【聖女配信】来栖 イリア / Kurusu Iria Ch【迷宮探索 part 5】

忌野希和

運命の配信日

 本日もまもなく配信の時間です。

 自撮り杖から射出された水晶型カメラが私を捉えると、その姿が映像となって空中に投影されました。


 腰まで伸びたくすんだ金髪を背中のあたりで束ね、凹凸の少ないぼんやりした顔の少女。

 それが私です。


 緑がかった碧眼は不安げに揺れていて、その上の薄い眉もハの字に垂れ下がっています。

 角度……よし、光源……よし。


 体は痩せぎすで、ぶかぶかの法衣に着せられているような私ですが、撮影角度と光源を工夫したので見栄えはなんとかなったのではないでしょうか。

 緊張で震える両手は杖を強く握りしめることで誤魔化し、生唾を飲み込んでから第一声を絞りだします。


「早朝からのご視聴ありがとうございます。来栖イリアです」


プレデター:こんリア~

釈迦力コロンブス:こんリア~


「プレデター様、おはようございます。釈迦力コロンブス様、おはようございます。いつも見てくださるお二人に賛美されし女神の祝福があらんことを」


 毎回待機までして視聴してくださるリスナー様たちのために、まずは祈りを捧げることが私の配信での定番となっています。

 朝日が眩しい道端で跪くと、杖を突き立て目を閉じて一分間の祈りを捧げます。


Trample:くっ出遅れた。それにしても祈り顔可愛い

プレデター:お祈りありがたや~

釈迦力コロンブス:御利益が迸るな


 さすがに目を閉じている間の自分の顔は確認できません。

 リスナー様が可愛いとコメントしてくださっていますので、少なくとも変な顔ではないようです。


 私自身が容姿を褒められることに慣れていないため、頬が熱くなるのを感じました。

 立ち上がると膝に付いた土埃を手で払い、誤魔化すように咳払いをしてから話を進めます。


「それでは本日は迷宮探索の五回目ということで、冒険者ギルドにてパーティーを募りたいと思います」


drftgyふじこ:照れ顔もかわよ

OSO1800:今日のパーティーは当たりだといいね


 私は【賛美神の加護】を賜りました。

 私たちが住む世界には様々な神がいらっしゃり、各個人に様々な加護を授けてくださいます。


 たとえば【武闘神の加護】なら腕力と武術の技を、【魔導神の加護】であれば魔力と魔術の知識を授けられます。

 加護の内容は直接的なものが多いのですが、【賛美神の加護】は少し特殊でした。


 賛美神は名前の通り賛美……褒め讃えることを是としていて、賛美されることにより加護を持つ信徒は力を得るのです。

 そして賛美を得る手段として、この配信があるわけですが……。


「まずは俺から自己紹介しよう。名前はリオン。見ての通り剣士だ。前衛は任せてくれ!」


「私はレベッカ。魔術師でリオンとは同じ村出身です。魔術は《火球》と《誘眠》を数回ずつ使えます」


 赤毛の少年が元気よく自己紹介すると、藍色の髪を三つ編みにした少女が続きました。

 少年ことリオンさんは真新しい革鎧を身に纏い、腰には片手剣を差し、腕には丸縦が括り付けてあります。

 レベッカさんは髪色に似た紺色のローブを羽織り、節くれだった大きな杖を抱えていました。


プレデター:ほほう、同じ村の出身とか幼馴染かな

drftgyふじこ:片方が脱落しちゃうと悲しくなっちゃうやつ


「次は私ね。リーファ・ワールウィンドよ。弓が主力だけど短剣も扱えるよ。この面子だと中衛かな。あとこの中では一番お姉さんだと思うから、頼ってくれていいよ」


 リーファさんもリオンさんと同じく革鎧を装備していますが、その下が袖の無いシャツとショートパンツなので、非常に肌の露出が多いです。

 可愛らしいおへそも丸出しです。


 すらりと伸びた手足は陶器のように白くて綺麗で、肩口で切り揃えられた緑色の髪は新緑の若葉のように艶やかです。

 そして舞台女優に負けない美貌の左右では、森人の証である長い耳がぴこぴこと動いていました。


プレデター:エルフきたーーーー

釈迦力コロンブス:エルフきた!

Trample:骨を折ってあがないとしちゃう?

