第22話 狐火

スイが見つめている先を、少年も見ていた。

真っ暗な山路の先に、光が煌々と灯っているのが分かった。


それはまるで、街で見ていた夜の歓楽街の様だった。


山の中の、何処とも分からない場所で、異様な光景を目の当たりにしていた少年の手を

スイは握った。


そして言った。


「あなた、行きましょう。」


スイと並んで、光の方へ歩き出した。

スイが若干、先を歩いてくれたので、少年は少しだけスイからズレて歩く事が出来て楽だった。




光の灯った方にゆっくり近づくと、少年はそれの正体が分かった。


それは、山路の両脇に無数の松明が燃えて、遥か先まで連なっている様だった。

そして、それを持っている手が見えた。


松明を持っているのは人間だった。



更に近づいて、二人は松明の長い列の最初の場所に立った。


人間は男女が綺麗に互い違いに並び、男性は黒い袴、女性は白い着物を着ていた。

松明を持つ男性の間に女性が居て、皆が測ったかの如く整列していた。



少年が手前の男性の顔をチラッと覗いた。


すると男性は狐の面を被っていた。

少し驚いて、その男性の隣の女性の顔も見ると、同じ面を付けていた。

皆が同じ面を付けていた。




少年はこれが「狐火」だと悟った。

祖母が昔に家の前で見た、この山の狐火を、自分は間近で見ていると実感していた。



「怖さ」「未知への不安」「言い伝え」「祖母の言葉」


そんな記憶や先入観は、少年の中から消えていた。

ただただ、美しい光景と祝福の儀式に感動していた。



二人はゆっくり、深々とお辞儀をして、光の中へ歩き出した。

ゆっくり、ゆっくりとスイが少しリードして、少年は若干遅れて進んだ。


少年は目のやり場に困ったが、路が明るかったしスイが隣に居たので斜め下を見て歩いた。

たまに気になって、チラッと横を見ると、松明を持つ男性も、間に居る女性も動かなかった。

ずっと二人を見守っている様だった。


光の中を歩いている時は、今までの疲労と不安が何処かに行ってしまったかの様な

心地よさと安心感があった。



狐火は、少年が歩く遥か遠く先まで続いていた。




自分がどれ程歩いたかも、少年は分からなかった。

若干ではあるが、なだらかな坂道になっている事に気付いた。

それは、狐火が二人を特別な場所に誘導しているのだと悟った。



少年は歩いている途中で、睡魔に襲われた。

意識も朦朧とし出し、狐火を見る前の疲労とは違った心地よさを覚えていた。

それは、スイと初めて出逢った時の神社での感覚と似ていると思った。






少年が次に気が付くと、狐火は消えていた。

少年は柔らかい何かの上に頭を置き、横になっていた。


暫くして自分の頭が、スイの膝の上にある事が分かった。

先日の祭りの時と逆になってしまったと、若干申し訳無さを感じつつも、少年は寝たままスイに抱きついた。

スイは少年の抱きついた肩を、そっと優しく抱いた。



やがて少年も体制を起こして、スイの隣に座った。



そこは山の頂上とも言える場所だった。

何もない開けた場所で、無数の星が手の届く距離にある様に見えていた。



その刹那、少年は空の異変に気付いた。



綺麗な星は、今まで見た事も無い動きをしていた。

子供の頃に良く流れ星は見ていたが、今居るこの場所の星は全てが流れていた。

流れては消えたり、突然現れては流れたり。

そしてまた、自分の居る場所に降り掛かってくるかの様な星もあった。


人間の力では到底及ばない、神秘と自然の力がそこにはあった。



少年は言葉を失い、スイの手を握り、一緒に夥しく流れる星を眺めていた。



そして、この山の不思議も何となく理解していた。



その場所は、狐火が消えた後も明るかった。

スイの綺麗な横顔も、周りの情景もハッキリと分かっていた。



その後少年は少し離れた所に、何かあると気付いた。

それは今居る開けた場所の丁度中心部分にあって、流れる星々の光の反射が美しくも小さく

何かを訴えるかの様に静かに映しだされていた。



少年はスイを連れて近づくと、そこには小さな祠があった。

そして、その祠の隣にそれと同じ位の大きさの石が置かれていた。

何方も相当古い物だと分かった。

遠い昔に、誰かがここに置いたのかと、石の方を良く見ると、それは何となく狐の形に見えた。



その刹那、少年は昔祖母から聞いた話を思い出した。

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