第12話 三度目の発情期

 体力の回復も順調で「ロイ王子のお菓子店」も再開している。ロイは街には出ていないが、侍女が定期的に市場や露店街に浮遊移動販売車でクッキー販売に行っている。完売し、時には手紙を持ち帰ってくれる。ロイは街に行きたいようだが、発情期前に何かあったら守り切れない。ロイの笑顔が戻り穏やかで満たされる日々。キスも後ろ首への甘い噛みも再開している。お互いに補い合うように甘えるように寄り添う毎日。

「ロイ、クッキー店が落ち着いてきたら、公務もしてみるか?」

「え? いいの? 僕でできる事ってあるの?」

「ロイにしか頼めないと思う。アドレアの教育について。教育制度が統一されてないって話はしたよな。教育課程や教育日数について、地域差がすごい。あとはアルファが先導するから一般人は教育を重要視していない面がある。研究領域における人材育成はまだまだ未熟だ。リーベントは古風だが教育部門はいい伝統を持っている。どうだろう。教育分野で我が国をサポートしてもらえないだろうか」

「僕でいいなら、ぜひやりたい。僕はアドレアの人に沢山優しくしてもらった。その人たちのためにできる事なら、頑張りたい」

「決まりだな。まずは、俺の発情期が過ぎたら、な」

 これで俺が居なくなってもロイの国内での立場は守られる。ロイがアドレアに居る意味ができる。ロイの笑顔が守られますように。そっと銀の髪をなでる。

「次の発情期、か。初めて意識がはっきりしている時に一緒に過ごすのか。いつものと、違うのかな」

 真っ赤になり聞いてくるロイ。可愛いな。

「ロイは俺の発情期に一緒に過ごさなくていい。俺の獣の部分でお前を傷つけたくない。苦しませたくない」

 そっと伝える。

「僕はオメガなんだよね。唯一の発情期を癒す相手なんだろ? 独りで発情期を過ごしたらディーはどうなるの?」

 そっと頭を撫でる。答えるべきか考える。

「ディー、良くないことになるんじゃないの?」

「ロイは心配しなくていい。俺が居なくなっても、この先ロイがアドレアで幸せに過ごせるようにしておくから」

 そう伝えるとロイが強い目線を俺に向ける。

「ディーがいなくて僕が幸せになれると本気で思っているの? そんなのディーの自己満足の妄想だ。現実を教えようか。ディーがいなくなったら僕は死ぬよ。自死するから」

「ロイ、間違ってもそんな事言うな。これはロイのためなんだ」

「それがディーの勘違いだって。僕のためを思うなら僕の気持を置き去りにするなよ。ディーが僕を裏切って僕を独り残すなら、死ぬ。ディーは僕を殺すんだ」

「ロイ! 何てこと言うのか! お前を愛しているから、何より大切だからこそ苦しめたくない俺の気持を分かれよ!」

「僕だって分かって欲しい! ディーは勝手だ!」

「発情期は理性がぶっ飛ぶんだよ! 今の状態のロイが相手だと、本当に殺してしまうかもしれない」

「じゃあ、ちょうどいいじゃないか! ディーが離れるならどうせ死ぬから。なんでそれが分からないんだよ!」

「ロイは頑固だな!」

「ディーは分からず屋だ!」

 初めてこんなに言い争いをした。心の底から熱が上がるような感情。イライラする。ガン、と机を蹴り飛ばす。重厚な机が吹き飛ぶ。大きな音にビクっとロイが身体を震わせる。倒れた机を見ているロイ。はっとする。今、やってはいけないことをした。力の差で威嚇するようなことはダメだ。すぐにロイに声をかける。

「ごめん、驚かせた」

 下を向き何も言わず、普段は書斎くらいにしか使用していない部屋に足を向けるロイ。

「分かった。よく、分かったから」

 一言を残して閉まるドア。ガチャリと施錠の音。俺とロイが目の前で隔たれる寂しさ。俺の傍からロイがするりと抜けて出ていく喪失感。こんなはずじゃなかった。心が痛い。


 翌日書斎から出てきたロイは普通だった。「おはよう」と言って微笑んでいた。だけど、顔は笑っているのに心は閉ざしている。こんな顔をさせたいわけじゃない。少し触れ合おうとしてもビクっと緊張が走るロイ。会話は普通なのに、傍に居るのにロイが遠くに感じる。

 「城内を散歩するから出かけてくる」と行ってしまうロイ。これまでは俺が居るのに一人で出かけることなんてなかった。「一緒に行く」と声をかけても「一人でいい」と笑顔でかわされる。この寂しさは何だろう。ぽつりと残された部屋。部屋の静かさと広さにロイの存在の大きさを感じる。だけど、この感覚は知っている。これは、そうだ。ロイが失踪したときに感じた喪失感。あの時はどうだった? そうだ。あの時、ロイが空に居るなら俺も行く、と思った。ロイがいないなら生きていても意味など無い、寂しいだけの辛い時間だと感じていた。笑えと言われても無理だった。そうか。あんな思いをロイにさせてはいけない。そういうことか。あがいてでも一緒に生きる道を探すべきなのか。