佐藤の中の鈴木:おいおいハーレムじゃねーかリオン君。もげて爆発しろ

OSO1800:うーんこれはエロい


「最後は貴女よ」


「あっ、はい。来栖イリアです。御覧の通り【賛美神の加護】を賜っています」


 普通は加護の詳細を他人には教えません。

 特に冒険者であれば自身の手の内を明かすことは命取りですから。


 ですが【賛美神の加護】に関しては見て明らかですし、むしろ賛美を受ける協力をしてもらったほうが効率的でした。


「魔術は《小治癒》と《障壁》、《祝福》が扱えます。宜しくお願い致します」


「クルス・イリア様……苗字をお持ちということはお貴族様ですか?」


「いえ、来栖という苗字は【賛美神の加護】を賜り、聖女を拝命した際に司祭様に名付けて頂いたものです。私自身は孤児院の出身ですので、畏まって頂かなくて大丈夫です」


 私がそう言うとレベッカさんはどこかほっとした表情をしていました。

 もし貴族相手であれば相応の態度をとらなければ、不敬罪に問われてしまいますから。

 気持ちはよくわかります。


「へー、賛美神の聖女様かあ。十数年ぶりに見たよ。この画面が神の世界と繋がってるんでしょ?」


 リーファさんは私に横から抱きつくと、配信画面を覗き込みました。

 香り高い花のような匂いが私の鼻をくすぐり、同性なのにドキドキしてしまいます。


SIN:あら^〜

釈迦力コロンブス:尊い(尊い)


「確かこの右側で動いている文字が、神の世界の住人たちの発言なんだっけ」


「はい、リスナー様たちです。私は天使様と呼ばせて頂いています」


 配信している各聖女はリスナー様のことを親しみを込めて、特別な呼び方をするそうです。

 神の世界の住人の方々なので、私は率直に天使様と呼んでいます。


佐藤の中の鈴木:こどおじな俺を天使と呼んでくれるイリアちゃんまじ天使

Trample:クリーチャー — オーク(Orc) 天使(Angel)


「神語は読めないけど、数字はわかるよ。ここの776と40っていうのが加護の力に影響しているんでしょ?」


「はい……チャンネル登録者数と同時接続数ですね」


 【賛美神の加護】持つ者にとって、この二つは加護の強さに直結します。

 チャンネル登録者数が増えると新たな神聖魔術の知識を授かり、同時接続数が増えると配信中に限り魔力が強化されます。


 他にもいくつか加護を強める要素がありますが、それは追々紹介します。


「その数って多いんですか?」


「いいえ……多くは無いです。すみません、まだ駆け出しでして」


 レベッカさんの質問に、思わず謝ってしまいました。

 有名な聖女の方ですとチャンネル登録者数は100万を越え、同時接続数も1万以上になるそうです。


 それぞれ今の私の1000倍、250倍以上ですから、正しく一騎当千の活躍をなさるのでしょう。

 そこまで高望みはしませんが、もう少し冒険者として活躍できるくらいの人気は目指したいなと思っています。


 お世話になった孤児院に恩返しできるくらいには。


 ちなみにリーファさんが配信画面に映った瞬間、同時接続者数は20人から40人へと倍増しました。

 自己記録をあっさり更新してしまいました。

 天使の皆さまもやはり私のような貧相な見た目の者ではなく、見目麗しいリーファさんを見たいのでしょう。


 私は十五歳ともう成人していますが、もう一、二年の間はまだ成長するかもしれません。

 なおあまりに露出が過剰になると、BAN……加護自体を失うから気を付けなさいと、配信者としてのいろはを教えてくれた司祭様は言っていました。


 リーファさん路線は危険ですので、レベッカさんを目指しましょう。

 同年代のはずですが、ローブの上からでも分かる豊かな胸は正直羨ましいです。


 やはり食生活が重要でしょうか?

 早く配信と冒険者稼業で稼げるようになりたいです……もちろん孤児院に恩返しするためにですよ。





「迷宮都市と呼ばれるこの街には、合計三つの迷宮があります。今回探索するのはその中でも初心者向けの〈払暁の洞〉です」


 私はリスナー様たちに説明しながら、隊列の真ん中を歩いています。

 先頭がリオンさん、その後ろをレベッカさんと私、最後尾がリーファさんといった布陣です。


 パーティーを組んだ初日ということで、今日は肩慣らし程度に留めることになりました。

 迷宮の四層まで探索して帰る予定です。


 〈払暁の洞〉は床、壁、天井の全てが石畳で構成された迷宮です。

 季節は初夏だというのに、迷宮内部はひんやりとした空気と黴の匂いで充満していました。


SMヤマト:古き良き迷宮ですなあ

takashi1984:急にテレポートして*いしのなかにいる*とかならない?大丈夫?

