第23話 人になる場所

無数の夥しくも美しい、流れ続けている星の下で、少年は祠の前に立って考えていた。



「狐が人になって石にされた伝承」



伝承とは、人から人へ受け継がれて行く中で、話の内容もそれと共に変わって行く。

しかし少年は、その伝承が正に今居るこの場所で始まったと実感していた。

更に、自分の村と、この山で起こった出来事だった事も悟っていた。

そしてスイも、この場所で人間になったのだと確信していた。



人々は昔から、険しい山には神が存在すると考えていた。

神を石や大木に例えて「御神体」として祀ったものが各所にある神社だった。


祖母の昔話で、山を司る「神」は女性の姿をしていると聞いた事があった。

険しい山中で木を切っていた木こりが、少し先に美しい着物を着た女性が立っている事に気づき

その日は仕事を辞めて、家に帰って供養したと言う話だった。

その他、山の「神」を目撃したと言うマタギの話も多々聞いていた。

目撃された大抵が女性で、髪が長く綺麗な着物を身に纏っていた。




人が踏み入れない山の頂では、毎回この様に幾度と無く「星との交信」をしていて、そこに住む動物は

その目に見えない「力」を受けて、必然的に知能が上がり、化ける力を与えられたのだと想像した。

その中でも、狐は頭の賢い動物だった故に、他の動物よりもその力を増幅させて行ったのでは無いかとも

考えていた。


そしてごく稀に、狐から人間に変わる事もあったのでは無いか?と考えた。

人に変わった狐は、喜びから里に降りて、その姿を木こりやマタギに見られたとすれば説明が付いた。

だからこそ、スイも例外では無かった。

自分が居なければ、スイはもっと軽やかに山路を一人で登っていた筈で、それを見た人間の想像は察しがついた。


今立っているこの山の様な場所が、他に幾つあるのかは皆目見当が付かなかったが

少年は今居るこの場所が、正に「神秘」否、「全てのルーツ」と呼べる場所だと思った。




そしてもう一度、祖母から聞いた伝承をゆっくり回想していた。

伝承の違和感が何点かあった。


先ず、その伝承がある程度の真実な事は分かったが、この場所で同じ様な出来事は多々あったと思った。

その伝承の狐とスイ以外にも、もっと人間になって村へ降りた狐が存在した気がした。


何故、人々に祀られた筈の石がこの場所に有るのか?

他にも人間になった狐が居たとしたら、その狐達はその後どうなったのか?


少年は想像と幻想の中で、他にも人間になった狐が居て欲しいと思った。

狐が人間に変わり、人里で人間と関わると言う事は「人間と動物の過剰な交わり」を意味する事。

それは、現在の世界と別の異次元の世界を繋げる様な物で、とても大きな弊害を招く事は理解していた。


だが、他にもそう言った狐が居たとして、そのまま人里で暮らして行った事実が有れば

それは何も弊害が起きなかった、或いは何かしら弊害を解く鍵が存在したのでは無いか?


少年の頭の中は、頭上に流れる星の如く、否それに負け無い位に目紛しく回っていた。





スイを愛し、スイも自分を愛し


「二人が共に寄り添って生きて行ける事」


それだけで少年は幸せだと思っていた。

今までの真実と今ある真実、そしてこの先の未来を進む道に、少年は心の中に狐火にも引けを取らない

「松明」を燃やしていた。





少し時が過ぎて、少年は今はそれ以上考えても分からないと思った。

しかし今、この場所で真実の一部を垣間見れてとても嬉しかった。

そして今後、自分がやるべき事、取るべき行動を理解していた。




暫く立ったまま考えている少年をスイは些か心配になって、少年の手を握った。

少年もスイの手を握り、その後抱きしめた。

スイは少し安心したかの様に、自分も抱きついた。



少年はその後、今日の出来事やこの場所に連れて来てくれた事を、スイにお礼を言った。

そして、この場所には長く居ない方が良い気がして、スイとその場所を離れようとした刹那

少年は母から預かっていた、スイの家族へのお土産を思い出した。


それを何かは知らず出して見ると、初めて見る小さな飾り物だった。

母が何故これを持たせたのかは分からなかったが、少年はその飾りを祠の前に置いた。


そして二人は手を握りながら、その場所を離れた。







狐の涙 【賽】   完





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狐の涙【賽】-sAi- 前田 眞 @maeda_sh1n

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