第37話

 教会に帰ると、村人たちは礼拝堂で未だ熟睡したままであった。


「それで、どうすれば良いんですか?」


 計画があるという悪魔に問いかけるが、返事が返って来ない。


 何をしているのかと笑い声がした方を見ると、尻を丸出しにして倒れているハヴェットを見て大笑いしていた。


 礼拝堂に入った際、手に持ったままでは邪魔だったので適当に放り出したのだが、その時に腰の部分を持っていたせいでズボンがずれてしまって尻が転び出てしまったらしい。


「悪魔、遊んでいる場合では無いでしょうが!」


「いやだってさ、イケメンが尻丸出しで気絶してるとかおもろ過ぎるって」


 そう言えば、もう戦っても飛んでもいないのだから大丈夫な訳だ。


 自分はキュエルの体から出て悪魔の頭に拳を振り下ろす。


「……これってまだ手加減してくれてたんだね」


「当たり前じゃないですか。主から共に行動する悪魔は屠ってはいけないと厳命されていますからね」


 それってきつく言い聞かせとかないとやらかしてしまうだろうと神が確信していたのでは、とリリスは思うのであった。


 このままふざけ続けて本気の拳が飛んでくる前に、リリスはイージスに事態を収拾するための指示を出すことにした。


「まずは昨日採った毒草あるっしょ、アレ取ってきて」


 言われた通りにする為にキュエルに入った自分は、使わせてもらっている部屋に置いている鞄から、毒草を取って来た。


 次の悪魔の指示は、それを香炉に入れて毒草だと判別出来る程度に燃やすことだった。


 礼拝堂内で燃やして村人たちに吸わせる訳にはいかないので、外に香炉を持って行ってから燃やす。


 キュエルの体が吸ってしまわないように風を操り工夫したのは言うまでもない。


 いい具合に毒草が燃えたところで水を掛けて火を消した自分が礼拝堂に戻ると、今度はベンチに座ったまま眠る村人たちを床に寝かせたり壁にもたれかかせたりするように言われる。


 一体これでどう皆を納得させるというのか。


 それが終わると今度はハヴェットの記憶を弄るように言われた。


 (記憶を弄れるのなら村人さんたちのを全員弄ってしまった方が楽だったんじゃないですか?)


 キュエルの指摘は最もであるのだが、そういう訳にはいかない理由がある。


 記憶を弄るということは、例えるならば自分の好きなように物語を書き換えるようなものだ。


 そんなことをすれば当然、物語の流れにおかしな部分や辻褄が合わない部分が出来てしまうので、読んでいる者は必ず違和感を覚える。


 なまじ、それが物語ならばつまらない、おかしいと一蹴してしまえば済むが、人の記憶というのはそうはいかない。


 始めは気付かなくても、ほんの些細なことから記憶に違和感を覚えてしまったら最後、その違和感の正体を見つけようと人は記憶の迷宮に嵌り込んでしまい、抜け出せなくなる。


 そうなれば廃人と化してしまうだろう。


 だから記憶を弄るのは最終手段であり、簡単に行っていいものではないのだ。


「それで、どういう物語にハヴェットの記憶を書き換えるのですか」


「書き換えなくてもいいよ。天使に纏わる部分だけ消しちゃえば問題ナッシング」


 確かに書き換えるよりは人に与えるリスクは少ないだろうが、何故記憶が突然消えたのか疑問に思うはずなのだが、悪魔は頭にたん瘤さえ作っておけば問題無いと言う。


 そして皆を目覚めさせた後にこう言うようにと指示を出してきた。


「イレイナさん、イレイナさん、起きて下さい。しっかりして下さい」


「キュ……エルさん。私、礼拝の最中だと言うのに眠ってしまっていたのですか」


 再度教会を聖法陣で包み、強制的な眠りからは解放したのだが、皆日頃の疲れが出てしまったのか中々起きなかったので、とりあえずイレイナを揺さぶって起こしたのだ。


「おや、皆さんも眠っておられるのですか? それにしては様子が……」


 立ち上がって周りを見渡しながらイレイナは首を傾げる。


 それもそうだろう。


 まるで倒れるようにベンチから落ちて床で眠る者からおかしな体勢で壁に寄り掛かって眠っている者までおり、礼拝中の居眠りの範疇を超えているのだから。


 何があったのか思い出そうとしているのか、こめかみを抑えながらイレイナは考え込み始める。


 しばらく考え込んでいた彼女は突然大きな声を出して自分の肩を掴むとぐわんぐわん揺らしながらものすごい勢いで喋り始めた。


「お、思い出しました! 天使様がステンドグラスの絵から降臨されて——ステンドグラスが割れてるじゃないすか! そうです! キュエルさんにも天使様の翼が映えて飛んで神父様と戦っていましたよね! 一体何がどうなっているんですか!」


 半ばパニック状態のイレイナに自分は深呼吸を促してどうにか落ち着かせる。


「落ち着きましたか? イレイナさんが見たのは全部幻覚だと思いますよ」


「確かに目を疑うようなものを見ましたけど、とても幻覚とは……」


「間違いなく幻覚ですよ。ほら、あの香炉の中を見てみてください」


 自分が見たのものを幻覚だと断言されても半信半疑なままのイレイナは言われるがままに香炉の中を見る。


 すると、燃えカスの中に入っているはずの無い物を見つけた。


「これって、毒草じゃないですか。確か燃やして出た煙を吸うと幻覚を見てしまう物のはずだったような」


 そこまで言ったイレイナは何かに気付いたかのようにハっとした顔をした。


「もしかしてこれが原因で私、幻覚を見て気を失ってしまったんじゃ……」


「そうなんです。村の皆さんもこの煙を吸ってしまったらしくて、この有様なんですよ」


 自分は、悪魔に言われた通りの筋書きを語り始める。

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