OSO1800:もっとエロフを映して…映して…


 自身の力不足が不甲斐ないですが、パーティーメンバーの協力を得て同時接続数を稼ぐのも配信者の務め。

 リスナー様の中にはちょっと言葉遣いが下……やんちゃな方もいらっしゃいますが、真摯にリクエストに答えるべく、自撮り杖で制御している水晶カメラを私の後方に動かします。


「ん? やっほー」


 リーファさんがカメラに気が付き手を振ってくれました。

 腰を捻りながらしなやかに歩く姿は猫のようで、足音どころか気配すら朧げで、意識しないと私が最後尾じゃないかと錯覚してしまいそうです。


 同時接続数が50人になりました。

 普段の倍以上の人数です。

 かつてない量の賛美による魔力の増加に、私の体は熱を持ったかのように火照りだしました。


「んっ」


 体調の変化に驚いて思わず声が漏れてしまいました。


桐井:なんか今艶めかしい声が聞こえた気がする

takashi1984:リアちゃん顔赤い?


 もし同時接続数1万人分の魔力が私の体に注ぎ込まれたら、どうなってしまうのでしょうか。

 ……なんてありえない妄想をしている場合ではありませんね。


 肩慣らしとはいえここは迷宮です。

 気合を入れ直しましょう。


 前方の暗がりから巨大な蝙蝠の魔獣が二匹飛び出してきましたが、リオンさんとリーファさんの敵ではありません。

 二匹とも一方的に剣で切り刻まれ、矢で撃ち抜かれて絶命しました。


 レベッカさんと私は魔力を温存し、応援係に徹します。

 リーファさんを除く三人の実力は、駆け出し冒険者から頭一つ抜けたくらいでしょうか。

 まだまだ下っ端ですが、冒険者の洗礼はなんとか乗り切りました。


 冒険者は十三歳以上であれば国籍、性別、種族を問わず誰もがなれる職業で、実力さえあれば貴族にも負けないくらいの富と栄誉を得ることも不可能ではありません。


 ですがそのような英雄になれる人はほんの一握り。

 冒険者になった人の半数近くは一ヶ月も経たないうちに、魔獣や野盗との戦いで命を落としてしまいます。

 私は幸運にも生き残り、冒険者になって半年が過ぎようとしていました。


 唯一リーファさんは長命で知られる森人ですので、冒険者としての実力は私たちより一回りも二回りも上でした。

 そんな熟練のリーファさんに最後尾をお願いしているので、本人の気配は感じませんが不思議な安心感があります。


 その後も鼠の魔獣や不定形スライムの魔獣に遭遇し、私もレベッカさんも多少戦闘に参加しながら(そのための肩慣らしですので)、順調に三層までやってきました。


「背後の階段から気配がするわ。他の冒険者みたい。随分急いでいるのかすぐにここまでやってきそう」


 リーファさんの報告を受けて皆が足を止めます。


「リーダーどうする? 先を譲るか?」


「……そうですね、向うは急いでいるようなので、そうしましょう」


 リオンさんから訊ねられ、私は皆を見ながら頷きました。

 何故か私がパーティーリーダーを任されています。

 能力でいえば間違いなくリーファさんが適任ですが、「何事も経験だよ」ということで僭越ながら私が初めてのパーティーリーダーを務めさせて頂いています。


OSO1800:イリアちゃん初めてなのに上手だね

ドン・フラミンGO:フッフッフ


 私がそう宣言したのとほぼ同時に、二層へ続く階段から一人の冒険者が現れました。


「あら、先客がいたのね」


 その方はとても美しい女性でした。

 私たちを発見して立ち止まると、焦げ茶色の長い髪がふわりと舞い、濃密な甘い香水の香りが漂ってきます。


 真っ赤な口紅がぷっくりと膨れた唇を引き立たせ、目尻が少し下がった大きな瞳の端には小さな黒子があり、妖艶さを醸し出していました。


 スタイルはとても女性的で、レベッカさんよりも更にメリハリがあります。

 冒険者らしく戦槌と小盾を装備していますが、驚いたことに私と同じ賛美神の法衣を身に着けていました。


 しかもどういうわけかその法衣はサイズが合っておらず、胸元はただけて大きな胸が零れ落ちそうになっていますし、裾も膝下までしかなく非常に扇情的なお姿をしています。


 男性なら目のやり場に困りそう……リオンさんが気まずそうに視線を逸らしていますね。


プレデター:ヒュー!

takashi1984:えっっっ

佐藤の中の鈴木:籠手と足具が手袋とニーソみたいになって絶対領域ができとる!?

