによ」
「いえ、依頼も完了していますしそこまでお世話になる訳にはいきませんから」
イレイナもガデンも引き留めようとしてくるが、丁重にお断りする。
祭りに反応して残ろうと耳打ちしてくる悪魔は忘れているようだが、自分たちの使命を果たす為にも、一つの場所に長居は出来ない。
それに誰かが本当に礼拝堂での出来事は幻覚だったのだろうかと疑い始めれば、色々と厄介だ。
そんな訳で、早々に村を出たいのだがイレイナが引き留め、それに同調するようにいつまで経ってもガデンが荷馬車を出さないので出発出来ない。
「お二人共、あまり引き留めてはご迷惑ですよ。きっと彼女にも何か事情があるのでしょうし。キュエルさん、改めて色々とありがとうございました」
昨日よりは少し腫れが引いてはいるが、相変わらず頭に見事なたん瘤を作ったままのハヴェットが二人を諫める。
記憶を失う程頭を強く打ったのだからとハヴェットはイレイナにしばらく休むように言われて部屋で眠っていたはずだが、騒ぎを聞き付けて起きてきたようだ。
痛みからか引きつった笑顔で握手を求めて来るハヴェットの手を握って様子を伺うが、自分に敵意を向けてこない辺りやはり問題は無さそうだ。
頭の大きな大きなたん瘤以外。
「まあそれはそうだわな。俺も野菜が傷んじまう前に運ばなきゃならねえし、そろそろ行くとするか」
「それではお二人共、お元気で」
「お体に気を付けて下さいね、キュエルさん」
「貴女に主の御加護がありますよう」
自分と二人が別れの挨拶を交わしたのを見届けたガデンは、荷馬車を走らせ始める。
次第に小さくなっていく二人を見ながら自分は主に願う。
あの純真無垢なシスターと、我欲に塗れながらも善行を積んでいた司祭に平穏な日々が戻るようにと。
堅物天使とギャル悪魔の同族狩り~体目当てで奴隷少女を助けました~ 武海 進 @shin_takeumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。堅物天使とギャル悪魔の同族狩り~体目当てで奴隷少女を助けました~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます