何でも言うことを聞くって約束だったよな?

 パーン――


 東雲一高のコンピュータ室に、大牙と沙羅によるハイタッチの音が鳴り響いた。

 居合わせた他の生徒らの視線が二人に集まると、それをいち早く感じた大牙はコホンと咳払いをしてイスに座りこむ。

 彼はハイタッチと同時に雄叫びのような声を上げてしまっていた。


(な、な、何だ今のはー? 俺はいったいどうなっちまったんだー?)


 顔が熱い。心臓の鼓動が激しい。

 そんな大牙の挙動不審な様子を見た沙羅は、淡々とした口調で声をかける。


「伊勢木の言うとおりにやって、一瞬だけ勝った気分になりましたけれど……結局5対0で負けてしまいましわ。ねえ伊勢木……わたくしはこの感情をどう処理すれば良いのでしょうか?」


 その言葉を聞いて、大牙はハッと顔を上げた。沙羅の口元に笑みが浮かんでいる。頬も微かに紅潮しているようにも見える。


「それに……『くたばれクソ野郎』なんて……わたくしにあのような汚いセリフを言わせた責任は、ちゃんととってくださいね?」 

「ああ。言い慣れない言葉を吐いたから少し語尾が上がっていたようだけどな。でも、言ってみると気分がスッキリしただろ?」


 大牙はニッと白い歯を見せた。


「そう……ですわね」


 沙羅は少し考えこむような仕草をして、


「ええ、とてもスッキリしましたわ! これは勝負に勝って試合に負けるというところでしょうか?」


 沙羅も笑顔で返した。

 その時、PCモニターの小さなスピーカーが割れんばかりの勢いで鳴った。

 

『おいふざけんな、イセキこのやろー、チート使いやがったな、ふざけんな、ふざけんな、ふざなんなー!!』


 如月拓哉の罵声だ。

 沙羅はイスに座り、カメラとマイクをONにする。


「ここには不正をする部員なんて一人もいませんわ。もし貴方がそう感じたのなら、それは貴方の力量不足ということですわ」

『グハッ!?』


 思いもかけない反撃に、喉を詰まさせるような音が鳴る。


「相手に説明を求めるのでしたら、まず自分の顔を見せなさい。わたくしは逃げも隠れもしませんわ。必要とあれば何時間でもお付き合いしますわよ?」

『グッ……か、顔出しは……ちょ……』

「今さら何を言っているのです? わたくしも伊勢木も貴方の顔はもう知っていますわ。ほら、このとおり……」


 ポーチからカードのような物を取り出し、カメラに近づける。

 それは拓哉の学生証。

 詰め襟の制服に身を包んだ、どことなくあどけなさの残る顔。

 高校の制服を一度も着たことのない彼に代わり、中学時代の写真を親が送ったのだろう。


『はあーっ!? どうして俺の学生証をお前が持ってんだ?』

「まだ1日も登校していない貴方のために、わたくしがたまりにたまった配布物と一緒に届けますって、貴方の担任から預かっていたのですわ」

『それ昨日のことだよなっ! なら昨日のうちに俺に渡せっての!』

「えへ。忘れていたのですわ」

『いや違う、わざとだろー!!』

「わざとではありませんわ。……そうそう、今からウチの新入部員に届けさせましょう! うふふふ、それが良いですわ。貴方も伊勢木と話したいことがあるのでしょう?」


「『はあーっ!?』」


 大牙と拓哉が同時に声を上げた。


『来ても絶対に家に入れねーからなっ』

「俺はぜったいに行かないからな!」


 沙羅はフーッと大げさに息を吐く。


「どうせ貴方たちは今夜もゲーム三昧なのでしょう? だったら二人で仲良く如月の家でやったらいいのですわ。昨日の敵は今日の友というじゃないですか」


 沙羅はそんな的外れな提案を明るいトーンで言い放った。

 大牙はぐっとこらえて、画面の向こうにいる相手の反応を待つ。


 しばらくして、再び音声チャットが開かれた。


『……俺にとって、ゲームは遊びじゃねーんだ。だからもうこれ以上お前らの遊びに付き合うつもりはない。ただ、あの時なぜ俺がられたのか。そっちがチートを使ったのじゃなければ、どんな手を使ったのかが知りたい。俺が勝ったら何でもいうことを聞く約束だったよな? ……今、あれを使う!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東雲一高eスポ部っ! とら猫の尻尾 @toranakonoshipo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