SMヤマト:うーん、でもなんか


「ごめんなさいね、先を急いでいたものだから……あら、私以外の聖女様に会うのは久しぶりだわ」


 私の法衣と空中に浮かぶ画面を見て、女性が妖しく微笑みました。

 そう、彼女も【賛美神の加護】を持つ聖女だったのです。


 【賛美神の加護】を持つ人が全員、神の世界と交信及び配信ができるわけではありません。

 加護の力にも個人差や強弱があり、一般的な【賛美神の加護】は周囲の人々からの賛美を力に変えています。


 そして神の世界と交信できるくらい加護が強い人のことを、聖女(男性なら聖者)と呼んでいます。

 私もありがたいことに十分な加護を賜りましたので、僭越ながら聖女を名乗らせて頂いています。


 ちなみに賛美神に限らず他の神の強い加護を持つ方も聖女と呼ばれています。


帯電:おっ迷宮RTA走者のアスタリカちゃんじゃん

有終のBee:知っているのかタイデン


「そちらのリスナーでも私を知っている人がいて嬉しいわ」


 私が展開している画面のコメントを見て、嬉しそうに頬をほころばせる女性ことアスタリカさん。


「自己紹介が遅れてごめんなさい。アスタリカ・フォンデラントよ。ちょっと待ってね、私も画面を出すわ。低層は突っ切る予定だったから最小化してたの」


 アスタリカさんが親指と人差し指で何かを広げるように動かすと、彼女の配信画面が空中に現れました。

 戦槌に仕込まれた水晶型カメラが、アスタリカさんの豊満な胸元をアップで映し出します。

 その瞬間向こうのリスナー様のコメントが加速しました。


「私は〈払暁の洞〉の十層までの最速攻略に挑戦中なの。だからすぐに失礼するわね。あ、でも折角お仲間に会えたから、今晩一緒に食事でもどう?」


 そう言ってアスタリカさんが私に抱き付き、こちらの画面にも露わな胸が映し出されました。


釈迦力コロンブス:SUGOIDEKAI

takashi1984:肌色が多いっ

佐藤の中の鈴木:BANギリギリじゃないですかーやだー


 アスタリカさんと共に画面が近づき、否応にも彼女のチャンネル登録者数と同時接続数が視界に入りました。

 前者が151230人、後者が1169人。

 驚いた私の様子を見てアスタリカさんの口角が上がったように見えたのは、私の被害妄想でしょうか。


「私たちは四層まで行って引き返しますので、夕方までには街に戻っていると思いますが……」


「それじゃあ決まり! 冒険者ギルドで会いましょう。またあとでね~」


 アスタリカさんは嵐のように現れて、颯爽と去って行きました。


「あれは相当の手練れだねー。第三位階冒険者、いや第二位階かも。初心者向けとはいえ伊達に一人で潜ってないわ」


 リーファさんの見立てには私も同意します。

 冒険者は五段階の階級で区別され、第二位階は在野最強、第一位階ともなると国が抱える英雄となります。


 あの人数からして一流の聖女で、少なくとも第三位階の上位には違いありません。

 もちろん私は第五位階です。


「そうだな。隙だらけな格好なのに、実際の隙は微塵も無かったな」


「へ~、横目でアスタリカさんの胸をずっと見てたくせに、よく観察してたわね」


「み、見てねえし」


 私からはリオンさんは視線を外していたように見えましたが、レベッカさんはしっかり見抜いていたようです。

 さすがは同じ村出身の幼馴染ですね。


「それでは気を取り直して私たちは四層を目指しましょう」


「あ、ちょっと待って」


 レベッカさんはそう言って何故か私に抱き付きました。

 私にはない豊かな胸が二の腕辺りに押し付けられます。

 アスタリカさんの胸はふわふわした感触でしたが、レベッカさんはむちむちといったところでしょうか。


「ええと……何故ですか?」


「あ、いや、なんかみんなイリアさんに抱きついてたので一応」


釈迦力コロンブス:DEKAI

どうあがいても絶望:レベッカは着痩せするタイプと見た

OSO1800:皆に抱きつかれるマスコットリアちゃんかわいい。だがリオンてめーはだめだ





