嵐の後の日々③


「仲良しなのは構いませんけれども~、あんまり大きな声を出すのは良くありませんよ~? 外まで声、聞こえてましたからね~?」

「そうだよ、蒼くん? 反省しないとっ」

「そうですよ? マネさん、しっかりしてください!」

「おかしいな、何で俺が悪いみたいな流れになっているんだ……?」


 何なら俺が一番静かだった間であると思うのだが……。

 取り敢えず民主主義は必ずしも正しい訳ではないんだなと、と力強く思う俺だった。


 多数決とは、平等なようでいて、これ以上なくらい不平等なルールである。


「ふー……良いか? 良く見ておけ、エヴァ。これが本気の大人の土下座ってやつだ」

「ワクワク」

「あはは~、マネージャーさんの土下座はもう見飽きたのでいらないです~」


 食傷になっちゃいますよ~とほんわりふわふわと、鋭いことを言う香耶さんだった。

 そんなに頭を下げて……無かったとは言えないので、黙したまま肯定しか出来ない。


 何ならこの会社で最も頭を下げている相手と言えば、香耶さんか斑雪かといったところである。

 色々と世話になった──なっている人だ。それも当然と言えば、当然だろう。


「それより~、何で盛り上がってたんですか~?」

「マネさんが子供っぽいって話です!」

「いや、言わなくて良いから。香耶さんが来たってことは、そろそろ仕事の時間だろ……」

「ふぅ~ん……? まあ、マネージャーさんは確かに、子供らしいところもありますけれど、やっぱり大人ですよ~」

「──……」


 あーあ、これまた香耶さんが便乗して弄られるやつだよ、とため息を吐こうとしたのに、その真逆のことを言うものだから、思わず息を呑み込んでしまった。

 信じられないような目を向ければ、ふんわりのほほんとした笑みのまま、香耶さんは言葉を続けた。


「だって、自分のやったことの責任くらいは、持てますから~。頭を下げる姿を良く見るということは、それだけマネージャーさんは、責任を背負ってるということですよ~」

「か、香耶さん……!」

「まあ、たくさん頭を下げることが、良いことかどうかは、私には言及できませんけれども~」

「か、香耶さん……?」


 軽く上げてから、ちゃんと落とす香耶さんだった。あまりにも綺麗な流れに、感嘆の息と共に崩れ落ちることしかできない。

 どうにもこの事務所には敵しかいないらしい……これ初めから分かってたことだな。


「でも~、マネージャーさん。もう斑雪ちゃんとの関係は隠さないんですか~?」

「まさか──出来る限り、隠し続けるつもりですよ。世間はもちろん、会社にも」

「出来る限りを超えたら~、どうするんですか~?」

「その時はまあ、辞めますかね」


 というか、それ以外の選択肢がなかった。


 斑雪のキャリアを台無しにするわけにもいかないし、俺も俺で、あちこちから怒られて責められるのはごめんこうむりたい。

 だから、もし限界が来たなと思ったら、その時点で会社は辞めることになるだろう──まあ、残念ではあるが、仕方のないことだ。


 人手不足の時代だし、職を選び過ぎることがなければ、次に困ることも、そう無いだろうしな。

 未来は暗くもなければ明るくもない──といったところだ。無論、言うまでもなく、明るいに越したことはないのだが。


「そこの覚悟くらいは、幾ら俺でも、流石に出来てますよ……というか、出来ました。おかげさまで。優先順位を見誤ることはないですよ」

「……それは、ちょっと驚きです~。でも、良かったね、斑雪ちゃん~」

「え、えへへ……こうして言葉にされると、ちょっと照れちゃうね」

「だから、お前が露骨に照れるなよな……」


 徐に人を押し倒したりするくせに、肝心なところで弱い斑雪である。

 妙なギャップを持っている女である。本当に。


「基本的に押しが強いけれど、押されると弱いれんかさんに、基本的に子供っぽくて情けないことこの上ないけれど、ちゃんと覚悟は決められるマネさんで、バランス取ってるってことですね!」

「エヴァお前、俺のこと本当に嫌いじゃない? ディスが強すぎるぞ」

「えっへっへっ、愛情の裏返しですよっ。マーネさんっ」

「うぜぇ……」


 思わずそう、小さく口に出せば、始業を知らせる鐘が鳴った。

 学生の頃から、チャイムの音で躾けられてきた日本人である俺たちである。


 それを契機に、それぞれの席へと戻る──いや、エヴァは自由にソファへと寝転がったが。

 エヴァ以外は仕事のお時間だ。


 俺はPCを起動しながら、一先ず今日と、明日以降のスケジュールの再確認から始めるのだった。




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担当アイドルは、俺の傷心につけこもうとしている。 渡路 @Nyaaan

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