 ロイ、ごめん。

 ロイを探して歩く。城内で使用人たちに「ロイを見かけたか?」と声をかけるが首を横に振られる。どこに行ったのか。知らない場所には行かないだろう。行き場所が分からないことに焦りと恐怖が蘇る。昨日自死をほのめかしたロイ。まさか、な。だんだん不安になってくる。

「おい、ロイを探せ! 近衛兵に連絡せよ。ロイは城内にいるはずだ!」

 近くに居る使用人に指示を出す。慌てて連絡を回す者たち。もしロイがいなくなったら、そう考えると辛い。そうだよな。俺かロイがいない未来を互いに想像させたらダメだよな。

 ロイはすぐに見つかった。中庭の東屋で一人過ごしていた。探してくれた皆に礼を言い、そっと近づく。

「ロイ」

 返事をせずに景色を見つめているロイ。隣に座る。

「ロイに頼みがある」

 青い瞳が俺を見る。

「発情期、一緒に居てくれ。もしロイが耐えられないなら俺も死ぬから。生きるも死ぬも一緒なら怖くない」

「うん。一緒に、過ごそう。僕はきっと大丈夫だ。ディーを受け止めるのは僕なんだよ」

 俺に抱き着くロイの髪を撫でる。柔らかい銀の真っすぐな髪。陽の光を反射してキラキラ美しい。

「ロイといて分かった。誓いの言葉は本当だった。病める時も健やかなるときも、共に助け合いその命ある限り真心を尽くす、それが愛なんだな」

 綺麗に微笑むロイ。陽の光の中で女神のように輝く。心が救われる思いをした。


 ロイの誕生日を笑顔で迎えた。生きていてくれてありがとう。心から神に感謝する日になった。次の発情期を一緒に過ごすと決めた日から、互いを慈しむ優しいセックスをする。俺はこんなに愛しているよ、と伝えるように愛する。ロイは全てを許し、愛を返してくれる。心が満たされる。俺の発情期が近いせいか。ロイの首後ろが美味しそうに思えて惹きつけられるように甘噛みを繰り返す。出会った頃みたいだ。ロイから溢れるオメガのフェロモンに誘われるように、マーキングするように噛み跡を残す。噛んだ後で後悔する。痛くしてごめん。いつものように「いいよ」と言ってくれるロイが愛おしい。幸せだ。この優しい時間に涙が滲む。

 神に祈る。どうか発情期でロイを苦しめないで下さい。お願いします。愛するロイに神の救いを。


 俺の誕生日を共に過ごした夜。発情期が来た。心臓がバクバクと鼓動を速め、耳鳴りがしてロイ以外が何も見えなくなる。目の前の全てをなぎ倒しロイを確保する。誰も触るな。見るな。俺のオメガだ。周囲全てを威嚇する。これ以上ないくらいに犬歯が伸びてアルファの威嚇をする俺にそっと口づけるロイ。

「ディー、大丈夫。一緒に居る。愛している」

 むき出しの俺の犬歯を舐めるロイ。行き場のない燃え上がる熱がすっと丸くなる。獣のように伸びた犬歯が徐々に治まる。癒される。興奮しているけれど、何も分からない発情期と違う。涙を流してロイにキスをする。ありがとう、ロイ。受け入れてもらえるだけで涙が出るほど心が凪いでいく。早く、早くおれのロイを満たし尽くしたい。ロイに全てを注ぎ込みたい。焦るようにロイの洋服を破り取り涎が出るほど旨そうな肌に食らいつく。特に魅力的な匂いのあの場所。身動きが出来ないように抱きしめて首後ろを噛む。全てを注ぎ込むように俺のフェロモンを流し込む。ロイも、オメガの発情をしろ。頭のどこかで声がした。

 どこかで悲鳴。身体が熱い、ディー助けてって声がする。甘く酩酊するような香りが沸き立つ。これだ。きた。脳が蕩けるようなフェロモン。俺のと混ぜ合おう。ぐずぐずに蕩けているロイの後ろを嘗め回す。舌を入れてささやかに起っているロイを慰める。揺れる腰がたまらない。内壁の締め付けが、オメガの愛液が熱を煽る。興奮のままに、欲望のままにロイに押し入る。歓喜の声をどこかに聞いた。そうだろ? 俺もだよ。つながったところから快感が生まれる。奥を必死に突いてロイが痙攣し失禁するほど奥まで潜り込む。愛おしい。気持ちいい。お前は俺のモノだ。俺のオメガだ。繰り返し食らいつくして熱の塊をロイの中に放つ。ロイの悲鳴。もっと、とねだる声。俺もロイも獣だ。激しく求め合い嵐のような熱に浮かされる。でも、ロイがいるだけで幸福感がある。ロイが同じように獣のように発情しているから全てをぶつけられる。本能むき出しの激しい愛だ。アルファの発情期にオメガが必要なのがやっと分かった。オメガも獣のような発情をするからだ。お互いが獣になって求めれば満たされる。薬で意識をごまかしていた前回までの発情期では得られなかった充足感。目の前の強烈なフェロモンに逆らえずロイを貪った。