 アスタリカさんは宣言通り四層も突っ切って行ったようです。

 その証拠に私たちが進む方向の魔獣は手つかずで生き残っていました。


 アスタリカさんとはなし崩し的に、今晩再開する約束をしてしまいました。

 単独で私たちの倍以上の十層まで行って、日帰りできるとは驚嘆です。


 私も他の聖女様とは交流をしたことがないので、配信に関する助言を頂けるとありがたいのですが……。

 私と違って圧倒的な成功者ですので、畏れ多い気持ちもあります。


 それでも、少しだけ私はアスタリカさんとの再会を楽しみにしていました。

 そしてアスタリカさんとは、予定よりも早く予想外の形で再会することになります。


「ふわあっ」


 まず最初に私の体に異変が起きました。

 急激に体内で高まる魔力に変な声が出てしまいます。

 ただ二回目でしたのでこうなる原因はすぐに理解し、配信画面の同時接続数を確認します。


「え、ごひゃくにん……」


なつき:やばい

台場のヤス:やばいよやばいよ

T.mihune:状況がわからん

SMヤマト:なんか急に人増えた?

Trample:ついにイリアちゃんの魅力が白日の下に

プレデター:(後方彼氏面ベガ立ち)

トントンワシントン:リカちゃん難民集え!!!!!!!


 同時接続数の急激な増加に、私だけでなく最初から視聴していたリスナー様たちも驚いています。


「イリアちゃんどうしたの……! 前方から何かが来る!」


 崩れ落ちそうになった私を背後から支えてくれたリーファさんが突然叫びました。

 その直後、私も強烈な気配が迷宮の通路の奥から漂ってくるのを感じ取ります。


「……っ!?」


 気配だけで恐怖したのは初めての経験でした。

 これは駄目なやつです。

 気配の主に会ってはいけない。


 なのに恐怖で足が竦んでしまい、私だけでなくリオンさんとレベッカさんもその場でうずくまってしまいました。

 極限の恐怖に心臓が早鐘を打ち、額には脂汗がびっしりと浮かび、うまく呼吸ができず喘いでいます。


 ずり、ずり、ずり。


 何かを引きずるような音と共に気配が近付いてきます。

 三人とも迷宮の通路の奥の暗闇から目を離せず、ただじっとしていました。


「あなたたちは先に逃げなさい!」


 唯一動けるリーファさんが声を張り上げ、暗闇に向かって矢を放ちます。

 矢が何かに刺さったような音は聞こえませんでしたが、私たちの戒めを解く切っ掛けにはなりました。


 慌てて立ち上がり逃げ出そうとしたのですが……。

 暗闇そのものが迫ってきました。


 天井、壁、床、迷宮を構成するものすべてが奥側から黒に染まり、あっという間に私たちを通過していきました。

 どこが地面でどこが天井なのでしょう。


 足を動かしても踏みしめる地面が存在しません。

 漆黒の空間に放り出され、私たちはその場から動けなくなってしまいました。


 それだけでなく、足先から冷たい感触が登ってきます。

 暗闇そのものが足元から体へと這い上ってきました。

 まるで底なし沼に引きずり込まれるように、じわじわと体の自由まで奪われ始めたのです。


「いやっ、いやあっ!」


「はなせっ、はなせよ!」


「あ、ありえない。なんで低層にこんな怪物がいるのよ!」


 遂にはリーファさんも取り乱し、怯えながら自身の体を抱きしめていました。


 ずり、ずり、ずり、ずり。

 何かを引きずる音が大きくなりました。


 気配の主はもうすぐそこまで来ているようです。

 私たちの冒険はここで終わりでしょうか?


 ……いいえ、まだです。


 私は今、かつてない高揚感に包まれていました。

 何故なら……。


SMヤマト:うおおい真っ暗

takashi1984:くらい

OSO1800:放送事故?

Trample: これはちとマズイかもしれん

プレデター:やべーぞ

釈迦力コロンブス:みんなー援護しろー ¥1,000 JPY

drftgyふじこ:うおおおお ¥500 JPY

ランディウム:アスタリカ勢が合流してきたのか?

佐藤の中の鈴木:こどおじ故に今はこれが精一杯 ¥5,555 JPY

有終のBee:真っ暗でくさ

†キリク†:暗闇だと

帯電:アスタリカ死亡確認(生存フラグ)

どうあがいても絶望:もうしまいだああああああ

モリス:アスタリカちゃんの仇を取ってくれ! ¥10,000 JPY

なつき:リカちゃんどうなtった?

台場のヤス:いやまだ死んでねえから! 多分

T.mihune:イリアちゃん助けてくれーーーーーー ¥1,234 JPY

空白スペース:リカちゃん死んじゃダメだ


 コメント欄が滝のように流れるだけでなく、これまでに見たことがないくらい色鮮やかになっていました。


 チャンネル登録者数1541人、同時接続数1001人。


 どうやらアスタリカさんのリスナーが私の配信へと流れてきているようです。

 それはつまりアスタリカさんの身に何かあった事を示していますが、間違いなく今私達が対峙している存在が関係しているでしょう。


 チャンネル登録者数の増加により新たな魔術を授かりました。


『高潔なる誉を司りし女神よ 移ろい彷徨う不浄に 久遠の安寧を』


 脳裏に浮かぶ聖句を唱えます。

 そして同時接続数の増加に伴い熱を持ち、体から零れそうなくらい滾る魔力を惜しみなく使います。


 詠唱により構成が展開され、そこへ魔力を注ぎ込むことにより、魔素マナを媒介として《浄化》の魔術が発現しました。


 私の掲げた杖が黄金色の輝きを放ち始めます。

 太陽のように優しく暖かい光が周囲を照らし、私たちを吞み込もうとしていた暗闇を打ち払いました。


SMヤマト:うおっまぶし

takashi1984:聖 女 降 臨


 《浄化》の光により暗闇が退けられ、私の周囲に迷宮の無機質な通路が再び姿を現しました。

 石畳に倒れているリーファさんたちに駆け寄り無事を確かめたいのですが、気を抜くと暗闇に押し返されそうです。


「くううっ」


T.mihune:もっと銭を投げて援護だ援護 ¥500 JPY

空白スペース:弾幕薄いよなにやってんの ¥100 JPY

大和田:やれー!イリアー!