 幸せな発情期を終えた。十日間寝室やリビング至る所で性交していたように思う。いつの間にか用意される食事を時々食べてロイに与えて、またセックスして、の繰り返し。ハッキリ覚醒してきて直ぐに、腕の中のロイの全身を確認した。完全に意識を落として脱力している身体。息をしている。良かった、生きている。精液でドロドロだし疲労困憊な様子だが、全身の噛み跡はない。ケガを負わせていない。白い肌に肩の古傷、背中のクマの傷、腹部の縫合痕、後ろ首の噛み跡は仕方ないか。それと全身のキスマーク。これは、ゴメン。生々しい性交の痕に申し訳なさがこみ上げるが、ロイが無事なことに涙が溢れた。そっと銀の髪を撫でてキスを落とす。

 ロイ愛している。ありがとう。


 「もう、自分でやるって」

「ダメだ。ロイは何もしなくていい。俺に愛されていればいい」

「勘弁してよ。そろそろ動きたいよ」

「だめ」

 このやり取りも飽きるほどやっている。発情期が終わって五日間、俺はべったりロイの世話を焼いている。発情期後の二日は、ロイが起き上がれず微熱を出してしまい今以上に過剰に看病をした。他の誰も部屋に近づけず、ロイの全てを世話する。この行為がこれほどアルファの部分を満たしてくれるとは思わなかった。どうしよう。ロイを閉じ込めて俺だけが愛でていたい。このまま一生涯誰にも会わせたくない。

「ディー、発情期すごかったね。嵐みたいな熱であんまり記憶にないや」

 照れたように笑うロイ。

「うん。ロイも発情していたよな。アルファもオメガも同じように発情して癒し合うんだな。でも、困った。ロイが前以上に愛おしくて閉じ込めたくて、俺だけしか見えないようにしたくて、おかしくなりそうだ」

 本気で話したのに、俺を見て大笑いするロイ。

「そんなの、いつものディーじゃないか」

「はぁ? 俺はこれまで欲望丸出しにしていた覚えはない」

「良く言うよ。人前で首噛んだり抱き締めたり。あれはアドレアの誰もがやる事じゃないよ。初めはアドレアの習慣だと受け入れていたけど、流石に僕でも気が付くよ」

 心当たりがありすぎて何も言えない。

「あんな独占欲出しているんだ。誰も僕たちの仲を邪魔しないよ。ディーを敵にするバカはいないだろ」

 あはは、と笑うロイ。

「ロイ、ありがとう。ロイ、愛している」

「僕も大好きだ。ディーは僕だけのものだ。僕も独占欲強いと思うから覚悟しろよ」

 これには俺が腹を抱えて笑う番だった。嫉妬深いロイか。見てみたいような気もする。「笑うな! アホのディー」と顔を赤くして怒るロイが可愛らしかった。発情期を共に過ごせてよかった。俺のアルファの部分はロイが居る限り大丈夫だ。これから続く幸せを考え、涙が溢れた。


 アドレア唯一神の聖堂で祈りと報告を捧げる。身も心も番となる者が出来た報告。神聖な場で緊張しているロイ。ロイの事だ。きっと「始めまして」の挨拶からしているかな。真剣な様子に笑みがこぼれる。前を向き、気を引き締めて俺も祈りを捧げる。

 神様、ありがとうございます。ロイと番にしてくれて、出会いをくれてありがとうございます。俺はアルファで良かった。何より大切なロイと結ばれたから。今後も変わらない神の加護と慈悲を願い、国の繁栄を祈る。神様は、ただアルファをアドレアに与えたんじゃない。アドレアに愛を与え、教えてくれたのだと思う。心から感謝の祈りを捧げた。


 優しい気持ちでロイの後ろ首にキスを落とし、甘噛みする。

「ロイ、俺にクッキーを焼いて」

 恍惚としているロイの耳にそっとつぶやく。

「うん、いいよ……」

 すぐに聞こえる小さな返事に心が温まる。これからケンカもあるだろう。たくさん愛し合うだろう。その全てがロイと共にあるだろう。愛するロイのために俺はこの国とロイを守ろうと決意を固めた。俺たちの道はこれからだ。


        完

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発情期アルファ王子にクッキーをどうぞ 小池 月 @koike_tsuki

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