†キリク†:イリアちゃんがんばえー


 同時接続数1001人分の魔力をもってしても現状を維持するのが精一杯のため、次の手段として私はカラーチャットで手に入れたお金を魔力へと変換しました。

 カラーチャットとは、リスナーの皆様がコメントする際にお金を支払うと、コメントの背景に色が付く仕組みのことです。


 支払われたお金は配信者である私の加護の力に充てることができますので、リスナー様たちからのより直接的な支援と言えるでしょう。


「ありがとうございます。天使の皆様方」


 カラーチャットによる支援効果は絶大で、《浄化》の黄金の輝きが増して暗闇を一気に通路の奥へと押し返しました。


「ふっ、ふふふふふ」


 これが加護の力なのですね。


drftgyふじこ:不敵な笑みも可愛いなもう

ドン・フラミンGO:フッフッフ

佐藤の中の鈴木:いいぞーもっと調子に乗れー


 無尽蔵に体から湧く魔力に万能感を覚え、無自覚なうちに唇の端が持ち上がっていたようです。

 リスナー様たちのコメントで気付きました。

 これはいけないと、気を引き締め直そうとした瞬間のことです。


 《浄化》で暗闇を押し返した通路の奥に、アスタリカさんが倒れているのを発見しました。

 そしてその傍には人型の暗闇が佇んでいました。


 アスタリカさんの手を掴んでいるので、どうやら引きずるような音の正体はアスタリカさんだったようです。

 周囲を《浄化》に包まれ孤立している人型ですが、《浄化》に呑まれることなく異様な存在感を放っています。


 まずい、と思った時には手遅れでした。

 人型は一瞬で間合いを詰めて、私の目の前までやってきました。


 それまでは面と面の押し合いでしたが、ここにきて点による一転突破を仕掛けてきたのです。

 《浄化》を覚えたての私には、その密度を制御するほどの技量を持ち合わせていませんでした。


「あっ」


 私が最後に見たのは、漆黒の暗闇に浮かぶ紫紺の瞳でした。








「やっと起きたわね」


 意識を取り戻した私の目の前に、紫紺の瞳があります。

 その瞳の持ち主はとても美しい少女でした。


 癖のない絹のような長い銀髪がさらりと流れ、宝石のように輝く双眸の上には髪と同じ銀の柳眉が並んでいます。

 小ぶりだけど形の良い鼻の下には、瑞々しくてぷっくりした唇があります。


 唇は口紅を引いているのか、血を啜ったかのように真っ赤で妙な色気を感じました。

 そして貴族のような赤と黒を基調にしたドレスを纏っていました。


 紫紺の瞳に見つめられて視線を外すことはできませんが、視界の端には高級そうな椅子やテーブル、壺といった調度品が見えます。

 私が寝ているのも豪華なベッドのようですが、ここはどこかの貴族のお屋敷なのでしょうか。


 しかしこの紫紺の瞳は、間違いなく迷宮で相対した暗闇の主です。


「とりあえず危害は加えないから安心しなさいな」


 私が無言で首をこくこくと動かして答えると……。


「転生したら美少女吸血鬼だった件」


「………はい?」


 何を言っているのか分からず、思わず聞き返してしまいました。


「私ね日本で死んで気が付いたら、この世界で美少女吸血鬼になっていたのよ。ここは迷宮〈薄暮の塔〉内にある私のねぐらよ」


 〈薄暮の塔〉は迷宮都市にある三つの迷宮のうち、最難関と言われています。

 初心者向けの迷宮〈払暁の洞〉に居たはずですが、いつの間に連れてこられたのでしょう。


「普段は〈薄暮の塔〉で適当に冒険者の相手をしてるんだけど、今日はサボって〈払暁の洞〉に行ってたのよ。そしたら見覚えのある画面を展開してる奴がいるじゃない。ちょっと話を聞こうと思ったら問答無用で襲ってきたからとりあえず返り討ちにしたわけ。最初はそいつを連れて帰ろうと思ったんだけど、そこにあんた達が来たからあんたに切り替えたのよ」


「あの、私以外の人たちは」


「そのまま〈払暁の洞〉に転がしといたわ。すぐに目覚めると思う」


 それを聞いてとりあえず安心しました。

 あとは私自身がどうなるかですが……。


「でさ、あんたの出せるんでしょ? 配信画面。おおー。やっぱり地球のそれとまんま同じよねえ。懐かしいわ」


 言われるがままに出した配信画面を見て、少女が唸りました。

 私が気絶したため配信は強制終了していて、画面は真っ暗でコメントも途切れています。


「ちょっとこれの仕組みを教えてよ。来栖イリアちゃん。大丈夫、悪いようにはしないから」


 少女の紫紺の瞳が妖しく輝きました。

 おそらく《魅了》が籠められた魔眼なのでしょう。

 同時接続数という支援を失った私に抵抗する術はありませんでした。


「ふむふむ、やっぱりイリアちゃんの言う神の世界って地球よね。コメントはもろに日本語だし、カラチャも日本円だし。元日本人の私にも分かるネタコメントしてるやつもいるし。でも向こうからしたらこちらの世界はどう映っているのかしら? 明らかに異世界なわけだし謎よね」


 私の説明を聞いて、少女が顎に手を当てながら考え込んでいます。


「まあ、その辺は追々調べるとして、これから宜しくね。イリアちゃん」


「…………はい!?」


「あんたまだまだ新人配信者でしょ? 私が育ててあげるわ。こう見えても私は前世では有名配信者だったのよ。登録者50万で同接は常に5000人以上いたんだから。まあ男関係でやらかして独立してからは散々だったけど」


 少女が可愛らしく舌を出していますが、私は事態について行けず混乱していました。

 先程転生と言っていましたが、本当に彼女は元神の国の住人なのでしょうか?

 神の国の住人が何故、敵である吸血鬼に転生したのでしょうか?


「名付けて野良聖女をプロデュース。え?古いって?転生してるんだから実年齢なんて関係無いわ! ……自己紹介が遅れたわね。私はコルルよ。宜しくね」


 こうして私は吸血鬼のコルルさんにプロデュース? されることになりました。

 最初は半信半疑でしたがコルルさんの指導は的確でした。


 朝活や歌枠という新たな配信手法により、私のチャンネル登録者数と同時接続数は順調に数を伸ばして行くことになります。


 数年後には聖女としての才能が世間に知れ渡り(実際は私の実力ではありませんが)、勇者様に見初められたりもしましたが、それはまた別の物語です。


 機会があれば、その時は語ろうと思います。

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